第783話・春の訪れ
Side:久遠一馬
春だ。何度経験しても春はいいなと思う。
織田家では恒例となった春祭りの準備に入っている。もとはウチで始めたお花見だったんだけどね。現在では田植え祭りとか豊穣祈願と一緒になっている。
これはこれで、時代に合わせたお花見ということでいいと思う。ウチでは恒例となった、家中の独身男女が楽しめるお花見も同時に行うように計画をしている。忍び衆も含めて男女の出会いの機会は作ってやりたい。
まあ家と家での婚儀も否定はしていない。とはいえ急激に大きくなっている久遠家では若い人も多く、また家中の秩序もそこまで固まっていない。
元農民の家臣や甲賀などから来た人は、結婚相手を選ぶのも悩むらしいからね。
「じゃあ、お願いね」
「はっ、お任せを」
担当者は慶次にした。若い衆とか新参のみんなの評判いいんだよね。慶次って。資清さんたちも頑張っているが、如何せん仕事が多い。
金さんの結婚以来、慶次は若い衆に相談されて何人も縁談をまとめている実績もある。時には資清さんまで担ぎ出してまとめているようで、資清さんはハラハラすることもあるみたいだけどね。
慶次の結婚もそろそろ考えているんだけどねぇ。本人に話しても今の暮らしが楽しいらしく自身の結婚にはあまり興味がないらしい。
某漫画では途中まで独身の設定だったが、史実だと普通に早くに結婚していたはず。ある意味、一番ウチの影響を受けた男なのかもしれない。
「松平殿がとうとう決断したか」
「そのようでございますな。今川は武田相手に優勢とはいえ松平としては関わりのないこと。それと東美濃の件も承知なのでございましょう」
慶次と入れ替わるように、松平家が臣従を決めたという知らせを望月さんがもってきた。
元の世界の史実から考察すると、もう少し粘るかと思ったけどね。三河自体は一向宗の影響が強い西三河と、曹洞宗の影響が強い東三河に分かれる。また室町時代には三河は足利家由来の地であったことから面倒な土地なんだけどね。
吉良家が臣従したことも影響しているだろう。特別優遇もしていないが、冷遇もしていない。終息しつつある流行り病も例外なく治療した。周囲には未だに織田に臣従していない領地が多く、あそこも病人があちこちから来て大変だったらしいけど。
吉良家は相変わらず家中だと文句も多いという噂だ。とはいえ信秀さんは家中で文句を言うくらいなら言わせておけと相手にしていない。
実際に流行り病の治療を始めると領民の反応が変わって、吉良家としても織田の力を実感しただろう。
西三河の一向衆は大人しい。史実の三河一向一揆の本證寺と
矢作川西岸では、ごく一部の寺は未だに織田に従わず独自運営しているが、影響力のある寺はほぼすべて織田に従っている。願証寺も説得したようだしね。
基本的に本證寺の一揆に加担しなかった寺の寺領は手を付けていないが、ちょこちょこと賛同者が出たところもそれなりに多く、裁きと罪に応じた寺領の召し上げはしている。あとは人口調査と検地は従う寺にはさせたし、罪人の引き渡しなどの守護使不入は撤廃させた。
まあ暮らしていけないような規模の寺領の召し上げはしていない。その影響もあって、矢作川西岸ではこの冬の流行り病は大きな混乱は起きていないんだ。
尾張の寺を見習ったようで、率先して協力して褒美を貰おうとした寺まであるくらいだ。
「流行り病のこともあったんだろうね」
「今川に従っておった頃よりはいいとはいえ、流行り病の対応はあまりに違いが大きく、松平としては家が存続の危機と感じるほどだったのかもしれませぬ」
このタイミングでの臣従の最後の後押しは流行り病かなと個人的に思う。望月さんもそれは同意見らしい。
西三河は飢えないように、大湊を介してある程度食べ物の値をコントロールしている。とはいえ織田領内よりは高いし、織田の行政サービスは当然ない。
賦役とインフルエンザの時の治療って、下手な戦よりも影響が大きいんだよね。
特に三河でも人一倍プライドが高かった吉良家が、織田に臣従して変わったのが間近でわかるからね。
美濃もそうだが、飛び地の領地って織田家の負担が結構大きい。それでも一定の行政サービスは維持している。それが他国から見たら驚きなんだろう。この時代だと属国なんてロクな扱いされないし。
「西三河が固まるのも遠くないわね」
エルの代わりに仕事をしているメルティも、西三河が思った以上に早く落ちると少しため息をこぼした。別に松平が臣従するのはいいんだ。問題は西三河がこちらの領地になると、緩衝地帯が無くなる。それは東三河が同じように揺れるだろうということだ。
織田家も重臣クラスになると気付いている。戦なんかしなくても向こうが勝手に騒いで臣従を願い出る可能性が高いことを。
まあ織田は他家とは違い、領地をそのまま認めないし、両属も基本は認めていない。従って雪崩をうって臣従ということはないが。
とはいえ早く既存の領地をまとめて発展させる仕組みは整えないと駄目だよな。
「かずま、ぶらんかがへんなの!」
美濃がだいぶ落ち着いたので、当面は三河に注視する必要があるということで望月さんが下がったが、次にやってきたのは悲しそうなお市ちゃんだった。ブランカが、少し食欲がないらしい。
「ああ、ブランカにも赤子が出来たかもしれないんですよ」
心配なんだろう。ケティかパメラに診せたいようだが、実はロボとブランカにも子が出来たんだよね。まだお腹は目立っていないが、先日にはケティたちが確認した。
「あかご?」
「そうです。見守ってあげてください」
「えるとおなじ?」
ブランカに子が出来たことを教えると、お市ちゃんは可愛らしく小首を傾げてエルのことを口にした。あれ、お市ちゃん。いつの間にエルの妊娠のこと知ったんだ? まだ教えていないはず。
「よくご存じですね。どこで聞かれたのですか?」
「ははうえがね。えるにやさしくしてあげなさいって」
ああ、土田御前か。そういえばお市ちゃん。エルの膝の上に座るのが好きなんだよね。それを懸念して教えたんだろう。秘密が漏れる心配はまずない。そもそもお市ちゃんが部外者と会うこと自体が多くないんだ。
牧場の子供たちとか学校の生徒とは会うが、お市ちゃんもそろそろ言っていいことと駄目なことはわかる歳だ。
「あかご、たのしみ!」
最近は孤児院でも年下の子の面倒をみたりすることもあるんだよね、お市ちゃん。女の子は精神的に早熟だし、エルたちもいろいろと教えているからなぁ。
生まれてくる命を温かく迎えてあげられるお市ちゃんの優しさが嬉しい。でも焼きもちとか焼かないように気を付けてあげないとな。微妙な年頃だからね。
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