第58話・領地の問題と武衛様

side・久遠一馬


 織田大和守家おだやまとのかみけは信友さんの隠居で、結局途絶えることになるらしい。信秀さんは血縁の誰かに継がせることも考えたようだけど、その価値がもうないと判断したのかね?


 ああ、坂井大膳さかいだいぜんを筆頭に大和守家の家臣たちだけど。重臣は一人を除き、生き残りは切腹して領地は召し上げられた。


 領地は削られたけど許されたのは河尻与一かわじりよいち。セレスいわくジュリアと同類の、バトルマニアらしい人。


 河尻さんはどうやら清洲に自ら出頭して、自分は敗者なので裁いてくれと言ったらしい。ただ信友さんがわざわざ彼だけに助命嘆願をしたことと、女の忍びに負けたとの理由を隠さずに語ったことを、信秀さんが気に入り許されて仕えることになったみたい。


 あとは小領の武士が居たらしいが、そっちは織田弾正忠家の家中に親戚や縁者が居たりと様々らしく許された者も居れば、追放された者も居る。


 少し聞いたが名前を知らん人ばっかりだから、歴史に影響はないだろう。




「基本的な計画は変わりませんね。ただ領地として治めるならば人が足りません。あそこは輪栽式農業りんさいしきのうぎょうと牧場にする計画ですから、労働力を集めなくてはなりませんね」


「また、人が足りないのか」


「足りないというならば兵も足りません。現状だと屋敷と私たちの護衛で精一杯ですから。この際、専業の兵士を百名は育てるべきです。戦に参加する場合に、小隊長となる人材が必要ですから」


「医者と看護師の見習いも欲しい」


 さて牧場を領地に貰ったけど、領地ということは自分たちで治めなくてはならない。


 牧場予定地は荒れ地と一部沼や湿地があるけど、意外に広くてその辺の村よりは遥かに広い。現在は予定地と近隣の村との境界線に空堀を掘り終えていて、土塀どべい空堀からぼりの周りにへいを造ってる。


 牧場内の整地と牛馬の厩舎きゅうしゃ、それと孤児院の建物も建築していて、とにかく人海戦術で春までには土地の整地は終える予定だ。


「元々人が居ない場所だから既得権も無くて楽だけど、人は集めなきゃならんか」


「土地は分けられませんからね。いわゆる小作人のような形で雇わねばなりません。賃金は小作人より良くしますが、それに納得して働いてくれる人を集める必要があります」


 問題の人なんだけど輪栽式農業も牧場も効率を考えると、土地を細かく区切って農民にあげるわけにはいかない。特に牧場は広い放牧地が必要だしね。


 それにまあ農業の集約とか効率化に産業の多様化は、少しずつやらないと駄目だからなぁ。


「医者と看護師も育てないと駄目か。学校と病院でも作るべきかな?」


「そうですね。医者をはじめ医療従事者は確実に足りなくなります。清洲の平定により那古野はより安全になりました。この際、那古野に病院と学校を造り、新技術と新しい試みを集約するべきでしょう」


 次に医者不足というか、この時代の医療レベルとケティたちの医療レベルの違いが地味に問題になり始めてる。


 昨日の戦でも火傷や怪我の応急処置をしたが、臨時雇いの兵よりはオレの方がまだマシなレベルなんだよね。


 今のところはなりゆきでケティとパメラが織田弾正忠家の領内を対応してるけど、医療レベルの違いが噂になる前に人を育てないと、織田家の領地が拡大したら対応できなくなるか。


「ただ、大工さんが足りなくないか? 清洲の焼けた家も再建が必要だろ?」


「それは順にやるしかないですね。擬装ロボットで建ててもいいですが、それをやると今後あてにされる可能性があります。尾張の人でできることは任せるべきです」


 来年の春までは病院と学校は無理だな。


 牧場の方も厩舎と孤児院だけじゃなく、働く人の家とか管理棟も必要になるから大工さん大忙しだ。


 尾張には津島神社や熱田神社があるから、優秀な宮大工も居るけどさ。彼らも牧場や工業村の建築に参加してる程だ。


 織田弾正忠家は直轄地を中心に好景気になってるからな。


 ウチだけ優先でってわけにはいかない。




side・織田信秀


「終わってみれば、あっけないものよのう」


「はっ。誠に」


 清洲の処分も一段落して守護様が清洲に戻られた。いかに勝敗が明らかとはいえ、一日で清洲城が落ちるとは思わなかったのであろう。守護様は何とも言えぬ表情をされておる。


「弾正忠よ、ワシはどうなる?」


「守護様は守護でございましょう」


「まっ、形はな。また城から出られぬのか?」


「いえ、某はそのようなつもりはありませぬ」


 喜びとまで言えぬ表情なのはこの先の不安からか。まあ考えるまでもなく実権を与える気はないのだが。


 だが城に軟禁する気もない。清洲方は守護様が他に行かぬように軟禁していたが、ワシにはその気はない。行きたければどこへなりともいけばいい。


 無論粗末に扱う気はないがな。


「大樹も管領も相変わらずじゃ。連中は地方のことなど頭にない。守護が領地を奪われても滅んでも、自分たちに利が入り、必要とあらばあっさりと許してしまう。誰がそのような幕府に忠誠を誓うものか」


 愚痴か。愚痴の一つも溢したくなるのであろうな。側近も返す言葉がないのか誰も口を開かぬ。


「父は自らの力でやろうとしたが、今川に負けた結果が現状じゃ。ここでワシが過去の栄華に夢を見れば行く先は父と同じか、それとも鎌倉時代の北条家のように滅ぶか。どちらにしろこの年まで戦に出たこともないワシでは、結果は知れておるの」


「何をお望みで?」


「恥をかかぬ程度の生活ができればよい。ただ鷹狩りくらいはしたいの」


「承知しました」


「そなたが尾張をどのように治めるのか、見届けるのも一興じゃろうて」


 本当に肝が据わっておる。時勢も見えているし、頭も悪くない。


 上を見ればきりがないが、下を見てもきりがない。守護が没落し実権を持たぬのは今時珍しくないが、ここまで達観できる者は多くはあるまい。


 尾張を統一するまでは守護で居てもらい、頃合いを見計らい隠居してもらい相談役にでもするか? 何か趣味のようなモノを見つけていただければそれが一番いいのだが。




「殿。いかがでしたか?」


「当面は大丈夫であろう。鷹狩りに行きたいと言われたが、自ら実権が欲しいようではなかった」


「そうですか。では予定通りに今夜は金色酒と鮭や椎茸で、夕食をお出しします」


 守護様の問題は一応上手く収まった。後は酒と食べ物で以前との違いとワシの力を見せるか。


 聞けばまだ金色酒も飲んだことがないとか。清洲にも随分出回っているはずなのだがな。


 信友も大膳もつまらぬところでケチるから、不興を買うのだ。


 後は守護の体裁を保つ銭を与えれば問題は無かろう。


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