第803話・世の流れ
Side:久遠一馬
斎藤義龍さんと安藤守就さんが東美濃の遠山家の岩村城に向けて出発した。百名の武官と共に清洲を発ったふたりは稲葉山城下の井ノ口にて兵を集めて東美濃へ行く。
現在は農繁期なので兵を集めるのは大変だ。美濃では賦役を一部止めて軍を編成する。
「苗木は割れておるようでございますな。家老数名が苗木城を掌握して籠城の支度をしておる様子。それと隣の
出雲守さんが東美濃の監視に入っている忍び衆に連絡を取り、急遽情報を集めたが、脅威と言えるほどではないようだ。まあ、勝てなくても降伏はしないみたいで、ここに至っては一戦して、自分達を認めさせたいらしい。ただ今回の挙兵が、既に他の遠山七頭にとって苗木が邪魔者になったことはどう思っているんだろうか?
「あっちにあるのは山ばっかりか。
「はっ。山に生き暮らす民は思わぬ繋がりがございますから。
「へぇ。珍しいね。そう言えば三河にもあったな。残念なのは売れるほどないんだよね」
尾張が畿内から買う品のひとつであるお茶。その畑が東美濃にあるのか。実は三河の吉良領にもあったんだよね。もっとも田んぼのついでに植えている程度で、産業として成り立つほどでもない。
地産地消といえば聞こえはいいか? 吉良家とか三河の一部に出回っている。足利一門だから茶を
「落ち着いたら、東美濃も西三河も増やせばいいと思うわ。私たちが
とはいえ、あの辺りでお茶の葉を生産しているということは朗報だろう。一緒に報告を受けているメルティも茶の生産の目途が立ち少し嬉しそうだ。
農作物に関しては試験栽培から始まり、担い手の育成などを経て普及させることにしている。ウチの技術と知識だといきなりな普及も不可能ではない。とはいえ先のことを考えると、きちんと手順を踏んでおきたいからね。
茶の生産は試験栽培が要らない分、早く畑を増やせるかもしれない。
「木砲を出してよろしかったのでございましょうか?」
「構わないよ。あれも後生大事に持っていても仕方ないし。河尻殿なら上手くやるはずだ」
ああ、東美濃にはウチから河尻さんが数名の家臣を連れていっている。攻城戦の策として木砲を運用する人たちだ。
望月さんは木砲の技術が流れるのではと少し警戒しているが、木砲は使い捨ての武器だし、ウチでも大砲の訓練でよく使うものだ。気にするほどじゃない。それを持って、正確にはジュリアの与力となっている河尻さんが、木砲運用するウチの家臣を連れて東美濃に行った。
正直、大内義隆さんの法要と公家の尾張来訪でウチも忙しい。元守護代家の家老だけあって河尻さんはあちこちに顔が利く。
河尻さんは日頃ウチで育成中の武官を指導したり、ジュリアとセレスの補佐をしてくれている。そのため木砲の運用からウチの戦術も大まかに理解しているんだよね。
最悪の場合や帰りは、木砲自体を、火薬を使ってでも破棄してくるように命じてある。問題はないだろう。
「東美濃は落ち着いたら植林と炭焼きの技から解禁が必要かなぁ」
「悩ましいところであり、思案どころでございますな。信濃あたりに技が盗まれる恐れはありまする。されど、いつまでも隠しておれば貧しいままかと」
東美濃や北美濃は甲賀を少し思い起こさせるんだろう。オレが悩んでいると資清さんも悩みながら一緒に考えてくれる。
一度直接行ってみるべきかもしれない。どんな人たちが住んでいて、なにを思い生きているのか。元の世界の情報や忍び衆の報告だけでは見えないものがある。
まあ、それもお公家様たちが帰ってからだな。
もうすぐ梅雨になる。まずは法要の支度を急がないとな。
Side:セレス
「セレスどうだい?」
清洲城の警備奉行の
「駄目ですね。人員が足りません」
ジュリアの問い掛けに私は、少しため息をこぼしてしまいました。
私たちは今、夏に行われる大内義隆殿の法要と花火大会の警備計画を立てています。諸国から多くの人が集まり、京の都からは公家衆が相当な数で訪れるのです。その人々の食事から宿泊場所の用意など、必要なものは多くあります。
特に厄介なのが公家衆になります。応対する者の礼儀作法はもちろんのこと、彼らの身辺警護には入念な準備が必要でしょう。
「毒のひとつでも仕込まれれば、こっちの落ち度だからね。名を重んじるこの時代だと周囲をガチガチに固めて当然だろうさ」
こちらの苦労を察したジュリアも同じく困った顔をしました。
尾張と美濃と西三河。それが現在の織田家の領地になります。周辺の国の守護や国司には儀礼的に大内義隆殿の法要に招く書状を送っています。あくまでも大内義隆殿の法要ということで、斯波家や織田家との因縁がある越前の朝倉家や駿河の今川家にも招待状を送っているのです。
誰が何処までくるかはまだ返答が来ていませんが、相応の人物がくると考えて動かねばなりません。中には敵とも言える者もいるのです。私たちは彼らを守りつつ警戒もしなくてはなりません。逆に影つまり偽者を尾張に送り、
頭の痛い限りです。
「国人衆と領民からも動員が必要です。警備兵、武官、文官、馬廻衆。それらで要人の直接警護をするにしても、道中・市中の警備と花火大会の警備は完全に人が足りませんので」
花火大会は年々領外から訪れる人が増えております。当然不届き者も多く、元の世界の花火大会とは危険度も違うのです。
大きな事件など不要でしょう。公家衆の前で恥をかかせるだけで斯波家や織田家の躍進を望まぬ者には十分。
そもそも今は友好的な六角家や北畠家とて、どこまで織田の躍進をその
「忍び衆もキツイって言ってるしね。甲賀と伊賀にも追加の人を頼むくらいだ」
そう、ジュリアの言う通り厳しいのは私たちだけではありません。現在、織田家には大殿が組織する忍び衆と久遠家の忍び衆の二組ありますが、それらを合わせても公家衆が滞在する期間中の人員が足りないのですから。
こちらは大殿と話をして早々に甲賀と伊賀に人員を頼んでいます。重要な任務には使えませんが、手薄になる領内の各地に配置して使うくらいはできますので。
「武士は都に上るたびに乱暴狼藉を働くので、公家衆が嫌い恐れるのです。そんな彼らが尾張まで来るとはよほどのこと。ここで治安の乱れを見せると今後に大きく影響します。正直、私はまだこのようなことをするのは早いとすら思います」
仕方ないとはいえ、公卿を含む公家衆を招くには尾張はまだまだ未熟。せめて法要は金銭をばら撒き渡してでも京の都で行い、公家衆に尾張を見せるべきではない。花火は例年通りで良いのではと個人的には思います。
ただ、世の中の流れは私たちとて自由にならないということ。今回の件はそれを痛感する出来事になりました。
東美濃と北美濃、それと西三河の者も使えませんね。東美濃と北美濃は織田の統治に慣れておらず、また不満を抱える者もいる。西三河も最近のごたごたを見ると難しい。
なるべく尾張の者と、足りない場合は西美濃の者たちでなんとか警備計画を立てないとなりません。
戦国時代において元の世界と同じとまでは言いませんが、人々が安心して楽しめる治安維持。これを難題と言わずなにを難題と言うのでしょうか。
無論、やりがいはありますが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます