第1276話・若武衛様の婚礼・その四
Side:久遠一馬
婚礼二日目、一族と評定衆などは昨夜に招待客と一緒にお祝いしたので、この日は主に家臣に対してのお披露目となる。
一言で言えばこの日は人数も多い。尾張・美濃・三河・伊勢・志摩・飛騨。領地が広がった分だけ家臣も多いんだ。特に織田では領地を召し上げて俸禄にしていることもあり、こういう機会には呼ばないわけにはいかない。
新領地である北美濃、東美濃、東三河、飛騨などでは、尾張に来たことがあまりない人も多い。広がり続ける領地を考えると仕方ない部分もあるけど、自分たちがどういうところに属してどう変わっていくか。彼らに教えていくことは今後の課題だろう。
今夜は数百人が集まる宴となるので、食材の確保から調理も大変になる。
清洲城に関しては花火から数えて五日間は仕事が完全な休みとなっているものの、警備、火消し隊などはローテーションを組んで働いてくれている。
急ぎの報告は入ることになっているんだけど、今のところ報告はない。特に商いは一年で一番忙しい時期でもあるだけに、ある程度の仕事は覚悟していたんだけどね。みんな頑張ってくれているみたいだ。
「世も変わった。そろそろ頃合いであろう、いつまでも朝敵にしておくわけにもいかぬ」
遅い朝食を食べ終えるとエルたちは婚礼の手伝いに行った。オレは義統さんと信秀さんと一緒に近衛さんと山科さんと会っているが、ひとつの懸案が片付いた。
「ありがとうございまする」
近衛さんの言葉に義統さん以下、オレたちは頭を下げた。実は、家中に朝敵の人がいるという少し困った状態だったんだよね。
朝敵だったのは北伊勢に領地があった楠木家だ。かの有名な楠木正成が朝敵となって以降、未だに朝敵のままだ。公には楠木の名を名乗れなかったほど。
義輝さんも特に反対しなかったし、ちょうどいいので近衛さんに相談していたんだよね。
史実でも一五五九年には赦免されているので、あまり問題がないのは分かっていたことだし。
「所領が広がるというのも楽ではないの」
そのまま近衛さんと山科さんとはお茶を飲みながら話をする。都の噂から西国の話。中には周防の陶と安芸の毛利の不和など教えてくれた。
旧大内領。陶隆房は史実よりもかなり状況が良くない中で頑張っていたが、結果とすると毛利と対立する流れは変わらないようだ。
近衛さんとするとこの後、織田がどちらに向かうのか気になる様子。
「さて、いかがなりましょうな。我らは伊勢と志摩と飛騨は、必ずしも望んで得たわけではありませぬ」
信秀さんは慎重に言葉を選んでいた。望んでいない。まあ飛騨はオレも望んでいなかったね。伊勢と志摩は流れで仕方ないところもあるけど。
「さりとて因縁を終わらせたかろう? そのために呼んだのであろう」
「願わくはというところでございまする。されど無理押しをしてまでとは思うておりませぬ」
今川と朝倉。両家との今後を少し気にしているようだ。
実は義輝さん、近衛さんにも今後のことをあまり教えていないんだよね。信用していないというよりは、立場が違うことを理解しているというべきか。
特にオレは気を付けろと言われてもいる。頼りになるし敵になる人ではないとは思うけど、オレたちの考えにどこまで賛同してくれるかは未知数だからだ。
まあ、現状では内裏の修繕も進み、図書寮の場所を決めたり、他にも話すべきことはあるので話のついでに聞いている程度のようだけど。
Side:九鬼浄隆
織田はまた家臣が増えたようだな。顔も知らぬ者が多いわ。志摩衆は水軍や海軍との関わりはあるが、あとは会うことすらないのだ。知らずとも当然であるがな。
見慣れぬ城に畏縮する者、虚勢を張る者。意気込む者。見ておればそんな者らがいくらでもおる。
代々守ってきた領地を奪われたことに思うところがある者もおろうな。志摩にもおったわ。銭も禄も要らぬので所領を認めろと騒いだ者がな。結果、一族の者に諭されて大人しく降ったがな。
昨年には遥か飛騨が臣従をしたとか。その飛騨と加賀の境にある白山が火を噴いたと聞いたが、織田は安泰か。
まあ、陸のことはいかようでもよいか。海は久遠殿の天下で盤石だ。先月にはわしも水軍として、伊豆下田と伊豆諸島まで船で荷を運んだ。
神津島には驚かされたわ。罪人が流罪にされる島だったはずが、立派な湊と村がいくつかあった。東国の海は久遠の海だと水軍衆がいうのも分かるというもの。
さあ、せっかくの祝いだ。不要なことは考えずに若武衛様を祝うか。
「美味いな」
ああ、魚など食い飽きたと言えるほど食うておるが、ここで食うとまったく別物に思える。品書きには唐揚げとあるな。唐の料理か? いかにすればこのような味になるのであろうか。
香ばしいところに味付けは醤油か? わしには分からぬが、とにかく美味い。骨までしゃぶりつきたくなるほどよ。
先ほどの『ちょこれーとケイキ』とやらも美味かったが、これもまた美味い。
こちらは椎茸とこんにゃくに里芋の煮物か。これも美味いわ。椎茸など尾張で食わせてもらうまで食うたこともないというのに。
ふと思い出す。椎茸を初めて食うたのは久遠家から頂いた時であったな。
水軍の良いところは、季節折々に久遠家から贈り物が届くことだ。身分が違うのではと首を傾げる者も多いが、もらえるならば喜んでもらうのが人というものであろう。
関東に船を出す際には食べ物を久遠家が用意することもあり、別格なものが食える。陸にいるより美味いものが食えると皆が励んでおるほどだ。
志摩の暮らしも変わった。知多半島から人が教えにきて、魚を捕る技や海苔や牡蠣の養殖も教えてもらっておる。陸も検地を終えたところから田仕事のやり方が変わり、綿花や大根など植えるものが変わったところもある。
『戦がなくなっても食えるようにする。税など取らずとも食うていける』とは、内匠助殿の言葉だそうだ。
知多半島も貧しかったはずが、今では久遠家に納める作物を任されるようになり、山に植える木々を育てて売ることもしておるとか。
久遠と戦をしても勝てぬ故仕方ない。皆そう言うて臣従をしたが、胸の内では知多半島の佐治水軍が羨ましくて仕方なかったのだ。
伊勢の服部や安房の里見のようになりとうないからな。
そもそも、いずこの者に従おうとも暮らしなど変わらぬものだ。所領を認める代わりに従うのだ。それが織田は所領を認めぬ代わりに暮らしが楽になる。
他では聞いたこともないわ。
意地を張らずに良かった。心底思うわ。
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