第290話・餅つきと美濃の話

Side:久遠一馬


 年越しの準備は着々と進む。今日は餅つきだ。


 去年と同じく今年も家中のみんなに餅を配ることにしてるから、みんなで大量の餅をついているんだ。


 場所は牧場村で孤児院の子供たちとか領民に家臣とかが、みんなで集まって協力している。


「餅米も新しい品種にしたいね」


「念のため試験栽培をしなくてはなりませんよ」


 ああ、うちで使う餅米は船で島から運んだ。お正月くらいは慣れ親しんだおいしい餅が食べたくてさ。


 元の世界の餅米とまではいかないが、この時代でも味がそこそこよく収量が多い新品種の餅米を普及させたい。ただエルいわくやっぱりすぐには無理らしい。


 普通のうるち米も新品種が来年から試験栽培だからなぁ。


 そういえば、農業試験村は来年以降も現体制が維持されることが決まった。領民はウチが雇う形を取り、年貢はウチから納めることになる。その代わり収穫物はすべてウチが得ることになった。


 新しい試みを長期的に試したいと村のみんなに頼んだんだ。現に麦は新品種を植えているし、米も来年は新品種になる予定だ。


 植えてるのはF1種だ。新しい麦や米は味も育てやすさも収量もいい。


 当然、他国に注目されることも想定しており、盗まれたり横流しされることを想定してのF1種だ。天下統一したら在来種に戻してもいいんだけどね。種籾は当面は宇宙要塞で生産して船で運ぶしかない。


「おもち美味しいね!」


「だめよ〜、この餅はお正月のなんだから。味見はひとり一回ね~」


 餅つきは楽しそうだ。男衆が杵で餅をついて女衆と子供たちが出来た餅の形を整えるが、何人かの子供が餅をつまみ食いしてリリーに叱られている。


 でもリリーは決して手をあげたり怒鳴ったりはしない。優しくわかるように子供たちに言い聞かせている。


 基本的にウチのアンドロイドのみんなは体罰とか与える考えは誰も持っていないけど。


 変な精神論とか体罰で指導するのはなくしたいね。この時代から変えていかないとろくなことにならない気がする。もちろん罪と罰は必要だ、教育で諭すべき過ちと処罰すべき罪の境目は難しい。


「おっ、やっておるな」


 オレは餅つきをするみんなをぼんやりと眺めていたが、そこにやってきたのは信秀さんだ。鷹狩りの帰りっぽいね。


 温かい麦茶と出来立ての餅を信秀さんと御付きの皆さんに出しておこう。それと信秀さんからの特別振る舞いとして、子供たちにもお餅を食べさせてあげよう。餅の味つけはエルが好みを聞いてるけど信秀さんは砂糖醤油にするのか。


「美濃守だが、未だにわしが金色酒を寄越さぬことを怒っておるらしい」


「買えばいいじゃないですか。販売までは止めてないんですから」


「わしは数年前から年貢を米と麦は物納にしたが、向こうは未だに銭で納めさせておるからな。豊作の割に実入りがないのだ。しかも、納められる銭は悪銭ばかりで、銭の価値も下がっておるからな」


 最近信秀さんはウチに来て愚痴をこぼすようになったんだよね。今日は美濃の話か。


 室町時代は税を貨幣で納めさせていた時代だった。日明貿易とかで貨幣が大量に入ってきたからね。


 ただし、明の海禁政策とかいろいろな事情で貨幣の輸入が減り、堺なんかで質の悪い銅銭を鋳造しだしたから大変なことになっている。


 最近知ったが信秀さんはそんな室町時代の銭での年貢から、米や麦は貫高制での現物による納付に一部で変えていたらしい。


 どうも間に商人を挟まないほうがいいと判断したのと、悪銭や鐚銭が多くて貨幣の価値が安定しないことが理由らしいが。


 ちなみに美濃は未だに室町時代と同じ銭での年貢らしい。ここで問題なのが美濃守こと土岐頼芸だ。


 彼の手元に入る税は揖斐いび北方城の領地の分だけになる。しかも美濃では悪銭や鐚銭が多い。


 問題になっているのは、悪銭や鐚銭の価値が落ちていることだろう。尾張と美濃でも大垣なんかはウチが良銭を供給してるからいいが、無策な美濃全般と頼芸には悪銭や鐚銭が集まっているらしい。


