第144話・事件

side:久遠一馬


「申し上げます! 津島近海にて服部水軍に、当家の荷を運ぶ船が襲われて沈みました!」


「船の乗組員は!?」


「はっ、佐治水軍と付近を航行していた船に助けられ全員無事です!」


「八郎殿。若様と殿に知らせて」


「はっ、すぐに」


 庭でロボとブランカと遊んでいたら、津島の屋敷から緊急の知らせが届いた。


 佐治水軍の佐治さんや津島の大橋さんからも、服部家が最近怪しいと聞いていたから注意するように言ってたんだけどね。


 とうとうやっちゃったね。服部友貞はっとりともさだ


「エル。船の積み荷は?」


「畿内から買い付けた大豆でしょう」


 沈んだ荷は大豆らしい。お魚さんの餌になるかな?


 南蛮船は小笠原諸島と尾張の間の輸送をメインに、蝦夷や琉球との交易や明との密貿易で忙しいから、近場の輸送は尾張の商人に頼んでる。


 今回沈められたのもそんな船だ。


「この度は誠に申し訳ありませぬ。荷は某が弁済致します」


「いや、荷の弁済はいいよ。船を沈められて困ってるでしょ。船の乗組員に責めを負わせないように。新しい船の入手にも便宜を図るし、すぐに別の仕事をお願いするから」


「はっ、ありがとうございまする」


 津島からの知らせで屋敷が慌ただしくなる中、入れ違いでやってきたのは大豆の買い付けを頼んでいた商人さんだ。津島の商人の中でもそんなに大きくない商人さんで船一隻で頑張ってた人になる。


