第66話・初詣
side・久遠一馬
翌三日は挨拶回りを少しした。
政秀さんとか大橋さんとかは直接自分で出向いたけど、後は
「なんかいっぱい届いたなぁ」
ああ、挨拶回りをしてるのはウチだけじゃない。ウチの屋敷にも商人を中心に挨拶に来てくれた人たちがいる。
手土産はいろいろだ。山吹色のお菓子でも入ってそうな箱があるけど、残念ながら山吹色のお菓子はないみたい。
時代が違うからかな?
「臨時の孤児院に行ったら、また拝まれた」
「オレも拝まれるんだよなぁ。仏様じゃないんだけど」
それと旧大和守家が追放した、病に罹った子供や老人たちだけど。病が治ると迎えに来たり、帰ったりできた人も居たけど、帰れなかった人も結構居る。
貧しくて食べていけない人は特に帰れなかったようで、幼い子供は半分近く残っちゃった。
ウチのやり方の有効性を理解した信秀さんが、雑穀ながら食べ物を配ったけど、それでも一旦捨てた子を迎えに来ない人があまりにも多い。
結局は林通具の元領地の女衆と老人に、帰れなかった老人たちで子供たちの世話をしてもらっている。
寺の住職さんは歴史に名が残らなかった人らしいけど、捨てられた子供たちを助けたいとお願いしたら、喜んで協力してくれた。
この時代の宗教って、正直いいイメージがなかったけど。いざ同じ時代で交流すると悪い人じゃない人もたくさんいるね。
寺領もあまりいいイメージがなかったけど、貧しいこの時代で寺を維持していくには必要な物だ。葬式をあげても馬鹿高いお布施を要求するわけでもないし、下手したら未来の坊さんより健全で真面目かもしれない。
ただ会うたびに拝むのは止めてほしいんだけどね。
「餅を配っても拝まれるしね。いろいろ勘違いが生まれてる気がする」
去年の年末には臨時の孤児院とか、林通具の元領民には餅を配った。
家もなく年を越さねばならないのが可哀想でさ。
食べ物は足りるように手配してるけど、餅は意外に高価らしく農民はあまり食べられないと聞いたから、ウチでついた餅を差し入れしたんだ。
この時代だとお年玉として餅を配る習慣があるから、いいかなって思って。
「初詣でも行きましょうか?」
「いいわね。暇だし」
挨拶回りを午前中に終えたオレたちは、せっかくなんで初詣に行くことにした。
この時代だと初詣という習慣はないみたいなんだけど。暇なんだよね。
ただここで問題なのは、その人数になる。オレとエルたちで百二十一人。それに滝川さんたち護衛が付くんだ。
目立つだろうな。今更か。
「こうして歩いてると馬車くらい欲しいわね」
「確かにそうかも」
せっかくなんで熱田神社にでも行こうとなったけど、百二十人分の馬なんてウチにはいない。
歩いていくしかないんだけど、護衛が二十人ほど付いたので百四十人以上いる。大名行列か花魁道中かってくらい注目を集めているね。
服装は着物で統一してるけどさ。はっきり言えば、この時代の人と比べて垢抜けていると思う。女性の好みは時代も違うから一概にどうこう言えないけど。
ほとんどがそんなに派手な着物じゃないけど、麻とか紙の服を着てる周りの人に比べると高級品になっちゃうんだよね。
「馬車とはなんでしょう?」
「牛車ならわかる? あれを馬が引くような物よ。牛よりは速いから南蛮だと移動に使うのよ」
那古野を離れると二毛作として麦が植えられた田んぼに、湿地や荒れ地が続く中を歩いていく。
道は傾斜はあまりないものの、地形に合わせて作られたらしく真っ直ぐではない。しかも水溜まりになりそうな、でこぼことした場所も多くて、馬車を走らせるには道の整備から必要だろうな。
この時代だと道がいいと、攻められやすくなるって考えるからな。史実だと信長さんが道を広げた話は有名だし、畿内は比較的道が整備されていたみたいだけど。ほかは酷いみたいだからね。
信秀さんは道の整備をしたいって頼んだら、許可してくれるだろうか?
「まあ、それは凄いですね」
「いつか乗せてあげるわ」
「それは楽しみです!」
そうそう、エルたち付きの侍女さんとして働いてる人たちが何人か居るんだけど、中でもお清ちゃんっていう資清さんの娘さんは、好奇心旺盛で聡明っぽいんだよね。
目の前にあることに疑問を抱く好奇心と、説明したら自分なりに理解する頭の良さがある。時々勘違いもするウッカリ屋さんだけど。
下手な武士より、文官に向いてそうなんだけどな。
女性の教育も考えてみるべきか?
「ようこそ、おいでくださいました」
「これは大宮司様。自ら出迎えていただけるとは」
ハイキング気分でのんびりと熱田神社に来たオレたちを迎えてくれたのは、驚くことに
史実では美濃攻めで亡くなるはずだけど、美濃攻め自体が存在しないこの世界では生存している。彼の情報は歴史にはあまりない。
妖刀あざ丸という刀の持ち主だったことは、信長公記にも記載されていて有名だけど。
久遠家との関係は熱田商人の商いから始まり、津島で上手くいった大型の漁業用の網を千秋さんに譲ったりしたし、流行り病の対策では協力してくれた。
その辺の土豪とは違う人なんだけど、戦もするし内政も悪くない人というのがオレの印象だ。
まあ神に仕える宮司が、戦に出るのはどうなんだと思わなくもないけどね。
そうしないと生きていけないのが現実なんだろう。欲を出しすぎないというか、やり過ぎない分別はあるように思う。
「新しい年を迎えることができましたし、お参りをして一年の無事を祈りたいと思いまして」
「それはようございますな。さあ、中へどうぞ」
千秋さんはエルたちの容姿と人数に驚きながらも、中へ案内してくれた。
未来と違い初詣の習慣がないから、結構空いてていいね。
いっそ初詣の習慣を流行らせてみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます