第491話・謎の久遠諸島・その七
Side:滝川資清
屋敷の庭では 若様と森三左衛門殿と柴田権六殿が手合わせをしておられる。鍛錬というよりは、体を動かして少し頭を冷やされておる感じか。
無理もない。久遠家のご本領は想像以上であったからな。
とはいえ理解出来るのは助かった。やっておることは、尾張で殿が
「慶次。そなたはなにを描いておるのだ?」
「屋敷ですよ。太田殿に頼まれましてな」
辺りを見渡せばいつもと同じなのは太田殿と慶次か。太田殿は紙になにかを書いておって、慶次は絵を描いておる。この男は絵師にでもなる気か?
相変わらずふらふらと困った奴だが、今回は太田殿に頼まれた立派な仕事だ。今あるものを後の世に残すべきだとお考えなのは殿なのだからな。
「慶次。そなたはいかに思う?」
「特になにも。我らが湯を沸かすように、久遠家では水を冷やすと考えるとさほど驚くことではありませぬ。日ノ本が戦に明け暮れる中、久遠家では海の向こうと商いをして学び超えようとしておる。それだけでしょう」
わしのような年寄りには理解出来ないことも多いが、この男は物事の本質を掴む。ちらりといかに思うかと問うてみたが、わしが聞きたいことをすぐに答えてくれた。
「ほう、明や南蛮を超えるためにか」
いつの間にか若様が鍛錬を終えておられた。慶次の言葉に興味深げに話に加わられた。やはり若様も同じことを感じておられた様子。
「そのようなことは出来るのでしょうか?」
ただ、ここで疑問を口にされたのは森殿だった。否定しておるのではないが半信半疑と言ったところか。まあ当然の疑問だな。絹から茶器に至るまで唐物というだけで法外な値が付くからな。
「いつまでも戦に明け暮れておっては出来まい。故にかずたちは戦を嫌がるのだ」
若様は殿とお考えが同じか。しかし危ういな。古くから続く権威と血筋で治めておる世を殿は変えようとなされておる。
管領殿や公方様では世が治まらぬと誰もが理解しても、ほかに世の治め方を誰も思い付かんのだ。それを殿は知っておられる。
下手をすれば日ノ本すべてが久遠家の敵に回るぞ。大殿はご存じのはずだが、若様はまだその危うさをあまり実感されておられぬ様子だ。
わしにできることなどたかが知れておる。この身に代えても……。かならずや殿と奥方様を守るだけだ。
なにがあろうとな。
Side:久遠一馬
しかし自分の家のはずなのに落ち着かないな。むしろお市ちゃんのほうが落ち着いているのが面白い。やはり育ちの違いは大きいんだろう。
帰ってきてまったく仕事をしないのも変だからと、執務室で仕事をすると信長さんたちに言って執務室に入ったはいいが、特にやることなんてない。
宇宙要塞と地上の通信はギャラクシー・オブ・プラネットの技術である超空間通信と通常の通信衛星を介した通信のシステムを整備している。
そんな通信技術を使って、エルたちは常に耳の中に装着する超小型の通信機で連絡を取っているんだ。オレは邪魔だから普段は持ってないけど。そのため改めて仕事というほどやることがない。
一応表向きの書類もあるので目を通すか。
ちなみにこの執務室には地下に降りる極秘のエレベーターがある。ギャラクシー・オブ・プラネットでオレが昔使っていた旧型の量子コンピューターを整備して、ここの地下に置いてあるらしい。
なにが起きるかわからないからね。コンピューターと情報データベースはバックアップ用として数か所に分散したみたい。
執務室の机は地下のコンピューターと繋がっていて、ここから操作もできるらしい。起動スイッチを入れるとSFなんかでおなじみの半透明なモニターが現れる。
「司令、なにかご用ですか?」
「ううん。暇だから久々に連絡しただけ」
コンピューターを起動したのはいいが、特にやることもない。宇宙要塞になんとなく繋ぐと中央管制室にいたエリザベートが出た。愛称としてリースルとも呼ぶが。
