第622話・見守る者

Side:イザベラ


 ここシルバーンの中央司令室には、地上の情報がすべて集まっているわ。もっとも私たちはコンピューターじゃないから、興味がない情報はただの信号で、後で役に立てば十分だわ。私は今、清洲城を中心に半径500kmにも満たない地域の情報を注視している。


 西を見れば堺がなりふり構わず三好家に工作をしていて、形だけでも会合衆を残すべく動いている。


 東を見れば駿河と甲斐の国境沿いにて、国人衆に双方が工作している。それと信濃では深刻な食糧不足が起きているわ。もともとは武田の甲斐で食糧が不足していたのが原因だけど、昨年の砥石崩れの前後に武田が信濃からかなり徴発したことが原因ね。


 おかげで甲斐ばかりか信濃でも飢饉が起きているわ。もっとも武田はそれすら利用して今川と戦おうとする強かさがあるけど。


「それにしても、結構入り込まれているわね」


 まあ他所のことはいい。今は美濃のこと。浅井は主戦場を美濃にしたいのでしょうね。大垣から関ケ原への街道でのゲリラ戦を始めたわ。


 近江から入ったのは、全部で八十人ほど。それぞれがバラバラに山の中を移動して入っているわ。そこに土岐家旧臣の声かけで、美濃の反織田の人が五十人ほど加わった。


 美濃の賛同者が五十人はこの時代で見ると少ないのでしょうね。一部の者は浅井が勝った時のために一族の一部を出したところもあるし、個人の繋がりで加わった者もいるわ。


 大半は独立領主のところの人だけど、織田方からも僅かだけど裏切り者が出たわ。まあ今後を考えると、これは上手く使いたいところね。


「クズが……」


 浅井方は集まった者たちを五部隊に分けて、それぞれ活動している。だけどそのうちのひとつが、村に押し入ってしまった。


 気に入らない。追放された者にも敬意を示すような、お人よしを利用し、殺そうとするなんて。まして子供を人質に女に乱暴しようなんて、気に入らない。


「リースル。悪いけど、少しこっちもお願いね」


「うーん。いいけど、やり過ぎちゃだめよ?」


「うふふ、わかっているわ」


 中央指令室を中央管制室のリースルに一時的に任せて、私は高速艇で地球に向かう。ショートジャンプと高速で飛ばせば一瞬で着くのよ。


 あっ、顔を隠さないとね。私は忍び装束に着替えて、同じく擬装したロボット兵と共に支度をする。後で司令とウルザに連絡しておけば、十分でしょう。司令は寝てるし、ウルザも忙しいでしょうし。


 あっという間に大気圏に突入した高速艇は村の上空に到着した。着陸の必要はないわ。重力制御にて私とロボット兵が音もなく地上に降りる。


 ロボット兵には比較的監視の緩い台所の制圧に行かせた。賊どもは早くも酒を飲んでいて、一部の者以外は警戒も緩い。


 私は特に隠れることもなく、賊どもが酒盛りをしている部屋に向かう。


「なんだ! てめえ!!」


 少し乱暴に引き戸を開けると、さすがに賊どもの顔色が変わる。でも遅い。一気に踏み込むと、自前のトンファーで賊どもを叩きのめしていく。


 この場で易々と死ねるなんて思わないでね。私は司令やエルほど優しくはないわよ。


「げほっ」


「ぐあ!!」


 万能型を舐めないでほしいわね。こんな賊なんか物の数じゃないわ。


 酒盛りをしていた二十人ほどを一気に叩きのめしてやると、部屋には賊どもの苦しそうな声が響いている。


「お……のれ……こんなことを……して……」


 あら、まだ喋れるのがいたのね。あなたさっき子供も殺すと言っていたわよね?


「ぐはっ!!」


 思いっきり蹴飛ばすと動かなくなった。


 こいつは美濃に入る際に馴染みの行商人と一緒に入ったのに、潜入に成功するとその行商人を殺したわ。行商人が持っていた銭がほしいのと、行商人が織田に内通することを恐れて。


 行商人は、お世話になっているからと危険を冒して、助力してくれたのにね。慈悲の余地すらないわ。


「あの……」


 私はそのまま、縛られていた家主と子供たちの縄を切ってやるが、子供たちは私にも怯えていた。ごめんね。顔を隠した黒ずくめの人は怖いわよね。でも素性は明かせないの。


「この者たちは織田が追っている賊です。明日の朝一で織田に届け出なさい」


 ロボット兵もほかの賊たちを無力化したようでまとめて庭に放り出してあります。家主は子供たちを守るように恐る恐る声をかけてきますが、これ以上は言えません。


「ありがとうございました」


 賊どもを縛り上げると、そのまま去ろうとしますが、背後で家主の声が聞こえました。


 さて、ごみ掃除は終わりました。速やかに撤収です。




Side:久遠一馬


 評定の翌日、オレたちは戦の支度に追われていた。


 すずとチェリーが先遣隊としてすでに大垣に入ったが、あれは武闘派と警備兵から選抜した者たちだけの部隊なので早いんだ。ほとんど着の身着のまま、鎧兜に武具だけで行った。