 身近に良銭があれば悪銭や鐚銭の価値は落ちる。幕府の撰銭令なんて尾張や美濃の商人は守っていないしね。


 織田領の商人が大人しいのは、ウチと信秀さんが怖いからだろう。


 結果的に額面上の実入りが変わらないばかりか実態は以前より悪いから、金色酒もそう毎日飲めるほど買えるわけがないと。


 自分は守護なのにおかしいと騒いでるのが、信秀さんの耳にまで入ってるようだ。


「そういえばウチにも来ていましたよ。リリーが土岐家に恥を掻かせたのだから謝罪して金色酒を献上しろという人。八郎殿が追い払いましたけど」


「あの愚か者はもう少し大人しく出来んのか。本当に戦にせねばならなくなるぞ」


 信秀さんの話で思い出したが、少し前に頼芸の家臣がウチにも来ていたらしいんだよね。


 オレは留守だったから資清さんが会ったらしいが。資清さんは信秀さんに言ってほしいと取り合わないで追い返したらしい。


 信秀さんに報告するほどでもないから放置していたが、信秀さんはその話にため息をついた。


 資清さんも下手に騒げば戦になるから、穏便に追い返したらしいけど。これってオレか信秀さんが怒れば戦になるんだよね。資清さんのストレスに申し訳ない気持ちで一杯だ。


 信秀さんには報告出来ないが、虫型の無人偵察機の情報だと頼芸は道三の稲葉山城を守護所として明け渡させるとも言い始めたらしい。これはさすがに家臣が止めているみたいだけど。


 道三なら稲葉山城を明け渡すと言って、招いて殺しちゃうかもしれないからね。


 ちなみに銭の交換比率の改定はまだやってないけど、道三にも今から知らせてはいる。頼芸には知らせてないけど。


 あれ地味に美濃にも影響あるからね。ただ道三には現状だと合わせるか放置するしか手はないだろう。


 美濃だと良銭は織田から手に入れるしかないはずだ。畿内は良銭が不足しているしね。



「美濃守様には柱に括り付けてでも、しばらくは守護でいてもらわねば」


 和睦から日も経たずに戦で滅ぼすなんて外聞が悪すぎる。戦と美濃統治の準備も済んでないしさ。


 正直金色酒で大人しくなるならあげてもいいんだけどさ。この手の人って次から次へと要求がエスカレートするからなぁ。やめた方が良いだろう。


「くーん?」


「クンクン」


 おっ、お昼寝していたロボとブランカが起きたな。


 二匹とも結構大きくなってきたな。甘えん坊なのは変わらないけど。今もオレと信秀さんのところに来て、なにしてるのと言いたげな顔ですり寄ってくる。


「ご歓談中失礼します。少しお耳に入れたいことが」


 結局、信秀さんと一緒にもふもふタイムを楽しんでいると、湊屋さんが慌てた様子でやってきた。


「偽物ですか? 意外に早かったですね」


 用件は大湊から火急の知らせが来たとのこと。どうも織田手形の偽物を大湊に持ち込んだ者がいたらしい。


 ただ偽造レベルは低く、素人でも真正の現物を知れば偽物とわかる程度らしい。


 基本的に織田手形はウチが公認した商人しか換金出来ない仕組みにしたが、手形自体は紙幣と同じように商人の間を回るのは仕方ない。


 今回は旅の行商人が持ち込んだようで、怪しんだ大湊の商人と会合衆により捕らえられたようだ。


 怪しい行商人は入手先を話さないらしいが、ひとまず尾張に船で知らせてきたみたい。


「大殿、いかがします?」


「背後を調べろ。あれは一介の行商ごときで、そう簡単に真似はできまい」


「はっ」


 想定の範囲内だけどね。ちょうど信秀さんもいるし対策は信秀さんに指示を仰ごう。


 織田手形は証券振出しょうけんふりだしの際に偽物は換金しないと事前に宣言している。取り引き商人には見本の手形も渡してるしね。今回みたいに偽物を見分けられるようにしている。


 ウチとしては騒ぐほどではない。


 とはいえ誰が偽造したんだろう? 桑名? 今川? 大湊内部の可能性も? まさか堺だなんてないよね。


 あそこは悪銭の鋳造も故意に造ってるみたいだしな。怪しいといえば怪しいんだけど。


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