第548話・和睦に対する反応

Side:北条幻庵


「今川もまた随分と思い切ったの」


 風魔が、今川が織田との和睦に動いておることを掴んできた。まさか今川が和睦を、それも織田、いては斯波を相手に、こころみようとするとはのう。決断の速さは称賛に値する。とはいえ……。


「叔父上。織田は受けると思うか?」


 この件はすぐに殿にお知らせした。我が北条家としても無関係ではない。織田とのよしみのおかげで今川を抑えておるのじゃ。


「条件にもよるのでしょうが、難しゅうございますな。遠江を返すならあるいは……」


「それはなかろう」


 殿もこの件に関心を示されたが、和睦は難しかろう。斯波家が納得する条件が必要じゃ。今の武衛殿は愚かではないが、それ故に下手に機嫌を損ねれば織田とて困る。


 それに織田が優位なのだ。わざわざ和睦をする理由がない。


「狙いが武田というのもな……」


「信濃で村上にまた負けたこともあるのでしょう。今年に入って義元に嫁いでおった武田の娘が亡くなっております」


「まさか、殺したのではあるまいな?」


「以前から体調が優れなかったという話もあったのは確かでございます。偶然なのか、あらずかは、わかりかねますな」


 今川が武田を狙っておるのは、わしもだいぶ前から掴んでおる。駿河では織田の忍びと風魔が協力しておるのだ。当然織田も知っておるはずじゃ。


 殿はそのことも絡めて、今年に入って亡くなった奥方を義元が殺したのではと疑っておる様子。そこまでする男ではないと思うのじゃが。人は追い詰められるとなにをするかわからぬからのう。


「晴信もまた村上に負けた折に、傷を負ったと聞くではないか。同盟を守る気もないうえに、弱いのでは話にならんな」


 ため息交じりの殿は、今川にも武田にもきされた様子じゃの。当家は武田と同盟を結んでおるし、武田は今川とも同盟を結んでおる。


 西のごたごたなどご免じゃ。大人しくしておれというのが本音であろう。


 じゃが、武田は同盟破りを幾度もしておる。ほとんど信濃でのことゆえ、関東ではあまり知られておらぬがな。


 織田は同盟破りまではせぬであろうな。あそこは商いがある。信頼を失っては困るからのう。それと比べると武田は、信頼を失ってもそこまで困らぬ。甲斐は山野さんやその物が要害のような国。実りの定まらぬ生き暮らすに厳しい国。それゆえ好き好んで攻め寄せる者などおらぬのが原因か。


「殿、念のため甲斐と駿河の国境は警戒したほうがよいかもしれませぬ」


「武田と今川が追い詰められれば、如何にするかわからんか」


「はっ」


 織田の出方次第では関東も荒れるの。少しでも連携が取れるとよいのじゃが、尾張は遠い。間に今川がおる故なおさらな。


 武田と今川が潰し合うくらいならば構わぬが、武田も今川も大人しく潰し合ったりはすまい。周りを巻きこみ、下手をすると関東に攻め込んでくるぞ。


 あとは念のため駿河の河東を攻めることも考えねばならんか。織田が本気で今川を潰しにくれば武田も動きかねん。織田が駿河まで攻めてくるかわからぬが、武田に駿河を与えることだけは阻止せねばならん。