プラチナブロンドの長髪に蒼氷アイスブルー色の瞳をした万能型アンドロイドだ。白い肌の長身痩躯の女性で年齢は十八歳になる。
「そういえば、ミクロネシアの領有は進んでるの?」
「進んでいますわ。ハワイも近々進出致します」
「ハワイもか」
「必要なことですわ。この時代は早い者勝ちです。なんの問題もありません」
特に用件はないものの、ちょっと気になったことを聞いてみる。本気で太平洋を領有する気なんだね。まあ必要性は理解するが。
信秀さんからは好きにしていいと言われている。どのみちウチしか出来ないことだしね。領地が増えることは悪いことではないからだろうけど。
ミクロネシアの今後はどうしようか。小さな島も多いので、将来的にはニューギニアやオーストラリアで収益を上げ、ミクロネシアはシーレーンの防衛や漁船の寄港地などで活用したほうが良いかもしれないな。
「かじゅま~、おかしたべるよ!」
そのまま少し雑談程度の話を続けていると、ドアをノックする音が聞こえた。
誰かと思えばお市ちゃんだった。そういえばそろそろおやつの時間か。お市ちゃんがみんなを呼びに回っているらしい。
「すぐ行きますよ」
生き生きとしているな。お市ちゃんは。特にやることもないのですぐに一階の食堂に降りていく。
「わたしもおてつだいしたんだよ!」
運ばれてきたお菓子にちょっと驚いちゃった。透明な硝子の器に盛られたそれはチョコレートパフェだ。
「ケイキか?」
「ええ。ですが今日のは特別です」
元の世界のような細長い器ではないが、深みのある硝子の器に白いアイスと生クリームに、マンゴーやキウイに苺が乗っていてステック状の焼き菓子もある。
上からチョコレートソースが掛かっていて、その姿はパフェそのものだ。信長さんは見た目からケーキだと判断したようでエルも否定しなかった。パフェなんて時代的にないだろうしなぁ。
「これも冷たいな。……氷の菓子か?」
「ええ。牛の乳に砂糖などを加えて凍らせたものです」
よく見たらスプーンは銀製品だ。信長さんは生クリームを食べて嬉しそうに笑みを見せたが、その下にあったアイスにまたもや驚きの表情を見せた。
マンゴーは瓶詰めだろう。キウイと苺は生だ。温室を公開したので使える食材が一気に増えたね。
「その氷菓子は姫様がお手伝いしてくださったんですよ」
「へぇ。凄いですね。姫様」
「うん!」
信長さんたちは静かに食べている。なんでだと思ったら、結婚式で生まれた謎のルールのせいっぽい。
あれは結婚式だけのルールにしてほしい。エルがお市ちゃんの働きを褒めていたので、オレも褒めておこう。みんなに喜んでほしいからね。
「雪国では氷室があるとも聞きますが……。あれは我らのような身分ではとても口に入らぬもの」
可成さんが震えるように感動した様子でパフェを食べている。そういえば氷室はあるんだっけ。美濃も北部は飛騨とかあの辺りが近いし雪が降る。いずれは氷室でも作れば北部の収入になるかな。
「食べるのが勿体のうございますな」
「溶けてしまいますよ。佐治殿」
性格なんだろか。佐治さんはアイスを食べるのを躊躇っている。でも溶けてしまえば台無しだ。特に島はすでに夏のような暑さだからね。
ちなみにエルは佐治水軍の皆さんにもアイスのチョコレートソースがけを出していたらしく、佐治さんが驚いて平謝りのように感謝された。
どちらかと言えば果物が貴重だという説明にして、多少グレードダウンしたみたい。この時代では身分で対応を変えるのはよくあることだ。一応配慮をしたという体裁にしたらしい。
実は冷やすための硝石は水に溶かしたが、なくなるわけじゃない。繰り返し使えるんだけどね。
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