第752話・迫るリミット
Side:陶隆房
周防もすっかり冬か。
わしは大内家のために御屋形様を討ち、本来の大内家へと戻すべく尽力しておる。来年には新たな大内家当主として、かつて御屋形様の姉の子でもあり、以前には猶子であった大友家の大友晴英を迎えるべく支度をしておる最中だ。
「如何なることだ?」
「はっ、亡き御屋形様の遺言が噂されておりますれば……」
にもかかわらず愚か者どもは勝手なことばかりをする。御屋形様がどこかで生きておるのではと疑い、わしに従おうとせぬ者がおる。御屋形様と冷泉の首がないからだ。
なにより厄介なのは、大寧寺の僧どもが御屋形様の遺言と称してあらぬことを吹聴したことか。わしのことを『五郎では大内家はまとまらぬ。西国は荒れるであろう』と言うたと吹聴し、『次の世は尾張から動く。生き延びたら尾張に行け』と言うたと広まったことか。
あらぬことを吹聴すると許さぬと厳しく罰したが、それが余計に噂として広まるとは。わしを軽んじておるとしか思えぬ。
「毛利はあえて冷泉を逃がしたのではないのか?」
「某には返答しかねまする」
大寧寺の者の話では御屋形様は確かに腹を切ったらしい。その首を冷泉が持ち遺言に従い逃亡して、大寧寺に火をかけて遺体を燃やしてしまった。
冷泉を追討すべく兵を差し向けたが、時はすでに遅し。安芸に入られてしまった。毛利に冷泉の討伐を命じたが、冷泉に加担した者らがおるようで逃げられたと抜かす。誰が加担したのだと問うてもわからぬと言うだけだ。
毛利め。御屋形様が生きておると疑い日和見をしておるのではないのか? わしも念のため誰が加担したか探ったが、わからぬ。本当にそのような者らはおったのか?
「殿、近衛殿下への返答はいかがなさいますか?」
「ごくつぶしなど捨て置け」
毛利の始末を考えねばならんかと迷うが、家臣からは近衛から来た文のことを問われた。あのごくつぶしめ。密勅を狙ったのは如何なる訳だなどと文など寄こしおって。公家どもが
「されど、公方様は六角家の城にて病のために静養されておられるとのこと。都で政を差配しておるのは三好と六角のようで、どうも三好と六角は近衛殿下が和睦をさせたとのこと。管領殿は若狭におります。公方様は管領殿を切り捨てたのだと……」
「捨て置けと言うておろう! あのような者らは大内家さえまとめれば、再び媚びて参るわ!!」
ふん。近衛が如何程のものだ。どうせ銭が欲しいだけであろう? 明との船を出して戻ればすぐに媚びて参るわ。そのようなこともわからぬのか。
「ですが……」
「くどい!」
近衛など捨て置けばよいのだ。それより村上水軍も博多もわしを軽んじておる。斯波との海戦に負けたことが理由であろうが。
わしが直に出陣しておれば、南蛮船如きに負けはせん。おのれ。村上水軍を従えることが先か。なんとかせねばならぬ。
「それよりも御屋形様と冷泉の首はまだか?」
「畿内に入って以降、追手からの繋ぎは途絶えております。また三好や六角はこちらが求めても冷泉を捕らえることはせぬと思われ、頃合いからしてすでに尾張に入られたかと」
「ならば尾張に刺客を送らぬか!」
「畏まりました」
戦も出来ぬほど落ちぶれた斯波と成り上がり者の織田など、恐るるに足りぬ。東国の田舎者は愚かにも織田を恐れておるのかもしれぬがな。西国では明や南蛮の品など珍しくもないわ。
「あと山口を再建する。賦役をする故に、命じておけ」
ごくつぶしなど要らぬが、山口には大内家の銭をあてにした職人や商人どももおる。連中には矢銭を出させねばならぬし、明に船も出さねばならんのだ。
山口を早期に再建することは必要だ。大内家ここにありと諸国に示さねばならんからな。一段落したら尼子攻めだ。わしはこの屈辱を生涯忘れぬぞ。
Side:久遠一馬
暦は師走に入っている。年明けには佐治さんと信秀さんの娘さんが婚礼を挙げるので、その準備も進んでいる。