Side:久遠一馬


 太原雪斎が来た翌日、臨時の評定が行われることになった。


 この日は守護である斯波義統さんも参加している。


「こんなもの、論ずるに値せぬわ」


「西三河はすでにこちらが有利。それを恩着せがましく、くれてやるなどとふざけおって」


 評定は開始直後から荒れちゃった。反対の大合唱だ。尾張の人からすると当然の反応なんだろうね。今日は特に義統さんがいるし。


 言えないよね。義統さんの前で今川と和睦に賛成するなんて。


「所詮、今川も弱いところを叩き、領地が欲しいだけ。三河者が聞いたら激怒しそうですな」


「甲斐の武田か。あそこも評判が悪うございますな。いっそ共倒れしてくれればいいものを」


 ただ、反対と口にはしない人もいる。とはいえ考えることはみんな同じか。


 今川の目的が甲斐だとは説明している。それと甲斐の武田が砥石崩れにて大敗したことも報告しているんだ。だから余計にそう思うんだろう。


 信秀さん、信長さん、義統さんは無言だ。オレとエル、ジュリア、セレス、ケティも無言だが。


 同盟はないだろうね。史実の徳川のように東の抑えとして同盟というのは考えれば悪くないはずなんだが、過去の因縁が邪魔をする。それと同盟破りも珍しいことじゃない。


 武田ほど頻繁に同盟破りをすることは珍しいが。


「一馬、お前はいかに思うんだ?」


 黙っていたら矛先がこちらに向いた。わざわざ指名したのは信光さんだ。


「和睦というか、一年程度の停戦ならば、検討しても面白いとは思いますけど。現状と大差ないので。ただ、対価は東三河よりも三河の吉良殿を駿河に引き取ることとか? 東三河は維持するのが大変そうですから」


「ぶっ! お前は、何故なにゆえそう人が考えないことを考えるのだ」


 信光さんに噴き出すように笑われた。対価のことか? いや、吉良家の存在がね。


 土岐家のこともあったし警戒していたが、吉良家はそこまで愚かじゃないらしい。とはいえ織田家中に対して、今川との開戦を促す手紙を送ることはしている。放置すればいずれ後悔するとか、謀で奪われるとか。


 困ったことに言っていることが、戦国の世に照らし合わせれば、割と当たっている。敵の敵は味方だという感じで一定の理解を示す人がいるんだ。ただ、それは織田がこの先も戦国の世をいつまでも続けるつもりならの話だ。


「確かに吉良家は扱いに困るな。我らが遠江まで得たとして、今度は今川と組んで戦だと言いかねん。それに脅かすほどではないが、遠江攻めの背後におると気になる」


 オレの言葉にピリピリしていた場の雰囲気が微妙に変わった。お前なに言ってんだと言いたげに戸惑う人もいるが、犬山城の信康さんはオレの意見におおむね賛成らしく味方になってくれた。


 ちなみに今川は三河一国を譲ると言ったが、三河を平定するのはこちらの仕事だ。今川の言葉を信じるとしても邪魔しないというだけで、三河の国人や土豪を従えるなり討ち取るなりはしなくてはならない。つまり今川は三河で戦を起こせと言っているのに等しい。相変わらずの上から目線と、織田がそれに従うと思っている事に呆れるばかりだ。


 松平広忠は織田に臣従を考えているが、それはまだ評定では言ってない。一部そんな噂があるのは忍び衆が掴んだので報告したが、そもそも松平宗家も現状ではまとまってないからね。


「矢作川西岸は良う治っておるが、あれは本證寺の跡地を一括にしたからであろう? 仮に更に東へ進むとしていかがするのだ? 今川に従っておった国人やら土豪をそのまま抱えるのか?」


「常を考えればそうだが、欲しいのは土地と人だ。今川に従った三河者など要らんぞ」


 オレと信康さんの意見から具体的な三河の扱いに話が進んだ。信康さんはこれを狙ったのかもしれない。


 そんな中、ひとりの重臣が今川方の三河者を要らないと言ったことが織田の変化を物語っているね。実は評定でも土着の武士の価値が下がり始めている。


 特に三河はオレたちが来る前までは、国人も土豪もいわゆる半独立というか両属状態というか中途半端だった人が多い。織田に自ら敵対まではしないが、案件ごとに従うこともあれば従わないこともある。


 まあこの時代ではよくあることだが、本證寺の寺領の跡地ではそんな土着の武士を排除しちゃったからね。極論だが、領民を管理する寺社や武士がいなくても領民が言うことを聞いていた。


 こうなってくると、好き勝手して裏切る国人や土豪が必要なのかという話になる。自分の領地を差し出すのは嫌だが、敵地の武士となると話が変わる。


 信長さんの土豪の整理もそこまで反発がなかったのは、そんな三河の状況もあるんだろう。


 成功例があれば、そこまで現行の体制に固執するわけではない。みんなは改革する側だからね。基本計画はウチでしているが、ちゃんとみんなの意見も聞いて反映されている。


 しかし今川の件は困ったね。太原雪斎も管領なんて持ち出して義統さん怒らせちゃうし。






 

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