第604話・焼き物村の視察
Side:久遠一馬
関ケ原の賦役は農繁期を前に規模を縮小しつつあるが、継続することが出来ている。この分だと農繁期も工事を継続出来るだろう。
西美濃での大規模な賦役は、オレたちがこの時代に来た最初の年の大垣城改築以来となる。昨年の秋の米の収穫もあまり良くなく、またこれから夏場にかけて場所によっては食べ物が足りなくなることもある。
飯が食えて報酬が出る賦役は、止められない人が相応にいるというのが現状らしい。
ああ、大垣といえば金生山の石灰岩と大理石の採掘拡大のために、道の整備などの賦役も継続している。
関ケ原と大垣の賦役の一部には、斎藤家の領民が働きに来ているからね。正式な臣従はまだしていないが、特例として賦役への参加が認められた。
道三さん自身が『条件を問わず臣従する』とすでに公式の場で明言していることもあるし、義龍さんが清洲で働いていることもある。それと浅井の問題は斎藤家の問題でもあるので蚊帳の外には置けないという配慮もあった。
そこまでしているならば、もう臣従でいいのではとも言われるが、美濃の領地の整理などに時間がかかっている。もともと他国で敵対もしていた美濃だけに織田家側もかなり気を使っているんだ。
「だいぶ整いましたね」
この日、オレはエル、メルティ、すず、チェリー、千代女さんと共に瀬戸の焼き物村に視察に来ていた。
すでに堀に囲まれた焼き物村の用地は完成していて、今は家屋敷と焼き窯の建設をしている。
去年の夏前から始めていた事業にしては時間が掛かったというのが印象だが、この時代ではこれでも早いんだと思う。賦役も三河から美濃まであちこちで行っているからね。数万の人を動員すれば早いんだろうが。
「夏までには賦役も終わるはずだ。今年中に試せるであろう」
説明してくれるのはここの担当である伊勢守家の信安さんだ。焼き物の指導はメルティに任せているが、賦役全般は伊勢守家で担当している。
ここも楽しみなんだよね。明の陶磁器ばかり珍重されるだけに、国産化出来れば貿易が楽になる。
「見回りに行ってくるでござる!」
「悪人は成敗するのです!」
「お昼までには戻るのですよ」
うーん。すずとチェリーは焼き物村の周辺の見回りに行った。遊びに行ったとも言うが。一応ふたりも警備兵所属だから仕事でもある。周囲の安全の確認も必要だからね。
エルはまるで子供を見送るようにふたりを送り出している。見た目の歳はそう変わらないはずなんだけどね。
「そういえば品野城は使っています?」
「当初は使っておったが、今はあまり使っておらんな」
焼き物村は特に問題はない。賦役で働く人たちの様子も悪くないし、無理をさせている様子もない。ただ気になるのはここの近くにある品野城のことだ。
公民館に転用する案もあったが、信安さんが反対した。理由は品野城が山城なので不便だということだ。むしろ品野城を解体して戦時には城にも転用出来る公民館を麓の平地に造るほうがいいと進言していたんだよね。
「山城って不便なんですよね」
「正直、ここに山城は不要でござろう。見張りを置くくらいはよいとは思うが」
信安さんって地味だし目立たないけど、結構ウチの考え方を熟知している。ぼやくように不便だとこぼすと、品野城の必要性がほぼないと断言した。
三河の矢作川西岸がかなり整っているからね。安祥城を越えられる想定は現時点では必要ない。東美濃の遠山七頭の多治見あたりから、山越えで攻めてくる勢力も今は考えられない。
「確か支城もありましたよね。全部解体してしまっていいかな」
「そうですね。見張りも不要でしょう」
現在の東側の前線は西三河と東三河の境界になりつつある。エルもここに城は不要だと判断した。そもそも織田の戦略に籠城って、あんまり適さないんだよね。籠城なんてすると経済が止まるから。
まあ焼き物村の中に建物が完成するまでは信安さんたちが使っていたし無駄じゃなかったが、今後も城を残して城代として信安さんを置くと維持管理に人と銭が必要となる。
要らないよなぁ。
「やはり城を整理することを考えておられたか」
「ええ。まあ。小さい城や古くて
城の整理に言及したことで信安さんがどんな反応をするのかなと見ていると、特に驚きもなく納得の様子だ。
たいしたものだね。並みの武士ならここを自分の勢力下に置くために城を残したいと言っても不思議じゃないんだが。
「あの賦役は恐ろしい賦役だ。離れて暮らすものたちが一致団結することによって、村々で分かれておった民を織田の民として一つに纏めておる。これは
信安さんは賦役をしている人たちを眺めながら、唐突にそんなことを口にした。
現状の賦役はあくまでも発展のための基礎的な工事をしてもらっているのだが、その影響は食わせる以上にあるんだよね。
当初の飢えないようにするとの段階の次が見え始めている。信安さんは早くもそれが見えているらしい。
「戦などしなくて本当によかった」
季節はもうすぐ春だ。あれから三年になろうとしている。少し遠くを見るような表情をした信安さんは、あの頃でも思い出したのかそのまま一言呟くと無言になった。
守護代として織田嫡流として、悩んだんだろうね。
生きていればいいこともある。そう思ってくれるとオレたちも嬉しいんだけど。
Side:斎藤義龍
時計塔の鐘の音が聞こえる。昼になったようだな。
ここ清洲城では日に三度決められた休憩がある。いかにも薬師の方殿が決めたようだ。働き過ぎて倒れそうな者がおったのが理由らしいが。
「ちちうえ」
「おお、喜太郎。いかがした?」
「いっしょにおひるたべる」
文官衆が休憩に入ったのでわしも休憩に入るが、我が子である喜太郎が部屋の前で待っておった。
そうか。母の近江は今日、病院に手伝いに行っておるのだったな。
「そうだな。一緒に昼にするか。今日の昼はなんであろうな」
「うどん」
「そうか。うどんか。あれは美味いな」
喜太郎は今日も天守を眺めておったらしい。昨日は時計塔を眺めておったようだ。本当に高い建物が好きな子だ。
我が子とこうして共に居られるのは織田のおかげだ。斎藤家家中では妻と共に近江に送るべきだと言うておった者が多い。中には後顧の憂いとなるので殺してしまえと囁く者もおったとか。
皮肉なことだが、織田のほうがそこまでするべきだと言う声が聞こえぬ。浅井を敵に回すことになってしまったが、弾正忠様は特に気にする様子もなく、関ケ原に城を築くいい口実だと笑っておられた。
久遠殿はよく弾正忠様のお子たちと共に珍しき菓子を食わせてくれて、先日には絵が描かれた書物もくれた。確か絵本とか言うたか。喜太郎が大層気に入っておるものだ。
今の尾張ではこの二人が認めれば、ほぼ問題はないと言える。
父上が斎藤家を解体しても構わぬとお考えの理由が分かった気がする。道理と義を忘れねば織田は守ってくれるのだ。
前の守護様と共に蜂起などしなくてよかった。家臣すら信用出来んとはな。
「喜太郎。よく食べて、立派な大人になれ」
「はい、ちちうえ」
ツルツルとうどんを啜る我が子に思わず笑みが零れてしまう。無事に大きくなって、立派な大人になってほしいものだ。
弾正忠様や久遠殿のような、信義に厚い立派な大人にな。
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