第261話・武芸大会・その十二

side:久遠一馬


 大会四日目の延長に突入してしまったけど、今日は団体競技のメインである模擬戦だ。


 ちなみに土岐頼芸は、昨日のうちに帰ったみたい。念願の守護に返り咲いたのはいいが、例の家臣の問題で大恥をかいて以降は、終始不機嫌そうで気分が悪いと帰ったらしい。まあ、予定の日程中は居たから場を蹴ったことにはならないか。


「山城守殿は一緒に帰られたので?」


「いや、山城守殿はまだおられますな」


 詳しい事情を教えてくれたのは政秀さんだけど、帰ったのは土岐頼芸だけらしい。斎藤利政こと道三も他の美濃衆も残ったんだとか。


 冗談抜きに見限られた? まあそこまで行かなくても、道三は土岐頼芸と一緒に織田に敵対する気はないと示したということか?


 他の美濃衆はそんな土岐頼芸と道三を見て動かなかったと。


「山城守殿は何を考えてるんですかね?」


「わしもそれほど知るわけではござらぬが、権威や誇りで考える御仁ではござらぬと思う。損得勘定とまで言えば言い過ぎかもしれぬが、今の織田に正面から敵対することは避けるでしょうな」


 土岐頼芸はいいんだ。問題は道三だ。今日もエルは奥さんたちの観覧席に行っててここにいないから、政秀さんに道三のことを聞いてみる。


 やはり道三は油断はできないが、感情のままに動くようなタイプではないか。正直なところ道三みたいなタイプって、エルの策に一番ハマりやすいタイプな気がする。


 さて今日のメインである模擬戦だけど、こちらもエルたちとか資清さんたちと頭を絞って考えたよ。


 普通にやらせると、この時代でお馴染みである石合戦のように、死傷者が出そうだからさ。


 ルールの縛りが多めで、交戦状況の設定はこの時代にしては甘いというか、かなり温いものになる。


 まずは兵の参加人数について一軍を五十人に限定した。加えて兵にはウチで用意した紙風船を胸と頭の二ヶ所に付けてもらい、木刀木槍を使い、紙風船を両方破られると退場だ。ちなみに自分自身や味方が破っても、戦場の不注意扱いで救済はなしだ。


 ある程度厳格なルールを決めないと、熱くなって乱闘になりそうだからさ。人数も管理できるように制限している。


「孫三郎様が判定をなさるのですな」


「はい。お願いしました。並のお方だと止められなくなりそうなので」


 そうそう。審判は信光さんに頼んだ。


 政秀さんも信光さんは出場する側に回るのだとばかり思ってたようで驚いてるけど、乱闘になったら止められる人じゃなきゃ駄目だし誰もが従う身分も必要だからね。


 一番頼みやすかったのもある。信光さんも時々ウチに遊びに来るからさ。


 勝敗は全滅か降参か、大将の戦死もしくは相手の陣地にある旗を奪えば勝ちになる。場所は昨日野戦築城したところで、今回も制限時間付きで陣地を防衛する野戦築城をしてもいいことにした。


「これはオレも出たかったんだがな」


「駄目ですって。相手がやりにくいですし、早く負けたら後継者問題で騒がれますから。若様は後日に人を集めてやればいいじゃないですか」


 ちなみにこの模擬戦。信長さんが出たいと騒いだけど、オレとエルで説得した。気持ちはわかるけど織田家の後継者が、こんな模擬戦で負けたら面倒なことになるのは明らかだからね。


 信長さんは頭がいいから理詰めで説得されると、渋々でも諦めざるを得なくなったみたい。


 いくら信長さんでも、エルに理詰めで勝つのは当分無理だろう。




side:とある清洲の領民


「かかれぇー!」


 模擬戦とやらが始まった。何やら訳のわからん決まり事があるが、石合戦に近いものらしい。


 ただ石は駄目なんだと。なんでだろうな?


 でもこうして見てると面白い。始まって直ぐに前に出るお人もいれば、守りを固めて待ち受けるお人もいるんだ。


「あっはは。あのお人、先陣を切ったはいいが、討たれてるぞ!」


「たわけが! 一番槍の手柄は譲れないものだ!」


 始まって何組目かの時に大将の武士が先陣を切ると、見ている者たちは盛り上がる。名乗りまで挙げていたが、聞いた事ねえ名だし、でっけえ兜被ってっから、顔もわかんねえ。


 だが寄ってたかってになっちまった。あっという間に紙風船とやらを討たれて負けになっているじゃねえか。


 考えなしに前に出るからだと笑った奴が近くにいたが、見知らぬじい様がそいつに激怒して喧嘩になる。


 一番槍の手柄はわかるが、前に出るだけで負けたらどうしようもない気がするがな。


 お武家様の考えることはわからん。


「このこんにゃくってやつの煮付けはうめえな。麦酒がよく合う」


 織田のお殿様たちのとこは陣幕が張っててどんな様子か見えねえが、オレたちの見物席は賑やかだ。


 物売りから春を売る遊女までやってくる。女子供にはわっぱが売り歩いてる菓子が評判だが、酒のつまみもうめえのがたくさんある。


「おう、童。それ一つもらおうか」


「はい! ありがとうございます」


 今日もやけに童が多いな。また久遠様の奥方様が童を使ってやってるんだろうか。


 一昨日だったかその前だったか、市で美濃の土岐様のとこの家臣が童を斬ろうとした騒動は、すでに清洲じゃ知らねえ者はいねえ話だ。


 無礼を働いたと騒いだらしいが、市で酔っぱらった連中が働いてた童にぶつかったのが本当のところらしい。


 結局、久遠様の奥方様が間に入って助けたらしいが。


 オレたちには祭りみたいなもんだが、お武家様には『家の体面』とかってのがある大事な場らしい。そこで酒呑んで、ぶつかっておいて無礼討ちだなんて言い出すから嫌われるんだよ。何が守護だ。織田のお殿様もあんな奴ら成敗してしまえばいいのに。


「ごっ、ごめんなさい!」


「童。大丈夫か? 気を付けろよ。どこぞのお方だったら無礼討ちだって騒ぐからな」


「ギャハハ。もう尾張にいねえよ。恥をかいて逃げ帰っちまったからな!」


 あっ!? 目の前で物売りの童がまたお武家様にぶつかってやがる。


 先日の一件もあってか一瞬で辺りが静まり返るが、今回はお武家様の方からぶつかった童に手を差し伸べているじゃねえか。織田様の家中のお人だろうな。


 しかも誰とは言わないが先日の話を笑い話にすると、周囲のやつらを巻き込んで大笑いしてやがる。


「美濃も大変だな。あんな守護様だとは……」


「尾張の守護様は優しい御仁だからな」


 お武家様がどうなってるか知らねえが、尾張の守護様は無礼討ちにしたなんて聞いたことねえな。


 以前とは違い近頃はあちこちに出歩いてるらしいが、悪い評判は聞かねえ。


 誰かが前に那古野の風呂で会ったって言ってたが、なんも気にならねえとばかりに、一緒に湯に浸かってたらしいしな。


 周りのやつらは申し訳ないのと怖いんで出ようとしたらしいが、守護様のじかのおこえがけで、そのままでいいって言ったって話だ。


 同じ守護様でもこうも違うとはねぇ。


 織田のお殿様も苦労してるのかな?でも、尾張の守護様ならそれほど苦労はないかもな。



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