第274話・守護様の夕食と孤児の夕食
side:土岐家家臣
「何故、金色酒がないのだ!」
「恐れながら織田から送られてきておった金色酒が来なくなりましたので」
尾張から帰ってからというもの、守護様は荒れておる。
なんでも尾張で恥を掻かされたのだとか。尾張で酒を飲んだ者も悪いが、和睦の席でこれ以上血を流すことを望まないとして先方が許した者を戻ってから打ち首にするとはあまりにも酷い。
美濃国内でも、守護様が恥を掻かされたと
守護に返り咲いたとはいえ守護様の下に出仕してくる者はほとんどおらず、織田も斎藤も向こうからは接触がない。
織田に至っては以前まで送られてきた金色酒が送られてこなくなり、守護様は怒り心頭だ。
「おのれ! 信秀め! わしに恥を掻かせたのみならず、逆らう気か!」
守護様の言い分では無礼を働いた童を打ち首にしなかった斯波と織田は、土岐家を愚弄しておるのだとおっしゃる。
童を庇った兵も久遠の奥方も罰を与えて当然だと考えておられるようだが、いかに考えてもそれはあり得ぬことだろう。
織田の躍進の立役者が久遠なのは周知の事実。しかも、女ながらに幼い童を守ったと美濃でも評判だ。逆に着物が汚れたくらいで、幼い童相手に刀を抜いた土岐家は嘲笑われておるというのに。
誰が久遠を罰するものか。逆に久遠に非があっても庇って当然。それが理解できぬ。いや納得しようとせぬことが守護様の現状であろう。
「ですがあれは守護に戻して差し上げられぬ詫びだと贈られてきておった酒。守護様はすでに守護でございますれば、織田は役目を果たしたと考えておるのだと思われまする」
この日は織田から毎月贈られておった金色酒が途絶えたことに激怒されておられるが、いつの間にか貰うのが当たり前だと思っておられるらしい。
そこまで気に入っておられたのならば、口先だけでも礼を言えば、織田とてここまであからさまな態度を示さなかったであろうに。
そもそも金色酒は自らの奥方に刀を向けられた久遠が造る酒だ。下賤の者と守護様は罵っておられたが、奥方に刀を向けられていい気分なはずがあるまい。
弾正忠や斯波とて今の久遠の働きを見れば、そんな久遠の心中を察するくらいはしよう。
久遠に対して刀を抜いた者の主である守護様に贈る酒を用意しろと言うか? 近頃では仏と言われる弾正忠だ。言わぬと思うが。
「なにが守護だ! 以前となにも変わらぬではないか!」
それは守護様が織田と斯波を愚弄しておるからでしょう。斎藤山城守は織田との争いは利にならぬと守護様に頭を下げて謝罪してまで織田と和睦をした。
しかも和睦の証にと、自らの娘を織田に差し出したのだ。見方を変えれば守護様などいかようでもよく、織田と和睦を急いだと見える。
最早織田には勝てぬと思ったのであろう。某も斎藤山城守は好かぬが、その判断は正しいと思う。
守護様が酒に溺れ絵を描いて気を紛らわしておる間に、織田は自らの銭と兵糧を美濃の領民にまで与えて美濃の領地を飢えから守ったのだ。
本領でもない他国の領地にそこまで手厚くする者などほとんどおるまい。
酒に溺れる暇があるならば、領内に出て領民に労いの言葉でもかけてやるだけでも違うものを。それを進言した者に出過ぎた真似をするなと怒鳴り散らすのだから、国人衆が織田に靡くのだ。
「もうよい! 金色酒を
「はっ」
家臣の中で、守護様の考えを讃美する者を守護様は好まれる。されど土岐家の力と織田・斎藤の力を考えて進言する者を守護様は嫌われる。そのような知恵のある者が守護様の現状と行く末に気付かぬはずもない。
結果として都合のいいことばかりを並べる者しか残らぬようになってしまった。
守護様が心を入れ換えてくだされば、美濃国内にはまだ味方になってくれる者はおるはずなのだが。
困ったものだ。
side:久遠一馬
「なに作ってるのー?」
「美味しそう!」
牧場村にある代官屋敷の台所から漂うスパイシーな匂いに、子供たちが集まってきて瞳を輝かせている。
この日のメニューは元の世界で日本の国民食といえば必ず挙がるメニュー。そうカレーライスだ!
