第1117話・揺れる飛騨

Side:久遠一馬


 武芸大会の準備が進んでいる。今日は姉小路と三木が飛騨から到着した。明日か明後日には六角が、大会前日には北畠の皆さんも到着するだろう。


 織田家と領内は大忙しだ。今年は伊勢の織田領からの見物客も来ている。土地を与えていないこともあり、守るものもないので来やすいのかもしれないと誰かが言っていたくらいだ。


 それと飛騨からの出稼ぎの人たちが早くも来ていると報告があった。田んぼの収穫を終えると早々と織田領に出稼ぎに来ているようで、一部はその前に武芸大会の見物をしようと尾張に入っている。


 領外からの流民は相変わらず来ている。北近江、東三河、最近だと中伊勢からも来ている所がある。もうこの流れは止められないだろう。


 流民は各地の賦役で使うことにしているが、一番多いのは三河の矢作川の流れを変える賦役か。あれは費用対効果がいいので人をどんどん投入できる。


「少し休憩するか」


 オレは清洲城で朝から晩まで働いている。商務総奉行としての仕事というよりは相談役のような仕事になりつつある。


 織田家の各部署は機能しているが、新体制ということもあり細かい前例がないことも多い。独自に判断出来るものは各奉行で判断しているが、迷うとオレのところに来る。


 これ前は政秀さんが大半をやっていたんだよね。今でも信康さんとか代わりの筆頭家老となった佐久間大学さんもやっているが、ウチのやり方を政秀さんほど理解してないこともあり、ここ数日は清洲城でオレも働いている。


 エルと千代女さんと資清さんたちなどウチの家臣の皆さんと休憩にする。ここは清洲城なので頼むとすぐにお茶を持ってきてくれる。おっ、茶菓子は豆大福か。


「美味しいですね」


「はい、ちょうどよい甘さでございます」


 エルと千代女さんが大福の味に笑みをこぼした。確かにちょうどいい甘さだ。餅や小豆の味が引き立っている。


 千代女さん、すっかり戦力として働けるようになった。エルたちに常に学んでいるようで大抵の仕事は理解しているみたい。ウチの家臣もそうだけど、教育すると成長が早いのを実感する。


 元の世界の人より必死さと真剣さは上だろう。まあ、それぞれが役目に特化した成長なんで、もっと幅広くいろんなことを知ってほしいとオレは思うけど。


「金貨と銀貨は褒美でございますか」


「そうだね。量も増えたし、見栄えもいいからね」


 それとこの人、史実では豊臣五奉行のひとりだった長束正家の父親とも言われている水口盛里さん。彼はすっかり文官になって出世した。


 仕事が丁寧で物事を見る視点がいい。苦労人らしく人当たりも良くてね。忍び衆として働かせるよりもこっちのほうがいいみたいだし。


 彼が確認しているのは武芸大会の褒美のリストだった。


 米や酒、鯨や鮭などの食べ物から、絹や木綿の反物に刀や槍の武器と種類も量も多い。今年はさらに金貨と銀貨も褒美に加えた。


 あくまでも美術品としてだが、日ノ本だと反物や米が通貨の代わりになるのがよくあるので実質的な通貨になる。もっとも量が通貨とするにはまだまだ少ないのでそれほどばら撒けないけどね。


「三好家の銭が上手くいっておりませぬからな。金貨と銀貨はさらに増やさねばなりますまい」


 資清さんが少し渋い顔をした。


 そう、三好家の銭の鋳造が上手くいっていない。堺が協力していないことと堺の鋳造職人そのものがだいぶ減っているのが原因らしい。


 三好自体も丹波攻めや晴元の謀略の対処に、都の内裏の修繕で忙しいこともある。


 堺銭、評判悪いからなぁ。半分はオレたちが原因だが、堺銭の価値は近江以東になると素材の価値しか認めてないことがある。


 それとまがい物の堺という噂が畿内各地に広がった結果、堺の商人の地位は低下の一途を辿っている。


 誰だって良銭がいいよね。結局、尾張の良銭が畿内でも求められているんだ。こうなるから三好には早く銭を造るように言ったのにさ。


 まあ、愚痴っても仕方ないね。織田手形と金貨銀貨と銅銭で経済を支えるしかない。




Side:三木直頼


 相も変わらず尾張は賑わっておるわ。先日には京極様の件で世話になったので、その礼もあり武芸大会に来ておる。


 歳のせいかあまり体の具合がようないのだがな。


「まことか?」


「はっ……」


 清洲城に入り一休みしておると、姉小路家の家臣から思いもよらぬことを聞かされた。


「何故……」


「一言で言えば嫌気が差したのかと」


 姉小路高綱が織田に臣従をすると言いだしたとは。まさかと耳を疑うてしまったわ。


 もともと高綱に飛騨をまとめる力などない。そこに織田が美濃まで制してしまい、今では頭を下げねばならぬ立場だ。最後の決め手は先日の京極様か。わしもだいぶ疑われておるようじゃし。


 姉小路家の家臣は、わしに殿を説得してほしいと言うてきた。織田に従ったとて飛騨は飛騨だ。そこまで我らの暮らしは変わるまい。それに織田は領地を召し上げてしまうからな。


 家臣どもからすると、あまり望ましいことではないということか。


「わしが口を出すと余計に意固地になるぞ」


「されど、我らがお止めしても聞いてくださりませぬ。都や駿河、越前の公家衆と話されたこともあり、姉小路家がこのままでよいのかと考えるようになられたようで」


 確かにわしを含めて江馬も内ケ島も、姉小路などいかようでもいいと思うておるのは事実。


「尾張が羨ましくなられたようでして。次の管領だともてはやされる武衛様や仏と言われる内匠頭様が」


 それどころか家臣でさえいずこまで信が置けるかわからぬ世なのだ。尾張に何度も足を運び、公家として扱われて華やかな世を知ると嫌気が差すのも分かる。


 清洲に来てからそれを言い出したということは、家臣も疑うておるな。飛騨で言えば尾張になど来られぬように押し込めてしまうであろう。


 しかし困ったな。織田はこれを受けるのか? 最早争う気もないが、もし姉小路の国府が織田領となれば、わしの本拠である下呂は南北西を織田に囲まれることになる。いかがすればよいのだ。


 公家と言うても困窮しておると噂に聞く。駿河や越前の公家は武家に食わせてもらっておる始末だ。それと比べると領地があるのは恵まれておると思うがな。


 今まで姉小路をないがしろにしておったツケか。家臣らも程度の違いはあれど似たようなものであったのであろう。


 当主とて己の勝手に出来ることは限られておるのだ。それはわしとて同じこと。家臣にいつ裏切られるかわからぬ世なのだ。


「おぬしらで説得致せ。領地を失ったら最後、いかになるか分からぬとな。織田とていつ家中で争うか分からぬのだ。然様な仕儀になっては困ると言えばよい」


 今更意見を変えまいがな。このまま戻れば間違いなく家臣が隠居させてしまうであろう。


 わしも腹を決めねばならんということか。織田に臣従するかしないかを。


 困ったものだ。京極様が来られてからというもの、ろくなことがないわ。





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