第211話・善三組と警備兵
side:船大工の善三
「何度見てもこいつはすげえな」
知多半島の大野にいる佐治水軍の噂は大湊にも聞こえていた。なんでも南蛮船のような帆を張った船を使っているとか。
船なんてのは船大工だけで造れるわけじゃねえ。木材の調達から始まり、造るまでが大変だ。
てっとり早く造るには、先に造ってるとこに行くのが一番だ。まして造るのは南蛮ゆかりの船だからな。
「大湊の船大工でもそう思うんですね」
「ああ。造れねえことはねえが、こんな発想はなかった」
ワシらは久遠様に頼んで、大野の佐治水軍のとこで、船大工達の仕事を勉強させてもらうことにした。
大野の船大工たちは気のいい奴らだった。噂の新造船について隠すことなく見せてくれた。確かに元は久遠様の図面らしいが、奴らには奴らの知恵と技術があるっていうのによ。
「この船なら沈む船は減るよな」
「そうだな。これを考えた奴はすげえ。南蛮だけじゃねえ。ワシらが造る船のこともよく知ってる奴だ」
新造船を造るのは相応に大変だったらしい。久遠様の図面は確かによくできているし、大凡に理解はできる。しかし、造ってみねえと分からねえ
だが造ってみればこの図面が、いかに凄いか分かるというもの。 船がなるべく沈まぬように考えられているし、戦船のように頑丈だ。
船大工にとって自分の造った船が帰らぬことが一番辛いからな。帰りを待つ家族の姿を見るたびに無事に戻れと祈るのはワシらも同じだ。
「どうもこれを考えたのは久遠様の奥方らしい」
「ほんとか?」
「ああ、うちの重臣が話してた」
こんな船を考えた奴に是非会ってみたいと告げたら思いもしないことを言われた。
久遠様の奥方って言えばあの南蛮の? 南蛮のお医者がいるとは聞いたし、ワシらも皆、ケティ様に診ていただいた。ワシが大湊を出てくる時には織田様が神宮に行く際に妊婦を助けた話が噂になっていたからな。
織田様は
神宮でも珍しい供物の数々に大層喜んでいると言う。今時は寺社も武家も平気で寺や町を焼く。
それに比べて織田様一行は妊婦を助けて神宮にも手厚く寄進して供物を納めたと評判だからな。
「こんな船を増やせればな……」
「このまま増やすそうだ。ただ、この船は扱い方が違うからな。他所だと軽々しく使えん。それに織田様に刃向かう様なところには間違ってもやれんからな」
船大工に敵も味方もないが、お武家様はそうもいかねえか。
それにここじゃ言えねえが水軍の連中も悪い。下っぱなんかは手癖が悪いと素知らぬ顔して荷を奪い船を沈めるからな。上は税を取るだけのつもりでも下が勝手に船を襲うのはよくあることだ。
船乗りを皆殺しにすれば死人に口なし。まあ佐治水軍ほどになるとそこまで悪い噂は聞かねえが。
「しかし善三さん、いいとこのお抱えになったな」
「そうか?」
「久遠様は俺たちの子や孫の代の暮らしも案じて下さる。山に木がないと子や孫が困るだろうと若木をわざわざ持ってきてくれるんだ。ここじゃ久遠様の悪口は聞いたことねえよ」
元々ワシは慶次郎殿に助けられた縁で召し抱えられただけなんだがな。久遠様というお方は大層な評判だ。千貫の禄と教えたら他の船大工からも羨ましがられたほどだ。
一から船を造るには相応に銭が掛かる。とはいえ千貫は多いからな。
「新造船の完成祝いに一杯やるか?」
「そりゃいい。金色酒を出すぞ」
「本当か!?」
「ああ、みんなで飲めと久遠様が……もう殿になるのか。殿が送ってくれたんだ」
いけねえな。もう仕えた以上は殿と呼ばなきゃならねえんだな。
暮らしには困ってねえ。殿は酒や食べ物をわざわざ送ってくれるしな。大湊でも巷にはなかなか出回らねえ金色酒を大量に送ってくださった時には驚いたほどだ。
佐治様もワシらには気を使って、わざわざ武家の屋敷を貸してくれた。
さすがに遠慮したんだがな。殿に頼まれているからと言われては断り切れなかった。
新造船も無事に完成した。
今夜はみんなでパァーとやるか。
side:久遠一馬
「凄まじいのう」
「訓練は必要ですからね」
この日は幻庵さんと西堂丸君と一緒に警備兵の訓練の視察だ。