一方で大内義隆さんの葬儀も準備が尾張で行われることになり、そちらは今年中の葬儀のために話し合いが続いている。
すでに朝廷にも、大内義隆さんの首が尾張にあることを知らせる人を派遣した。年内はさすがに難しいのだろうが、年が明けて落ち着いた頃には朝廷の使者や世話になった公家が尾張に来て、再度の葬儀もしくは法要が行われるだろうと信秀さんは話していた。
朝廷への貢献の高さからか、官位だけなら義輝さんより上だ。それなりの規模での葬儀が必要となる。
あと単身で尾張まで主君の首を守り抜いた冷泉さんは、尾張でもさすがは大内家の家臣だと評価がうなぎ上りだ。荒れた時代だからね。それ故にこうした忠義に厚い人が評価されて尊敬される部分がある。
「やはり管領代殿は病のようでございます。家臣の前で倒れて
ウチも年末年始の支度を考えていたが、望月さんが少し深刻な様子で六角家の様子を報告に来た。
「困ったね。せっかくまとまったものが崩壊しかねない」
わかっていたことだ。史実では来年の一月二日には亡くなったとの記録がある。もう一か月もないんだ。とはいえ一緒に報告を受けたエルも渋い表情をしている。
歴史では感じなかったが、あの人の存在感は重く重要だ。細川晴元が大人しいのも、あの人と三好が組んだからという部分もあるだろう。奥さんの親父さんなんだよね。
「そういえば、管領殿の継室は管領代殿の息女だよね? どうなっているかわかる?」
「はっ、いかにも管領殿が若狭に行く際に朽木に置いていったようで、今は六角家に戻されております」
ああ、六角家と晴元との関係は切れたのか。当然と言えば当然だね。義龍さんの奥さんのような事例は珍しい。六角家がその気なら晴元との関係を切らないことも出来たんだろうが、定頼さんは世の中が見えているからな。
「すぐに清洲へ、殿と守護様に知らせて」
「畏まりました」
望月さんには、このまま清洲に報告に行ってもらう。事と次第によっては元の世界の史実とはまったく違った争いになりかねない。
晴元はすでに落ち目だが、東に織田という強大な勢力がいることで畿内がどう変わるかはわからないところもある。
「エル、どう思う?」
「この段階で断定するのは危険ですね。ただ、万が一を想定して、塚原殿にはすぐに知らせるべきかと思います」
塚原さんと義輝さんは、一か月ほど尾張や美濃を旅して武芸大会を見物したのちに、年末年始を鹿島で過ごすということで旅立った。北条幻庵さんたちと一緒にウチの船で関東まで送っている。
幻庵さんには義輝さんの素性に違和感くらいは持たれるだろうが、深く追及まではしないだろう。義輝さんが武芸者となるには、もう少し時間が必要だ。
本当は年越しも尾張がいいかと思ったんだけどね。塚原さんが義輝さんに多くの土地を見せたいと言ったんだ。二年も三年も旅を出来る身分じゃない。
とはいえエルの言うように、すぐに定頼さんが倒れたことを知らせないと駄目だね。もしかすると伊豆からトンボ帰りになるかもしれない。
情勢次第ではまた旅に戻れるだろう。ただし本人が将軍に戻る気がなくなっていることがどう出るか。当然そんなこと軽々しく口にしないが、関東に行く前に最後にウチに来た時には、いずれはウチの島にも行きたいと言っていたほど。
言葉遣いや所作でまだ目立っているが、尾張を旅立つ時には若い弟子と共に荷物まで持っていたほどだ。本人はこれを機会に戻れと言われると反発するだろう。
甘やかすのは良くないので、あまり関わってないんだけどね。
一時代を築いた大内義隆さんと六角定頼さんの死。そしてその葬儀が尾張と近江で期日を近くして行われるかもしれない。これは史実にないことだ。
どうなるのか、気を引き締めて見守る必要がある。
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