 そんなに顔色を真っ青にしてくると逆に心配になるよ。


 真面目な人なんだろう。好感度が上がったから別の仕事を回してあげて、新しい船を調達させてやらないと。




「出雲守殿。何か情報ある?」


「はっ。服部友貞は願証寺がんしょうじ北畠きたばたけに北伊勢の国人衆に対して織田との仲介を頼んだり、織田と戦をするために蜂起を促しておりました」


「仲介と蜂起って、戦がしたいの? したくないの?」


「服部友貞の織田嫌いは有名でございます。しかし単独で戦をする力もない。いずこかの戦に便乗して力を示したいのでございましょう」


 資清さんが信長さんと信秀さんの二人に知らせに走ると、すぐに望月さんがやってきた。この二人上手く協力ができてるようで何よりだ。


 この人も仕事が早いね。すでに服部家のことを調べてるとは。


「願証寺は動くかな?」


「動かぬと思われます。服部友貞は一向衆の信徒なので元々は関わりは良好でございました。しかし近頃では疎まれておりますれば……」


「織田と騒ぎを起こして、荷が止まるのは困るか」


「はっ。願証寺としてはたかが土豪一人のために、織田と事を構えるのは望んでおりませぬ。伊勢の国人衆と北畠も同じでございましょう」


 どうやら服部友貞は、伊勢でも疎まれてるみたいだね。


 服部友貞は史実では桶狭間では今川方に付いたはず。確か義元が討たれると熱田を襲おうとして失敗したんだよね。


 伊勢ばかりか尾張や東海地域にも影響力のある願証寺を後ろ楯に、その後も死ぬまで織田と敵対してたはずだ。


 それがまさか願証寺に疎まれるとは。


「戦になるかな?」


「服部家が詫びを入れねば戦になるかと。準備をさせまする」


 時期が悪いね。服部友貞。分国法を定めたばっかりの時に。


 信秀さんも退けないだろう。退く必要もその気もないだろうけど。


「エル。どうしようか」


「現在津島にて荷下ろし中のガレオン船と移動用のキャラベル船を使いましょう。佐治水軍と共に服部水軍を殲滅すれば、あとはどうとでもなります」


「佐治さんに鉄砲とか渡しといて良かったか」


 佐治水軍には半ばこっちの都合で、焙烙玉や火縄銃とかいろいろ渡してる。最低限使えるはずだ。南蛮船は後ろから援護射撃がせいぜいだろうけど。




「ほう。服部の坊主はワシと争う気か」


「面目次第もございません」


「よい。ちょうどいい名目ができた」


 その後すぐに清洲城から急ぎの呼び出しがあった。


 集まったのは近場の評定衆と佐治水軍の佐治さんだ。佐治さんは船を守れなかったことを謝罪しているけど、信秀さんはこの時を待っていたと言わんばかりだ。


「至急、北畠と六角。それと願証寺がんしょうじと北伊勢の国人衆に使いを出せ。織田と事を構える気なのかとな。あと伊勢への荷を一旦止めよ」


「はっ!」


「一馬。湊におる南蛮船はしばらく留め置け。使うかは分からぬが、あれがおるだけで奴は震えるに違いない」


「はい」


 小競り合いは今までもあった。


 ただし双方共に船を沈めるまではしなかったんだよね。特に服部水軍は佐治水軍の姿を見ると退いていたらしい。


 今回は佐治水軍が来る前に服部水軍が船を止めようとしたが抵抗した結果、戦闘になったようだ。


 分国法と検地も終わってないのに戦なんて、また仕事が増えるな。でも舐められたら駄目だし、肝心の分国法には家臣の領地を守ることも約束してる。


 尾張の船が沈められた以上は退けないだろう。




 評定が終わるとみんな戦の準備に動き出した。陣ぶれまではしてないが、服部友貞が詫びを入れるなんてまず有り得ないのはみんな知っているようだ。


 オレはエルと共に那古野城の信長さんと、信長さんの家老や重臣のみんなと今後のことについて話し合うことになる。


「かず。船の砲は使えるか?」


「使えます。しかし南蛮船だと市江島の荷ノ上城まで撃ち込むのは、ちょっと難しいかもしれません。南蛮船の弱点は浅瀬に入れないことですから」


「そうか」


「先に服部家の船を潰しましょう」


 ガレオン船から陸地の砲撃はちょっと大変なんだよね。沿岸は浅瀬が多いし。


 行ってみないと分からないし、場所次第では大砲を撃ち込むことも不可能じゃないだろうけどね。


 それに佐治水軍の船は浅瀬に入れるから、関船にでも金色砲を乗せれば撃ち込めると思う。


 水軍さえ潰せば籠城くらいしか選択肢はないはずだから、襲われる心配もないしね。


「服部の坊主ごときに高価な金色砲は不要では?」


「左様。伊勢の水軍や国人が動かぬ限り、包囲してしまえば敵ではないわ」


「伊勢の水軍は動かぬでしょうな。むしろこちらに味方するやもしれませぬ。荷を止めれば向こうは困りますからな」


 信長さんの家老衆は強気だ。金色砲を要らないと口にしたのは佐久間さんか。手柄でも欲しいのかな?


 金色砲で吹き飛ばせば彼らの手柄にならないからなぁ。


「エル。策はあるか?」


「市江島と北伊勢に織田が攻め寄せると噂を流すのはいかがでしょう? 地形的に奇襲には向きませんし、誰も味方をしないと同時に噂を流せば、逃げ出す者も多いと思われます」


 一通り重臣の話を聞いた信長さんは、終始無言だったエルに策を聞いたよ。一応重臣に配慮はしたのは成長かね?


「余計に結束をされたらいかがするのだ?」


「手柄首が増えるまで。問題ならば金色砲で吹き飛ばしてご覧に入れましょう。それに伊勢の水軍は籠城となれば我らに味方を致しますよ。早く荷を止めるのを解かねば困るのは彼らですから」


「策は構わぬがエル殿。我らの手柄をたてる機会は残してくれよ」


「ガハハハ。確かに」


 市江島は輪中わじゅうという、周りを水に囲まれた島のような場所らしいからね。


 攻めにくくはあるが、久々の戦な上にまず間違いなく勝ち戦だからみんな手柄が欲しいらしい。


「ご心配なく。服部友貞は簡単には降伏をしないでしょう。最終的には兵で城攻めをせねばならぬと思われます。金色砲は城内には持ち込めませんので。城攻めは皆様のご活躍次第かと」


 みんなイキイキしてるね。


 武士なんだなって改めて実感するよ。



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