実は最近になって津島と熱田からも警備兵を置きたいと頼まれたから、津島や熱田の若者や流民から選んだメンバーを警備兵として訓練してるんだよね。
今までも別に無策ではなく津島や熱田なんかは私兵で警備をしていたが、警備兵は根本的に違うからね。
指揮命令権は曖昧だ。信秀さんからはウチで管理しろと言われたけど、津島とか熱田での直接の命令権は彼らにあるだろう。
ただ津島と熱田からは、警備兵のことは任せるとも言われてる。ぶっちゃけ最近は特に余所者が増えたし、やってくる商人や旅人が増えた。
津島と熱田もその対応に頭を悩ませていたのは確かだろうね。信秀さんや津島と熱田に丸投げされたみたいだなぁ。
「鉄砲を実際に訓練で撃つとは……」
「鉄砲は弓と同じで、実際に撃たせないと上達しませんので」
まあ幻庵さんが驚いたのは、警備兵に鉄砲の訓練で実際に撃たせてるところみたいだ。玉も火薬も高いからね。買えば。
正直この訓練は一種の抑止力も狙っている。織田は訓練にも潤沢に火薬を使えると、尾張の内外に見せつけている意味もある。
領外は知らないけど領内の国人衆や土豪の中には、実際にこれで大人しい面もあるとエルが語っていた。
史実の織田信長もそうだけど、織田家って家臣や領内の統治は正直そんなに上手くないんだよね。経済優先の戦略はあっても統治に関しては北条家の方が上だろう。
この世界ではそこに手を付けてるから大変だとも言えるんだけど。
「そこ! 遅い! それにもっと隠れてやりな!」
ああ、この日はジュリアが指導してるから余計に珍しいのかも。
訓練は火縄銃を撃たせる訓練だけど、ただ的に向かって撃つだけじゃない。町中での戦闘を想定して、遮蔽物の確保・装填・発砲・装銃移動・射線確保・誤射回避など、建物を利用した銃撃戦の訓練をしている。戦国時代はどこへいったの? まるで特殊部隊の基礎訓練だよ。
ぶっちゃけ歴史に残るようなちゃんとした戦って、そんなに無いんだよね。戦好きな誰かさんとか天下取りを目指した織田信長とかはそれなりに戦をしたけど。
有名な戦は数年に一度とかで、戦らしい戦をしてない大名も意外にある。ただここで問題なのは、三河でも頻発したような小競り合いや、村と村の争いによる戦いはよくあることか。
後は野盗とか普通にゴロゴロと居るし、下手すれば織田家中の国人衆や土豪の下っぱなんかが盗みやら何やらしてる時もある。
とにかく家中の統制すらまだ完全には取れてない。この時代だと当たり前のことらしいけど。
警備兵も元の世界と比べたらまだまだ問題が山積みだけど、この時代の人からすると普通に治安維持してくれるだけでも凄いことになっちゃう。
ちなみに武力制圧や討伐の訓練をしてるけど、実際には喧嘩やいさかいの仲裁もよくあるようで苦労してるらしい。
俺は誰々の家臣だぞとか、俺は織田一族の誰々の郎党だぞとか、そんな織田家中の末端がつまらない理由で争う場合も少なくないとか。
某傾奇者の漫画で見たような下らない理由の争いがよくあるらしい。血の気が多いんだよね。みんな。
幸いにもオレはそんな場面に出くわしたことはない。外に飲みに行かないし、信長さんの前でそんな争いをする馬鹿はさすがにあまり居ないらしい。
信秀さんからは清洲を始め、警備兵を配備して、管轄下とした地域で暴れたら誰であれ捕らえても討ち取ってもいいと言われてるが、そうもいかないしね。
なるべくは仲裁して駄目なら捕らえるように指示している。もちろん『警備兵と民衆に被害や犠牲を出さない』が大前提で『討ち取る』を禁じた訳じゃない。
「ずいぶんと実に則した訓練をしてますね」
「彼らの役目は町を守ることです。なるべく町に被害が出ぬように狼藉者や盗人は捕らえないといけませんので」
町中で火縄銃なんか滅多に使わないけどね。あれを持っているだけで抑止力にもなるらしい。
オレと信長さんがバンバン撃たせて訓練させているのは、尾張では有名だしね。
法治による治安維持にしたいけど。当分は無理だろうね。まずは、モラルの向上が先だ。物事は武力で解決するのが当たり前って価値観もどうにかしないと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます