第577話・それぞれの正月

Side:山科言継


 今年の都は穏やかで良き正月であるな。内裏では宴を開くことも出来た。主上もこのところの良き日々に大層喜んでおられる。


 三好が謀叛にて都入みやこいりした時は不安もあったが、慣れてしまえば細川晴元よりも都は穏やかになっておる。


 昨年の末には斯波と織田が上洛致さぬことで主上も落胆されたとお見受けしたが、ようやく御心みこころが晴れたと拝察する。


 実は織田の上洛を願っておったのは、ほかならぬ主上にらせられる。足利に配慮してわれらも口にはせなんだがな。


 三好も悪うはないが、そろそろ畿内を落ち着かせてほしいというのが主上の御心みこころにあられると拝察する。戦で奪うのではなく民を治める。かつて朝廷が成しておったような治め方を試みておる織田に、主上は大いに期待されておられるとお見受けする。


 無論、足利でなくとも構わぬとは、われらも口にはせぬがな。朝廷が足利と共に没落するなどあってはならぬこと。足利に近しい者たちはともかく、ほかはそろそろ誰ぞ他におらぬものかと考えるのは仕方なきこと。


 しかし畿内とその近隣には、自ら足利を滅ぼし新たな天下をという気概のある者がおらぬ。都に参った三好にその気があるのかとも思うたが、如何にもその気がないようで混乱が収まる気配はない。


 いつまで斯様な乱れた世が続くのであろうな。そのうち本当に尾張に都が遷るような事態にならねばよいのだが。


 さて、如何な一年になるのかのう。




Side:足利義藤


 新年を迎えたというのにわしの下に参じた者がこれほど少ないとは、なんとも嘆かわしいことよ。諸国の守護でさえ名代すら寄越さぬ者もおるのだ。それがわしの置かれておる立場になる。


 なんとしても三好を討伐してわしの武威を示さねばならん。


「上様、よろしいでしょうか」


「いかがした?」


「三好との和睦の件でございます」


 ひとりで剣の鍛錬をしておると、政所執事の伊勢貞孝いせさだたかが単身でやってきた。用件は理解しておる。伊勢は以前から京の都と近江を行き来しており、三好との和睦をするべきだと進言しておるからな。


「それはせぬと言うたはずぞ。父上ならいざ知らず、わしの若さでこのまま和睦などすれば諸国に臆病者の謗りを受けるわ」


「ですが、このままでは三好の天下になってしまいまする」


 この男とわしはまったく違うものを見ておる。わしは征夷大将軍として武家の棟梁として、己の力量で天下を治めたい。されど伊勢は足利家と己が幕臣としての体制を守ることを優先させておる。


 こやつはこやつで必要な男だが、この男は将軍が誰でもよいと思うておる節もある。この男の言葉をそのまま信じるのは危ういのだ。


 無論、父上に逆らった細川晴元のことも信じておるわけではないがな。


「三好の天下などありえぬ。朝倉、六角、畠山を筆頭に多くの者たちが三好に頭を下げるか? そちならばわかるであろう」


 誰もかれも己の家と足利家のことは考えても、わしのことは考えぬ。仮にわしが誰かに負けて死すれば、こやつらは新たな将軍に平然と仕えるのであろう。


 そういう意味では三好も細川もこやつも同じなのだ。


「されど……」


「そちはそちの思うままにするがいい。だがわしはこのまま和睦はせぬ」


 足利家はもう、かつてのような栄華を取り戻すことは出来ぬのやもしれぬ。彼方此方かなたこなたで勝手なことをしておるにも拘らず、なにも出来ぬ将軍になんの価値がある。


 そんなことはわしもわかっておるわ。だが足利家を継いだ以上は、わしは武家の棟梁として最後まで己の力で天下を治めるべく戦うのだ。


 生半可なまはんかな傀儡となるならば滅んだほうがまだいいというもの。


「ふー」


 落胆した伊勢が下がった。そんな伊勢の後ろ姿を見て思う。いっそのこと足利家など捨ててしまえば如何いかがなるのかとな。


 剣の師でもある塚原殿のように、己の力量のみで生きてみるのもいいのではと思うのだ。


 なんでも尾張では領民から武士までが、武芸などで競い、楽しむのだと塚原殿が言うておったな。家臣どもは野蛮な田舎者のすることはわからぬと笑っておったが、わしはそうは思わぬ。


