第279話・雪の降る朝に
Side:大湊の会合衆
「尾張から銭の交換に纏わる率の話が来たがいかがする?」
「こちらとしても悪い話ではあるまい。賛同したほうが良いだろう」
織田様も堺を拒絶するとは。いい根性しとるわ。
確かに話としては悪くない。堺の悪銭には我らも嫌気がさしていた。特に今までは優位な立場を笠に着ていた奴らは頭の痛い
思い通りにならないと品物を売らんと脅すなんて当たり前だからな。今までは畿内からしか得られないものが多かったし我慢してきた。
しかし今では立場が逆転した。
連中が欲しい金色酒を始めとした久遠様の商品は大湊が一番扱っている。近江にも売っているらしいが、向こうは陸路なだけに扱う量が違う。六角様への配慮で売っているんだろう。
「考えんとならんのは、尾張が梯子を外すことだろう」
「こっちが不義理を働かん限りはないだろう。湊屋もいる」
織田様というか久遠様は不義理を嫌う。織田様は商いを久遠様に任せているらしいからな。この件も久遠様のお考えだろう。
冷静に立場を
どうも領内の米の値が下がり過ぎないようにしたいようだな。武家なら米の値が上がろうが下がろうが気にしないのが常なんだがな。
「そもそもだ。堺に配慮していいことがあるのか?」
そうだ。堺に配慮したところで連中は己たちの儲けしか考えてない。
「しかし、やるなら宇治と山田にも声は掛けぬと駄目だろう」
「嫌とは言わんさ。織田様の力は連中も知っている。
この件は幾つかの憚りがある。大湊がやるならば宇治と山田には声を掛けなくてはならない。そして一番の憚りは北畠様だ。
近頃は織田様が評判なのが気になるご様子だからな。北畠様も悪いお人ではないが、隣国の評判に伊勢を狙っているのではとお考えのようだ。
北畠様の許可が必要なわけではないが、全く無視して話を進めると、これもまた厄介なことになる。まあ、北畠様が事の意味を理解してくださるかは分からんが。
武家とは気難しいな。厳密には北畠様は公家なのだが。まだ織田様のほうが話が通じる。
「まあ、織田様はこちらの返答に関わらず、おやりになるだろうな。せっかく得た良銭を失ってまで畿内から欲しいものなどあるまい」
「確かに……」
そう、銭の交換枚数を合わせないと我らが損をすることになる。やるしかあるまい。
Side:久遠一馬
「雪だ……」
いつにも増して寒いなと思ったこの日、朝から雪が降っている。
元の世界だと雪国でなければ雪が降ると簡単に交通が麻痺して大騒ぎになるが、この時代ではそんなことはない。薄っすらと雪景色の庭を眺めてるとまるで別世界にでも迷い込んだ気分になる。いや、別世界には来てるんだ、どう言えばいいんだ?
那古野は雪がほとんど降らないが、たまに降ることがある。でも積もるのは珍しいな。
「くーん」
真っ白い雪景色の庭にロボとブランカは少し戸惑っているように見えるのは、雪が初めてだからだろうか。
いつものウチじゃないよ、なんて言っている気がする。
「殿、おはようございます」
「おはよう。雪はそのままでいいよ。どうせすぐに消えるし、雪景色も風情があっていい」
でも若さだろうか。ロボとブランカの二匹はすぐに庭に駆けていく。屋敷の掃除をしてくれてる小者のおじいちゃんが雪かきをしようとしてるけど、寒そうだしすぐ消えるんだから止めよう。
牧場の子供たちは大丈夫かな? 領民は大変だろうな。
気が付けば師走だ。太田さんの結婚式の日取りも決まり準備を進めている。
太田さんの結婚は尾張でも噂になっている。新婦のお藤さんは農家の娘で、兄が信長さんの悪友でウチに仕官した。そしてその妹のお藤さんは悪徳商人から助けてくれた太田さんの嫁になる。
ちょっとしたシンデレラストーリーみたいな扱いだね。立身出世というか玉の輿?
