第291話・戸惑う大和と自由な久遠家
Side:柳生宗厳(石舟斎)
「まるで狐にでも化かされた気分だ」
久々に戻った柳生の里は以前と変わらず、安堵したような残念なような気分だ。
父や柳生家の者たちは帰省に喜んでくれたが、同時に持参した土産や銭に目を丸くしておるわ。
金色酒は当然ながら、鮭や砂糖や昆布やアワビなどの正月の食材と絹織物まである。しかも銭はすべて良銭だ。土産に関してはほとんどが殿から頂いた物で運ぶための馬まで貸してくだされた。
おかげで銭を多く持ち帰ることが出来たからな。柳生家も少しは楽になるだろう。
「信じておられなかったのですか?」
「信じてはおったが、半信半疑なところもあった。金色酒など筒井の殿が欲しておると噂だが手に入らぬと聞いたほどだぞ」
金色酒の入った樽を見て父は本物かと口にした。
帰省する前に『せっかく帰るんだから…』と、殿の屋敷にあった樽をふたつほど殿から頂いたのだ。これだけでも売れば相当な値になるだろう。
もっともこの樽は久遠家で日々の晩酌に
「世の中なにが起きるかわからんな」
久方ぶりにゆっくり父と話すが、父や重鎮は尾張の様子を聞き戸惑っておるな。
まあ織田家の噂はここ大和にも聞こえており、雷を呼んだなどとおかしな話になっておるが。久遠家の名はまだ知らなんだらしい。
ただ織田家が金色酒を売っておるとの話や、南蛮人を召し抱えたという話は旅の者から聞いたことがあるという。
「うらやましいの。柳生はここでは先が見えておる」
大和は一時よりは落ち着いたらしいが、近頃は筒井の殿の体調があまり良くないらしい。
一応隠しておるらしいが、噂が真ならば大和はまた荒れるか?
ただ柳生家は単独で戦が出来るほどの力はない。いずれにしても苦労するであろうな。
「滝川と言ったか。先祖代々の土地を捨てるとはたいしたものだ。わかっておってもわしには出来ん」
久遠家の話で父が複雑な表情を見せたのは、八郎殿の話だった。
甲賀の小さな国人衆から尾張に行って陪臣とはいえ出世したばかりか、諸国に名が知られて織田の大殿の覚えもめでたい。
自身に同じことが出来るかと考えたのだろう。父は出来んとつぶやいた。
尾張に来たほうが暮らしは楽になるし、出世の道もあるだろう。されど故郷を捨てるというのはなかなか出来るものではないからな。拙者とて父が故郷におるからこそ尾張で働けるという
「まあ、よい。尾張に行きたい者は率先して送る故、励むがいい。ここではいかほど働いても暮らしは変わらぬ」
父や重鎮は尾張での暮らしを羨みつつ、行けぬ自身になんとも言えぬ心境のようだな。
久遠家では日々の暮らしですら、良くしようと考え試行錯誤しておる。それに比べて大和はあまりに変わらぬ暮らしだ。父も一度尾張に来てくれればいいとも思うのだが。
side:久遠一馬
天文十七年も残り僅かとなったこの日、津島は今年最後の市とウチの船の入港が重なり賑わっていた。
今年最後は一隻のガレオン型と三隻のキャラベル型の合計四隻による入港ということもあり、湊は小田原行きの時と同じ様に見物人も出るほど活気に沸いている。
船を増やしたのは理由があり、アンドロイドのみんなが来たのと、今年一年分の粗銅から抽出した金と銀で織田家へ上納する分を運搬してきたんだ。
まあ本当は必要ないけど金銀輸送の護衛という意味もある。エル曰く艦隊運用の最小編成だそうだ。織田家や佐治水軍には金銀の輸送は伝えてるからね。ちゃんと警戒してる姿勢は見せないとさ。
「これで織田は十年戦える! って感じか?」
「十年は無理ですね」
「ネタが古いわよ」
船から降りてくるアンドロイドのみんなを出迎えつつ、ウチの家臣や信長さんから借りてきた家臣に津島衆の中でも信頼出来る人で金銀の荷下ろしをする。
ちょっと古いアニメを思い出して台詞を口走ってしまった。エルには通じなかったらしく困ったように真顔で答えられてしまうが、ジュリアには通じたらしい。
もっとも呆れ気味に突っ込まれただけだが。
「ネタというのはよくわからんが、隠さなくて良かったのか?」
「構いませんよ。織田家とウチの力。見せつける好機ですから」
ちなみに金銀の輸送はウチから織田家への上納金の運搬だと周囲に知らせている。粗銅からの抽出は秘密だけど、商いの利益からの上納金という建前にしてるんだよね。
陸上輸送の指揮は信長さんが買って出た。普通は隠す金銀の輸送を周りにあえて情報を流したオレたちに驚いているけど。
当然いろいろ噂が流れているんだろう。あちこちのスパイも来てるみたい。周囲には忍び衆がいてスパイ探しと身元の洗いだしをすることになる。
スパイ探しは忍び衆の訓練の一面もあるんだ。オレたちは虫型の偵察機とか人工衛星で把握してても、忍び衆が把握してないスパイも結構いるからね。
金銀の荷下ろしと清洲城への輸送は信長さんに任せて、オレとアンドロイドのみんなは一足先に那古野に帰ることになった。
他にも積めるだけの荷を積んできたから、荷下ろしは今年一杯はかかるだろう。金銀以外は津島の人足に任せるんだけどね。はあぁ、時間が掛かる。本当に港がボトルネックだ。
「尾張だとそろそろ珍しくないと思ったんだけど」
結構、那古野の屋敷に来るまで見物人はあちこちにいた。みんな暇なんだろうか。
アンドロイドのみんなは一年を通して交代しながら尾張に来ているから、現在尾張に滞在してるのがエルたちを除いて二十名ほど。今回来たのは残りのアンドロイドが九十数名に、島からの家老と家中の者ということにしてる擬装ロボットが二十体ほどだ。
あくまでも島では武家ではないと言ってるし、信秀さんに挨拶に来たということにしている。
それと猶子の話もあるので、島からの代表者として、家老ロボットが年始の織田家の新年会に参加することにはなってるけど。
信秀さんがその辺を気にするんだよね。久遠家の領地で反発はないかとか不安はないかとか。
「ねえ、散歩に行こっか」
「買い物に行きたい!」
ただ百二十名も集まると大変なのは家臣のみんなだろう。この時代の人と比べると自由すぎるみんなは、好きに行動するからね。
一人で出歩こうとしたり、この時代の人には理解できないことを始めるウチの奥さん連中もかなりいるからさ。
アンドロイドのみんなからするとバカンスか観光に来てるようなもんだからなぁ。
「お方様! お付きの者をお連れください!」
「大丈夫。近所を散歩するだけだから」
「駄目でございます! 私が叱られます!」
ああ、すでに散歩に行こうとして門の前で止められている。なんとかしないとだめだよな。
エルとも話して注意事項をきちんとみんなに伝えないと。
もしかしてオレは年末年始のほうが休まらないのか?
誰か、助けてくれないかな?
「わふ! わふ!」
そう考えているとロボとブランカが駆け寄ってきてるが、さすがに君たちには無理だ。
気持ちだけもらっておくから、せめてエルを呼んできておくれ。
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