第679話・公方と公家

Side:久遠一馬


 茶会。元の世界ではその昔には料亭で会合などがあったと聞いたことがあるが、この時代では茶会が政治的なイベントだ。当然オレはこっちに来るまで経験がないけどね。


 出席者は六角定頼さんと六角家重臣数名だが、三雲家がいない。外されたね。あとは義統さん、信秀さん、信長さん、オレとエルとジュリアだ。場違いだよねぇ。オレたち。


 部屋は豪華なところだ。襖になんかの絵が描かれている。


 そこに最後に入ってきたのは足利義輝さんだ。当然オレたちは平伏して迎える。


「面を上げよ。今日はお忍びであられる。楽にせよとのお言葉に感謝致せ」


 側近の声で面を上げた。


 若い。顔を見て改めて若いと感じる。オレや信長さんより若いんだから当然か。お供は若い武士と卜伝さんと公家が数人いる。本当に最低限のメンバーでの茶会だね。


 史実では剣豪将軍などと言われて自らの力で天下を治めようとした点では、足利義昭よりは好感が持てる。


 お茶を淹れるのは定頼さんか。というか紅茶なんだね。淹れ方も違う。独自のやり方といっていいかもしれない。茶の湯のような淹れ方だ。これは面白い。


 違うのは回し飲みしないことか。しかも白磁のティーカップになる。


「今日は久遠の薬師はおらぬのか?」


 一通り挨拶すると義輝さんが最初に問いかけてきたのはケティのことだったのは、ちょっと意外かも。


「申し訳ありませぬ」


「いや、よい。父上にと贈ってくれた薬の礼を言いたかっただけだ。父上が『かの者の薬だけは少し楽になる』と言い遺されたのでな」


 答えたのは義統さんだ。オレは身分も違うので答えることはない。


 義輝さん、緊張しているみたいだ。少し固い表情だ。義統さんは初めてという割にはそうは見えないほど違和感がない。さすがと言うべきか。経験も人としての器も現時点では義統さんが上か。


 苦労してきたんだ。当然だとみるべきだね。


「上様、そういえば大内家が荒れるやもしれぬそうでございます」


 会話が続かずしばし沈黙が支配したが、そこで義輝さんに話を振ったのは卜伝さんだ。いい人だなぁ。本当に心配しているのがわかる。


「大内がか? だがあそこは西国でも一、二を争う大身たいしんだぞ」


「当家で掴んだところによると危ういとさえ思われます。大内殿は文化を重んじ文治で政を進めておるようでございまするが、武辺者を中心に抜き差しならぬところまでいっておると。これは確証がありませぬが、公家の方々も相当恨まれておる様子」


 義輝さんは半信半疑だが、義統さんが淡々とした口調で説明すると義輝さんと一緒にいる公家たちの顔色が変わる。


 大内に限ってと思うのかもしれないが、細川晴元が三好長慶に謀叛を起こされて領地や軍事力を失っているからね。


「大樹よ。少しよいか?」


「殿下、いかがされましたか?」


「大内家のところには太閤を筆頭に少なくない公家がおる。その話、まことなら由々しき事態になる」


 顔色が変わった公家の中で口を挟んできたのは、太閤である近衛稙家このえたねいえさん。戦国時代で有名な近衛前久このえさきひさの親父さんになる人だ。確か足利義輝さんの母が近衛家の娘なんだよね。


「先ほども申しましたが、確証はございませぬ」


「間違っておっても武衛を責めるつもりはない。詳しく聞かせてくれぬか?」


 そのまま義統さんは、西国の情勢や尾張で行なった花火大会にきた商人の話などを説明していく。しかし凄いね。きちんと報告していたとはいえ。


「いかが思う? 率直に意見を聞きたい。大内が騒がしいのは実は吾の耳にも入っておる。されど、そこまで深刻とは聞いてはおらぬ」


 稙家さんは義統さんの話が終わると公家や六角家の面々にも意見を求めた。なかなか出来る人だ。義輝さんを支えているのはこの人だろう。細川晴元がどうしようもない人だからな。


「織田の金色酒は、今は西国からも買い付けに来ると申します。また久遠の船は明にも参っておるとのこと。博多を通して大内の内情が聞けてもおかしくありませぬ」


 公家や六角家家臣がざわざわとなる中、こちらをちらりと見た定頼さんが稙家さんに客観的な意見として情報の確証性について意見を述べた。


 まったくのガセネタをこの場で言うとは思えないということだろうね。正直、織田としてはそこまでして助けたいわけじゃない。とはいえせっかく入った情報を隠すことでもない。


 朝廷や公家に多少でも貸しをつくれたらいいくらいの感覚だ。


 稙家さんが定頼さんの言葉でこちらを見た。


「一馬と申したな。直答を許す。いかが思うのだ?」


 まさか信秀さんを飛び越してオレに来るか? 情報源がウチだと理解したとはいえさ。ただ、稙家さんはそれだけ真剣だ。


「首謀者が公家の方々とその文化の価値を理解していないことは確かだと思います。そのような噂は幾つか聞き及んでおります」


「あいわかった。細川と三好の先例もある。あり得ぬと言えぬ以上、これは由々しき事態になる。至急、都の主上に上奏致さねばならん。場合によっては、吾も一度戻らねばならぬやもしれぬが」


 稙家さんはそこまで言うと義輝さんをちらりと見て考え込んでいる。義輝さんの身を案じているのか?


「殿下、某のことならご心配なく」


 義輝さんもそれを感じたんだろう。心配しなくていいというけどさ。心配するよね。卜伝さんも複雑そうだ。


 結局、茶会はそのままお開きになってしまった。稙家さんは至急、京の都に知らせを出すそうだ。




「なんとか無事に終わりましたね」


 観音寺城の客間に戻ったオレはホッとしていた。


「上手いこと大内の話題で終わったな。とはいえ公方様からまた呼ばれるのであろうな」


 意外だったのは義統さんもホッとしていることか。初めての謁見だもんね。そりゃ緊張もするよね。しかもいるだけで良かったはずのオレと違うから。


 ただ義統さんはまだこれで終わりじゃないと気を引き締めている。


「しかし大内の件は大事になりましたな」


 信秀さんの懸念は大内のことか。情報の信憑性を少し疑っているらしい。テレビやインターネットの普及した元の世界でさえ、噂の信憑性がわからないものがあった。この時代だとまず疑ってかかることが当然だろう。


「なにか起きるのは確かだと思われます。それがボヤ騒ぎで済むのか、大火事になるかは私にも分かりませんが」


 ふと信秀さんと義統さんと信長さんの視線がオレとエルに集まった。エルは言葉を選びつつ、まったくのガセではないと告げた。


 実際、複数のルートで大内の内情が良くないことは確認した。甲賀衆や伊賀者を交代制で博多に滞在させているんだ。


 ウチは経済を重視するので博多の動向とその先の明の動向は調べておいても損はないからね。


「まだまだ世は荒れるか」


 信長さんは少しうんざりした様子で外を眺めていた。さっきジュリアも言っていたが、義輝の動きとは関係なく世は荒れる。オレたちだって出来ることと出来ないことがある。


 さっと上京してさっと帰りたいんだけどね。どうなることやら。


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