 皆が勝手なことばかりする世で、武芸にて人をまとめることが出来るのならば、それは素晴らしきことではないか。過去ばかり見ておるわしの家臣より、よほど側近に欲しいくらいだ。


 とはいえそれも出来ぬのが、わしの現状だ。


 余計なことを言えば、いつ寝首を掻かれるかわからぬ。特に己の地位にしがみつくようなわしの家臣は織田を重用しようとすれば、なにをするかわからん。


 肝心の織田も畿内に来る気はないようだしな。


 なにも出来ぬ将軍とは聞いて呆れる。




Side:久遠一馬


 渡り巫女さんの件は問題なく信秀さんに報告を終えた。彼女のことは頃合いを見計らって、信秀さんから信玄に手紙で伝えてくれることになった。


 素破のひとりやふたりにいちいち怒らないだろうが、一報を入れるだけでも違うからね。


 巫女さんの件はそれで終わりだ。信濃に家族がいるらしいが、本人も呼びたいというほどでもないらしいしね。資清さんが念のため調べるとは言っていたが、エルが人工衛星と虫型偵察機で調べたところによると、普通に暮らしているらしい。


「望月総領か。欲しいか?」


「欲しくありませぬ」


 そちらよりも信秀さんが気にしたのは望月昌頼の件だった。


 望月さんには総領が欲しいかと単刀直入に問い掛けたが、望月さんは考える間もなく否定した。世間一般では欲しい地位になるんだろうが、ウチだとかえって邪魔になるからなぁ。


 総領になれば信濃望月家に恨まれる上に、一族を面倒見る必要がある。なにより武田の評価が微妙なんだよね。織田家ではさ。


「わしが援助するのは角が立つな。一馬とそなたが援助するのもよくない。適当な商人でも通せばしてもよいが……」


 巫女さんを襲った連中は望月さん宛の手紙を持っていた。信秀さんへの取次を頼むという手紙と、望月城の奪還を援助してほしいということだ。その代わり織田が信濃に来るならば、力になるという空約束をしている。


 望月昌頼はそこまで愚かではない。ただし信秀さんが言うように、オレや望月さんが支援するのもよくないんだよね。


 信秀さんは当然ながら、オレと望月さんが援助しても反武田の工作だと受け取られかねない。信濃には内心では反武田の連中が多いらしいし。下手に動くと信濃が騒動になるのは考えなくてもわかる。


 介入を期待されても困るんだよね。甲斐よりはマシだけど、あそこも内陸で海もないしそれほど魅力的な土地ではない。


 それにあそこに進出すれば、間違いなく越後の謙信……この時代だと長尾景虎とぶつかる。史実では彼もまた美化されていると思うが、それを抜きに考えても戦に強いことに変わりはない。


 まあ武田を甲斐に閉じ込めておくには面白いとは思うが、下手なタイミングでやると今川の援護になってしまう。両国が泥仕合でもして疲弊したら信濃を攻めてもいいとは思うが。


 とはいえ根本的な問題として、今の織田家はまだ積極攻勢に出られる体制ではない。敵を増やすような行為は慎むべきだろう。


 結局、巫女さんを襲った連中は織田家で処罰して、望月昌頼には別に使者をたてて尾張で狼藉を働いたことを抗議することとなった。


 史実を見ても現状を見ても、望月昌頼がこの先役に立つことはないだろう。特に信秀さんはお馬鹿さんを嫌うしね。


 少なくとも現状で武田を刺激するようなことは得策ではない。





◆◆

山科言継・公家。織田家と縁がある人。尾張で花火大会を見た人。


足利義藤。将軍。剣豪将軍として有名な人。のちの義輝

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