第743話・第四回武芸大会・その五

Side:久遠一馬


 連日、昼は武芸大会で夜は招待客との宴となっているが、今年は領民参加の種目が熱い。領民は美濃からの参加者が急に増えた。浅井家の賊狩りの影響だろう。


 腕自慢、足自慢の人々が多い。団体戦も褒美を目当てに参加した人たちが多いね。


 泊まる場所が足りなくて津島、蟹江、熱田にまで武芸大会の見物人や参加者が泊まっている。結構距離あるんだけどなぁ。最近は川に橋もあるし道も整備されて歩きやすいのだそうだけど。


 当然ながら野宿も多く、たき火をしている人たちも多い。季節的に秋だ。たき火でも焚かないと寒いので仕方ない。ただ火事にならないようにと警備兵のみんなと、大会期間中に臨時で雇っている人たちに見回りをしてもらっている。


 乾燥する季節でもあるし、ちょっとした油断から大火事なんて困るからね。火消し隊の独立がまだ済んでいないからなぁ。警備兵のみんなには苦労をかける。


「綱引きと玉入れは相変わらず人気だね」


 そうそう、今年は女性の部も設けた。とりあえず綱引きや玉入れなど領民参加型の団体戦で女性限定のチームを募集したんだ。


 意外によく集まった。一定以上の身分になると屋敷から出ないが、大半の女性は農作業や家事で働いている。褒美は銭と米とかだからね。人気だ。


「この日のために鍛錬しておる者らもおるようですな」


 運営本陣は落ち着いている。領内の報告を持ってきてくれた望月さんも、楽しげな光景に思わず笑みをこぼしていた。運動公園には綱引き用の綱と玉入れ用の道具などがあるが、これは領民ならばきちんと手続きをすれば貸し与えて練習出来るようにしている。


 遠方の領民はさすがに使えないが、あるもので代用したり、引っ張る訓練をしたりしているそうだ。


「領内のほうは大丈夫?」


「はっ、留守中の村を狙う不届き者がおるようでございますが、領民も考えております。隣近所の村に頼むなどしておりますな。土産を持ち帰ることと、来年は残った者たちが来るという約束が出来ておるところもありまする」


 へぇ。領民も考えているな。実は武芸大会に人が集まり過ぎて、泥棒とかの心配があったんだよね。織田家としても警戒をしていて、尾張のみならず美濃や三河でも臨時に兵を集めて見回りなどを強化している。


 無論忍び衆のみんなにも警戒のために頑張ってもらっているんだ。


 ただ、この時代は自分の身は自分で守る時代だ。領民もきちんと考えていて頼もしい。こんなきっかけで隣の村とかと信頼関係が生まれて、協力するようになるとは思わなかったけど。


「このようなものも売っていましたよ」


「へぇ。上手く描けているね」


 領民の競技は運動会にどんどん近い雰囲気と様子になっているなと見ていると、見回りに出ていたセレスが一枚の紙を見せてくれた。


 墨だけで描いた水墨画だ。歴史に残るほど凄いというわけではないが、上手に清洲城が描かれている。紙はわら半紙だね。


「描いたのは元服前の孤児院の子です。学校でアーシャやメルティによく習っていた子ですね」


「ほう、それは凄い」


 横で見ていた望月さんが思わず唸った。義龍さんもまさかと言いたげだ。


 これ、子供が描いた絵なの? 普通に上手いんだけど。コツコツと描き溜めたものをお菓子とかと一緒にウチの屋台で売っているらしい。


「あまりに上手なので、リリーも屋台で売ってもいいのかと何度も聞いたようですけどね。殿のお役に立てると本人は喜んでいるそうですよ」


 これはいいお土産になるなぁ。しかし孤児院の子たちにこんな才能がある子がいたなんて。外で元気に遊ぶのが好きな子もいれば、本を読んだり絵を描いたりするのが好きな子もいる。


 リリーはそれぞれの個性を伸ばすように育ててくれているんだなぁ。


「終わったら孤児院には褒美に美味しいものでも差し入れするか」


「それがいいと思います」


 うん。この絵は記念にオレがもらってもいいらしい。大事にしよう。




Side:斎藤義龍


 久遠殿と氷雨の方はたいそう嬉しそうだ。絵の出来もいい。とはいえまるで我が子の絵のように喜ぶとは。これが久遠家家臣の忠義の源か。


 この武芸大会とやらもそうだ。武士、民、僧を問わず領内の者ならば力試しが出来る。皆で奪い合うのではなく、力試しをするということは聞いたこともない。


 久遠殿は寺社から座と市を奪いつつある。清洲の殿のお力と、久遠殿しか手に入らぬ品が数多あるのだ。当然であるが。驚きなのはその寺社が久遠殿に率先して従い、助力までしておることか。


 武芸大会でもそうだ。各地の寺社が集まる民を泊めるために奔走しておる。和歌や書画などは津島神社と熱田神社にて披露しておるほど。


 父上が織田に臣従して良かったと本心から思う。戦に勝っても斎藤家に先はない。父上のお考えはまことに正しかった。


 勝ってどうなる? 久遠殿の船を止めぬ限りは織田の力は失われん。むしろ民から寺社まで怒らせるだけではないのか?


「氷雨殿、それは屋台にいけば買えるので?」


 ただそれよりも気になったのは、あの清洲城の絵だ。喜太郎が喜びそうではないか。誰かに買いに行かせようかと思うて訊ねてみた。


「いえ、すでに売り切れたようです。斎藤殿のお子は城がお好きでございましょう。私のほうで一枚買っておきました。どうぞ」


「これは、よいのですか?」


「ええ、構いません」


 あいにくとすでに売り切れたと聞いて残念に思うておると、なんと氷雨の方がわしのために一枚買ってくれていたとは。信じられぬ。


「かたじけない」


 この気遣いが久遠家の者たちにはあるのだ。心を揺さぶられる。


「斎藤殿?」


「いや、少し昔を思い出しましてな」


 清洲城の絵を見て固まるわしに久遠殿は声をかけてこられたが、わしはふと長井隼人佐のことを思い出してしまった。


 父上を憎み、家中で父上に不満を抱える者らを手懐けており、一時はまことに父上を追い落とせるとすら思えるほど力があった男だ。


 わしにも親身になってくれておるように思えた。あのままでは廃嫡にされて殺されると何度も言われたな。


「城から出て外を見るというのは良きことですな」


「ええ、これからの世では必要ですよ。喜太郎殿が元服する頃には、さらに必要となるのかもしれません」


 わしの力で美濃一国を治めることもしてみたかった。されどそうしておれば、わしは近習に囲まれて城から出ることもあまりないまま、世を知らずに生きていたのやもしれんな。


 こうして世を自らの目で見て動く。久遠殿の富と強さの秘訣であろうか。


 楽しげに武芸大会を見る久遠殿と、喜太郎が元服する頃の話をする。これはこれでいいものだ。


 わしも信じられる気がする。久遠殿が目指すという戦のない世とやらをな。


「喜太郎もこのような絵を描けるようになるのであろうか?」


「なりますよ。きっと」


 久遠殿の言葉に喜太郎のこの先が楽しみで仕方なくなる。もう少し大きゅうなったら学校に行かせるか。いや、久遠殿の孤児院とやらに学びに行かせるのもいいのかもしれん。


 殿の姫君がよく行くと聞く。


 喜太郎。お前はどんな才があり、どんな武士となるのであろうな。


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