第518話・事件後の評定
Side:久遠一馬
南蛮人と彼らが連れていた奴隷たちの聞き取り調査は終わった。今後のためにウチの家人としている偽装ロボットと、南蛮人と同行していた通訳で別々に証言を翻訳して書類を提出することにしたので、確認に少し時間がかかったが。
なるべく本土には南蛮人を入れたくないけどね。今後のために通訳は複数設けるようにしておかないと。通訳がきちんと訳さないなんて冗談じゃないからね。
堺には正式に抗議の使者を出した。『尾張織田は尾張守護職斯波様の御裁可の下、堺を絶縁する』と強い論調だ。謝罪も許さないという超強硬姿勢の使者になる。堺は驚くかもしれない。
三好や朝廷や近江の足利将軍には事後報告という形で文を送る。まあ三好と朝廷は松永さんと山科さんがいるので、形式として知らせるというだけだけど。足利将軍も管領代の六角を介して文を届け、六角の顔を立てるけどね。もちろんウチの商いの伝手を使って日ノ本中に堺と南蛮人の所業を記したかわら版をばら撒くよ。
南蛮人に関しては一部が命乞いをしているが、通訳以外は誰も投降してないからね。全員死罪だろう。この国のために働くとか調子のいいこと言っている人もいるが、今の織田家ではそんな人は使う価値がない。
「では、堺の者の入国禁止と商いの停止とするが異議ある方はおられるか?」
さてこの日は清洲城で評定が行われている。議事進行は今日も政秀さんだ。
まずは南蛮人の件の報告と堺への報復とも言える措置の検討になる。堺の件はまたかという空気が大勢だ。目の敵にされているのを理解しているし、実は織田一族や重臣の一部には堺から信秀さんへの取り成しを頼まれている人もいるしね。
その工作の傍らでまた問題を起こしたと呆れているんだろう。
堺に関しては困ったことに報復の選択肢が多くない。兵をあげるなんてできる場所ではないし、ウチの船ならば堺を艦砲射撃できるが、堺以外に与える影響が強すぎる。
商いの停止が一番堺も嫌がるだろう。大湊などには同じく堺との商いで、こちらの商品の取り扱い停止を頼むことになる。あくまでもお願いだ。
ただし聞いてくれないなら、こちらとの取引が止まる可能性もあるが。
「異議が上がらぬようなので、正式に堺の者の入国禁止と商いの停止といたします」
現状の評定は合議制ではあるが信秀さんとウチの力が強いので、そこまで議論が盛り上がらない。
まして本心から堺を庇いたい人はいないので、この件はあっさりと決まった。
ただ細かい利害調整とかは役に立っているんだけどね。今後の課題ではある。とはいえ合議制は経験を積む期間がまだまだ必要だ。現状では悪くないだろう。
「船は蟹江で組み解いてしまうのですか。いささかもったいなくありませぬか?」
「今後、尾張で大型船を造るためには必要なことです。どのみち結構傷んでいるので修理は必要だということもあります。『組み解いて、また組み立てる』をやってもらえば、今後、同じ船を作ることができるようになりますし、現状で船を運用できる水夫がいないという問題もあります」
意見が出たのはむしろキャラック船の扱いだった。船自体は織田家の所有となったが、技術習得のためには船大工たちに、一旦ばらして、自力で図面を起こして、また組み立ててもらうのが一番だ。
こちらは守秘義務を誓約書にて誓うという条件付きながら、水野家などほかの国人衆が抱えている船大工も参加させることも決まった。この時代のモラルで守ってくれるかは不安だけど、正式な「誓詞」を取り交わせば多少の抑止力にはなるだろう。
「問題は今後も南蛮人が来るかもしれぬということでは?」
「左様ですな」
あと議論が出たのは今後の対策の件だった。蟹江はいいが、津島や熱田は少し不安が残るようだし、いずれは陸路で来ることも考慮しなくてはならない。
「その件に関してはわしに考えがある。織田家にて主要な街道の領境と湊には、新たに人を検める関所を設けることにする。それと清洲、那古野、津島、蟹江、熱田の間の関所はすべて廃止とする」
南蛮人対策の話になったところで、無言だった信秀さんが重要なカードを切った。
