第1107話・慶次郎の婚礼

Side:久遠一馬


 今朝は気持ちのいい秋晴れだ。


 ようやく慣れた新しい屋敷では、家臣や奉公人のみんなが慌ただしく動いている。


 今日は慶次とソフィアさんの婚礼の日なんだ。


「クーン」


「ろー、ろー」


 ロボ一家と戯れる大武丸と希美と一緒に、オレはそんな賑やかな屋敷で待っているくらいしかやることがない。


 織田一族や重臣の皆さんの冠婚葬祭には参加するので慣れた。ウチだとあと益氏さんの婚礼が今年中に予定されている。益氏さんは相手の池田家に年頃の女性がいなかったことで少し遅れた。


 養女よりは血縁の女性ということで、池田一族で少し揉めたと聞いている。もともと尾張に来たことやウチが激変した環境で、縁組が出来なくて遅くなったことは本当に申し訳ないと思っている。


 まあこの時代は普通に世話をする女性はいるから、益氏さん自身はあまり困っていなかったようだけど。


 今日のオレは動くと余計に仕事が増えるからね。大人しくしているのが一番だ。


 そうそう、ロボとブランカの最初の子であるふうはなの二匹は、そろそろお嫁さんとお婿さんを迎えるべく探している。二歳を迎える頃には相手を見つけてあげたいからね。


 比翼連理は元気だ。まだまだやんちゃだけど、こうして一緒にいると大きくなってきたなと思う。里親どうしようかなとみんなで相談しているところだ。織田家、斯波家には出したのであとはそれなりに自由になる。




 婚礼の儀は午後から始めることになった。三々九度などの儀式があって、お披露目の宴はその後になる。


 この時代の婚礼の儀と違うのは出席者だ。意外なところでは信長さんと岩竜丸君が来ることになっている。異例といえば異例のことだが、信秀さんや義統さんと資清さんとよく話し合った結果だ。


 本領から妻を迎えることに斯波家と織田家としても歓迎する。そういう外交的な意味もある。扱いが家臣から同盟者に変わりつつあるんだなと実感した。


 一応、オレは織田一族だし、織田と斯波も血縁がある。親戚といえば親戚だということもあるが。


 もっとも尾張では最近婚礼の形が変わりつつある。きっかけは佐治さんの婚礼だろうか。あれに花嫁の父である信秀さんが出席したことが始まりとなる。


 家と家との繋がりを深くするというならば、花嫁の側で見届け人ではなく当主が出てもいいだろうとなり、花嫁の父や一族の長が出ている。


 それとウチの影響もある。婚礼の宴は数日するが、嫁の一族を招く宴の日を設けた家がある。婚礼という形は変わらないが、細かなところは地域によっても違うらしいしね。


 作法はこの時代にもこの時代のものがあるものの、変えるということを恐れない尾張らしいのかもしれない。


「まるで祭りだな」


「賑やかでよいの」


 宴の刻限が近くなると信長さんと岩竜丸君がきた。ふたりは酒と菓子を振舞っていて、町がお祭りのようになっている様子に笑っていた。


 実は今日は清洲と那古野の城で振る舞いの酒と菓子を配っている。これ資清さんは身分が合わないとやる気がなかったのだが、義統さんと信秀さんのめいで配ることになった。


 ちなみに配っているのは、名実ともに斯波家と織田家になる。久遠家本領と尾張の婚礼を祝うという名目だ。家中にも知らせているし、かわら版や紙芝居でも知らせている。


 陪臣はつつましくというのが当たり前なんだけどね。斯波家と織田家が配ると誰も文句を言えないだろう。


「皆、喜んでおる。久遠家の本領の者と尾張の者とで血縁が出来たのだ。疑うわけではないが、当たり前にあるものだからな」


 反発はほぼないらしい。岩竜丸君も言うように、織田家中も今回の婚礼を喜んでいる。


 今のところ滝川家と望月家からオレの妻としてきてくれた、お清ちゃんと千代女さんのふたりしか血縁ないからね。


 急な立身出世は嫉妬も受けるし、それはないとは言わないが、資清さんの人柄がそれを問題視しない理由にもなっている。




Side:滝川秀益


 オレの婚礼が大事になったが、あまり実感がない。久遠家本領との血縁は、最早滝川家のみにあらず。尾張との血縁なのだと皆が待ち望んでおったのであろうな。


 先ほどには、今日は大人しゅうしておるなと彦右衛門殿と儀太夫殿に笑われた。日頃からそうしておれば、立身出世も思いのままであろうにとも言われたが。


 家を背負い、一族を背負うなど性に合わぬ。久遠家でならば立身出世も面白そうであるがな。


「尾張の婚礼がこれほどのものだとは……」


 あまりに大きな婚礼にソフィアも驚いておるか。久遠家の力はすでに抜きんでておる。斯波家と織田家とて無視出来ぬほどにな。



 様々な思惑が絡み合うのは仕方なきことだ。


「些細なことなど気にせずともよい。なるようになるさ」


 とはいえ、殿は身分や家に縛られた婚姻がお嫌いだからな。此度の婚礼も好きにしていいと仰せだ。オレとソフィアとそれぞれに話を聞いて今日のことも決められた。


 必要とあらば大殿や守護様が相手ですら己の意見を言うてしまうことは、いささか困るがね。


 人が変わり、国が変わり、世が変わる。明日にはオレとソフィアの婚礼が珍しいものでなくなるであろう。


 婚礼に出たかったと、無念そうに近江に向かわれた公方様の顔が浮かぶ。おかしな話だと今でも思う。


 都にて天下を治めるべき御方と、甲賀の山で生涯を終えるはずだったオレは身分が天と地ほど違うのだ。


「奪い、奪われるのが日ノ本だと聞いておりました」


「変えてしまったのさ。殿とお方様がたがな」


 ふと、ソフィアが呟いたことが懐かしく感じる。国や世が変わるどころか、人が変わるとすらオレは思うておらなんだ。強くなければ奪われる。それが当たり前だったのだ。


「さあ、行こう。尾張と本領の皆のためにまたひとつ変えねばならん」


「はい。お供いたします」


 殿がなにを見ておられるのか、オレにも正直なところ分からぬ。されどな。オレとソフィアが今日、ひとつ変えねばならぬのは理解しておるつもりだ。


 それが天の定めというところか。


 それもまたいい。そう思える。




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