一応身分の差を考慮して、資清さんはお藤さんを誰かの養女にする話を太田さんにしたらしいが、太田さんは不要だと言ったみたい。
まあウチの家中でやっていくなら、身分の差は関係ないからね。
そういえば、大和の柳生から新たに人が来たね。石舟斎さんを召し抱えて禄を百貫出したから、それに相応しい人数を揃えるためらしい。石舟斎さんの親父さんからはオレ宛に息子を召し抱えた事に対するお礼の手紙も来た。
石舟斎さん自身には尾張に骨を埋めるつもりで励めと手紙が来たらしい。こんな世の中だしね。家を分けるくらいのつもりなのかもしれない。
確か大和はこの先も筒井と松永との争いとかで大変なはず。それにあそこは寺社が強いからまた大変なはずだ。
「三好筑前守様ですか」
「ああ、金色酒が欲しいらしい」
さあ朝食でも食べようかという時になると、信長さんがウチに、朝一で信秀さんからの伝文が来たと知らせに来た。でもどっちかと言えば朝ごはんを食べに来たとしか思えないほど、出した朝ごはんをガツガツと食べてるけど。
信秀さんからはなんと三好長慶から金色酒が欲しいと文が来たとの知らせだ。
堺が役に立たないから直接信秀さんに注文が来たのか?
「本命は硝石かもしれませんね」
ただエルは少し考えると三好が欲しいものは硝石ではと口にする。硝石は堺にもあるはずなんだけどな。
「金色酒ならば構わんであろう?」
「はい。売らねばならないでしょう」
畿内は確か将軍が細川晴元と和睦をして京の都に戻ったが、今度は三好長慶と細川晴元が争っているはず。
確か河内、元の世界でいう大阪か。そこで三好長慶が
史実通りに行けば来年には江口の戦いで三好政長は戦死して、細川晴元と将軍がまた近江に逃げて長慶の時代が来るはずだ。
確かに今の長慶を敵には回せないね。六角と敵対してるのが気になるが、金色酒程度なら問題にはならないだろう。苦情が来たら、金色酒を売って三好の資金を減らしているとでも言えばいい。
エルは江口の戦いを気にしてるのか、畿内の争いに巻き込まれる心配でもしてるのか、少し考えこんでいるけど。
というかこの時点でも、すでに将軍って細川の付属品にされてるのね。
まあいいか。今は三好より朝ごはんだ。今日はTKG、玉子かけご飯だ!
信長さんにもこれだけはウチでしか食べないように言っている。食中毒が怖いからね。
この時代に来て食べ慣れたホカホカの玄米ご飯に新鮮な生卵を割り掛けて、黄身を箸で突き崩し、心持ちご飯に馴染ませると、少し醤油を垂らして掻き込むだけだ。生卵のコクに醤油の味が最高に合う!
甘辛い佃煮ならぬ大野煮なんかも少し乗せて一緒に食べると、大野煮の甘辛い味と生卵のコクが合わさり更に美味い。
ああ、スルスルと茶碗一杯のご飯が消えていく。二杯目はなんにしようか。
「この梅干しは美味いな」
「それは蜂蜜などで味を整えているんですよ」
おっ、信長さんはウチで味を整えた梅干しに反応したみたい。いや、梅干しって味を調整しないと酸っぱ過ぎてね。元の世界の日本で売ってる梅干しが味を整えていたなんて、この時代に来るまで知らなかったよ。
「ほう、これはいい。あとで城の料理番にも教えてやってくれ」
「はい。心得ました」
うーん。蜂蜜梅は那古野城のメニュー入りか。保存性は落ちるけど美味しいんだよね。
エルも料理を褒められて嬉しそうだ。信長さんとかはもちろんだけど、家臣のみんなとかもそれぞれに好みを把握してるんだよね。
どんな反応をするかと毎回楽しみに料理を出している気がする。
それにしても信長さんは気付いているだろうか。いつの間にか食生活が大幅に改善されていることに。
史実だと塩辛いものを好んだと言われるが、この一年でずいぶん改善されてるはずだ。いや待て、糖分摂取量は大丈夫か?羊羹大好きにしちゃったしなぁ。
まあ、改善されてるのは織田家全般なんだけど。食事以外にも白粉も無毒なものに替えてるし、栄養もさりげなく考えられている。ケティも食生活についての忠告をしているようだし。
いくらナノマシンで治療が可能とはいえ、日常生活で気を付けるのが大切なのは変わらない。
史実の徳川家康じゃないけど、天下を取るには長生きが重要だからね。
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