銭の徴収ではなく、人を検める関所の新設と尾張国内の関所の廃止だ。下四郡である清洲・那古野・津島・蟹江・熱田の間の関所廃止でなんとか話がまとまったんだ。
街道整備と治水事業を織田家主導で順次やるということでまとめた。交渉が大変だったのは津島神社と熱田神社だ。こちらは現行で進めている蟹江との街道整備の費用を織田家が全額出すことや湊の整備と
津島と熱田には織田家で人検めに関所を新設して、税は織田領の領民からは取らないことになる。
簡単に言えば徴税権を織田家が召し上げたんだよね。ウチの改革の中身をおおよそ察していたので、それほど反発はなかった。
まあ実入りが極端に減らないように、当面は津島と熱田で得た税の一部を津島と熱田に支給することになったが。
とはいえ街道整備や湊の整備などが織田家の事業になるので、相応に分配金は減るが。警備兵もすでに織田家の財布で運用しているからね。関所の廃止はいつかやると気付かれていたらしい。
「それは……、よろしいのか?」
たださすがに関所の廃止は評定衆がざわついた。この時代ではかなり重要な財源だからね。
「喜んでとまでは言わぬ。されど、織田家として皆で繁栄するには関所が邪魔なのは事実だ。よそ者から取るのはいいが、同じ織田の領民からは取らぬようにするのは賛成だ」
重臣のひとりが大橋さんに声をかけるが、大橋さんは少し表情を険しくして答えた。
この件は大橋さんや熱田神社の大宮司でもある千秋さんとオレも何度も話した。実は織田家に最も多く税を納めているのはウチなんだよね。極論を言えば、熱田や津島の税収がなくても織田は困らないんだ。だから、ウチが賛成している以上、しぶしぶでも従うしかないんだ。
この件は街道沿いの国人や土豪に寺社は反発するだろうが、裏を返せば人がよく通る街道沿いでもない限りはそこまで反対はしないだろう。
ちゃんと利害調整はした。この時代では国人や土豪が税をそれぞれに勝手に取るのも、室町幕府の法では合法なんだよね。とはいえ、それではいつまでたっても国がよくならない。いい加減に変える必要がある。
ただ、そのためには今のような強い織田家でないと無理だろう。
「明日は我が身だ。飢えぬようにすることが、いかほどに大変か、諸将ならわかるであろう? この乱世を変えるには、殿がおられて久遠殿がおる今しかないのだ。津島はその礎となろうぞ」
「熱田も同じでございます。現状の新しきことは、すべて久遠家の者たちが命を落としながら海を越えて集めた知恵。それを惜しみなく伝えておるのです。我らがつまらぬ我を張っていかがするのです」
ただ、大橋さんと千秋さんが自身の本音らしきことを語ると、大広間はしんと静まり返った。正直、オレも初耳なんだけど。そんなことまで考えていたの?
反論はなかった。期待されていることは自覚している。とはいえ自らの権利を手放してまで協力してくれる人は大切にしないと駄目だろう。
まあ少し斜に構えた見方をするならば、どうせ手放す権利ならば高く売りたいという思惑もないわけではないだろう。でもそれでいいんだ。互いに競いあうことも必要だしね。
「では今後、関所は廃止の方向で考える必要がありますな。それで困窮する者が出ぬように考えねばならんでしょう」
しんと静まり返った部屋で話をまとめたのは信康さんだ。この人も本当にいい働きをしている。
「海もまとめねばならんだろうな。勝手に船から税をとるのもやめさせて整理する必要があるだろう」
ああ、この件で言いたいことを先に言ってくれたのは信光さんだ。
水軍というか漁民が勝手に船から税とか取るんだよね。元の世界でも紛争地域なんかではあったことだが。
佐治さんとは少し話しているんだけどね。佐治さんの立場だとほかの国人や土豪の漁民がやっていることを止めるのは難しいんだよね。
本当、いろいろ大変だよ。
◆◆
大橋さん。津島衆の代表的な人。
千秋さん。熱田神社の大宮司。熱田の代表的な人。
信康さん。織田信康。信秀さんの弟。犬山城城主。
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