ふと思い付いて牧場村のみんなにカレーを振る舞うことにした。
カレー自体は初めてじゃない。天竺料理としてウチではたまに作ることがある。信長さんはタイミングが合わず、まだ食べさせていないけど、家中のみんなの評判はいい。
刺激に慣れてないこの時代の人に合わせて、味は甘口にしているけどね。本場インドカレーというよりは元の世界ではイギリスから伝わって魔改造された日本式のカレーライスになる。
「カレーという料理ですよ~」
ニコニコとカレーの鍋をかき混ぜてるリリーに、子供たちが集まっていて鍋の中を覗き込む。
黄色いカレーの色に何人かの子供は少し微妙な表情をするけど、刺激的な匂いが食欲をそそるらしく抵抗感は少ないようだ。
ここの子供たちはいろんな料理食べているからね。珍しい料理に慣れているのもあるだろう。
「うわっ!?」
「すげえ色だ……」
あぁ。せっかく子供たちが受け入れたのに騒ぎ出したのは、ふらりとやってきた信長さんのお供のみなさんだ。
うーん。とうとう信長さんもカレーデビューか。
「天竺の料理なんですよ。香辛料をたくさん使った煮込み料理です。美味しいですよ~」
子供たちの何人かがお供のみなさんに触発されるように、言ってはいけない言葉を口にして騒ぎ出した。
まあ子供だからなぁ。
ただそこはリリーがすぐに騒ぎを収束させた。みんなに天竺料理だと教え、リリー自身が味見をして見せて、『大丈夫よ〜』と言いながら、味見をさせることで黙らせたね。
「美味しい!」
「若様、こんなに美味しいのいつも食べてるの!?」
「オレも今日が初めてだ。このような料理はかずの家でしか食えんのだぞ? 親父も食ったことがないはずだ」
子供たちと信長さんは一緒になって驚き、美味しいとはしゃいでるよ。
幼い子なんかはウチの料理を信長さんたち偉い人がいつも食べてると誤解していて、信長さんを珍しく苦笑いさせている。
「いただきまーす!」
夕暮れの代官屋敷に孤児院の子供たちと領民がみんなで集まってカレーを食べる。
食事前の挨拶は元の世界と同じだ。実はこの時代には『いただきます』との挨拶はないみたいなんだけど、リリーが礼儀作法の一環として教えたらしい。
ちなみに信長さんにはウチの独自の習慣だと教えていて、信長さんもウチで食べるときは『いただきます』の挨拶をしているけど。
スプーンが木製なのはご愛敬だろう。
ステンレスのスプーンなんてこの時代にはないし、鉄で作るなら鋳物になるし、銭造りで忙しい職人にわざわざ作ってもらうよりも、木のスプーンを自分たちで作ったほうがいい。ただ、青酸やヒ素を利用した毒殺への用心には、銀製のスプーンならば色が変わって直ぐにわかるから、織田一族ぐらいには送った方が良いかな?
ここの木のスプーンは領民のお年寄りに仕事として作ってもらったものなんだ。
「天竺料理なんて食べられるとは……」
「美味しい!」
白いご飯にカレーは本当によく合う。ここの米はこの時代の米だけどカレーと一緒に食べると悪くない。なんというか元の世界の健康志向のカレーを食べてるような感じか?
大人の領民は遥か天竺の料理ということでありがたいと喜んでいるが、子供たちは単純に味で喜んでいる。
刺激は抑え目にしているけど、カレーの味はしっかりしているし美味しい。なによりこのカレーの香りが本当に懐かしく元の世界を思い出させる味だ。
今回は突然で用意できなかったけど、福神漬けも次回は用意しなきゃだめだね。あ、らっきょうも必要か。
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カレー。
日本の国民食とまで言われる料理だが、発祥はインドであり日本に伝来したのは、やはり戦国時代に久遠家が伝えたとある。
カレーの語源は明らかではない。タミル語やヒンディー語を語源とする説もあるし、日本に古くからあった辛いという言葉を語源とする説もある。
もとは久遠家が自分たちで食べたり家臣や領民に振る舞った料理だとあり、当時から人気の料理だったと伝わっている。
久遠家が世話をしていた孤児の中には、自分たちがいかに貴重な料理を食べているか自覚していない者も少なくなかったともいわれている。
後にそんな噂を聞いたとある公家が孤児より貧しい生活を嘆いたとされるが、それは後世の創作とも言われている。
なお久遠家のカレーは料亭八屋にて、現在も当時とほぼ同じレシピで提供されていて食べることができる。
かつては憧れの料理とまで言われていたが、現代ではランチタイムの人気メニューとなっている。
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