 現状では厳密にいえば、輸送隊が襲われただけなんだよね。それと浅井を関連付ける表の証拠は伊賀者の証言以外にはない。とはいえ浅井が今須宿を襲い、織田相手に戦支度をしているのはすでに明らかであり、状況的に浅井が田植えの最中に攻め込んでくるのはほぼ確実だ。


 雨が降ると火縄銃が満足に使えないのを浅井も知っているからね。でも、なんのために野戦陣地や城を築いたかに考えが及ばないのがなんともね。


 今回の動員も賊狩りと浅井との戦の連戦があることを想定して、織田家中に伝える必要があるし、各地から人を集める信長さんの本隊が出発するにはまだ数日はかかる。


 ちなみに必要な武具や兵糧などは、ほとんどを事前に大垣や関ケ原に運んでいるので、これでもこの時代の他家と比べると恐ろしいほど早いスピードで出発出来るんだよね。


 とりあえず直轄領の兵の武具は、新旧いろいろあるが用意できた。国人衆の兵の分は槍などを一部貸し出しする分があるが、さすがにすべてを貸し出す数はないけどね。


「相変わらず志願制なのに集まりがいいね」


 ウチでは恒例となった志願兵の募集をした。警備兵から引き抜いた人とか旧大和守の次男三男から雇った人を武官として鍛えてもいるが、数はそこまで多くはないし、彼らには先ずは下士官的な働きを期待する。それなりに志願兵を統率できる人がいれば、次は士長教育、素養があれば尉官教育だ。


 この時代は、やはり兵の動員数は発言権にもつながるので、それなりに必要なんだよね。ウチは武功が結構あるのでそこまで要らない気もするが、戦う気がないと思われると武功以前の問題で、織田軍の士気にかかわる。


 最終的には家臣と牧場村の警備兵と忍び衆からも志願者がいるので、相応の数になるはずだ。


「戦は戦ってみるまでわからない。そう思えばこそでしょう。士気は高いですよ」


 ウチは基本的に家臣も志願制だ。資清さんたちはオレのほうで誘ったけど。エルも言っていることだが、織田家の重臣クラスはわりと楽勝で信長さんのいい経験になるという感じであるものの、末端の領民はそこまで楽観視していない。


 近江は先進地域であり、浅井は六角の家臣とも見られている。六角が出てきたら危ないという噂が尾張にもある。


「というか伊賀からの志願兵なんて、受け入れてよかったの?」


「構いませんよ。表向きは当家が雇ったことにします」


 あと意外だったのは、伊賀から志願兵が駆け付けた。確かに伊賀は友好関係にあるけどさ。あそこは六角の勢力圏でもあるんだよね。


 是非とも陣営に加えてほしいと言われて断れなかった。


 まあ勝ち戦に乗りたいのはわかるし、今後のことも考えると友好を深めたいんだろう。というか伊賀からの情報は、今回の浅井との戦のかなり重要なポイントなんだよね。


 輸送隊を襲った賊が浅井の手の者の可能性が高いと言えるのは、浅井にそれをやるから人を出せと命じられたという彼らの証言があるからだしさ。戦にまで人を出さなくてもお礼はするんだが。


「殿! 職人衆の人別帳をお持ちしました!」


 それと今回は若い子が多い。勘十郎君とか織田家中の初陣待ちの子たちとか、あとは職人見習いの子たちも一度戦に連れていくことになった。


 人別帳を持ってきたのは藤吉郎君だ。彼も戦に行った経験がなくて、今回志願していくことになったんだ。工業村の職人を束ねている清兵衛さんとも相談したが、戦を経験して一人前みたいな風潮がある時代なだけに、藤吉郎君たち見習いも戦に行かせたいらしい。


 戦のひとつも知らないと職人でも男として馬鹿にされるんだそうだ。


 職人見習いのみんなは、武芸を身に付けてるわけじゃないし、戦で身を立てるわけでもないからね。手柄欲しさに死なれても困るので、信長さんと相談してウチで預かることにした。鉄砲とか金色砲とかいろいろ運用するウチなら勉強にもなるだろうしね。




◆◆

久遠イザベラ・ちょっとキツめでピンクの髪をして細身の眼鏡をしている。女教師をイメージして創られたがマッドサイエンティストに近い印象がある。標準体型で歳は二十歳。

 アンドロイドの型は万能型。参謀タイプ。宇宙要塞にて管理をしている人。

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