第一章

第1話 雷帝の後宮へ


「別れの挨拶とかさぁ、させてくれないかなぁ」


 類は真っ暗な空間で隣に立つ死神に向かってぼやいた。真っ暗なはずなのに、不思議と死神の顔は鮮明に見える。黒ずくめなので衣装は闇に溶けていたが。

 暗闇にぽっかりと根暗そうな顔だけが浮かんでいて何ともシュールな光景だ。


「病死などでない限り、別れの挨拶なんてしませんよ、普通」


 「普通」って。コイツは淡々とそういうことを言う。人にとって人生の最後は大事だろう。類はまた戻るつもりだが、それでも数日間、下手すると数十日間も姿を消すことになる。

 突然闇に飲み込まれ暇がなかったが、「心配するな」という一言くらいは家族に言っておきたかった。


「間もなく扉が現れます」


 死神がポツリとそう言うと、突然目の前に巨大な白い壁が姿を現した。

 見ると大理石で出来たようなその壁面には、美術館に飾ってある絵画のような見事な複数の人物画の彫刻が施されており、いかにもな高級感が漂っている。

 しかし扉と言うには取っ手のようなものは見当たらず、彫刻の彫られたただの壁に見える。


「これが扉?」

「はい。天上界の扉です」


 類がその巨大さと美しさに圧倒されていると、真ん中から綺麗に割れるように壁が開き、中から眩い光がこぼれる。

 扉が開ききった時、眩しすぎる光に類は思わず目を瞑った。


「いつ見ても眩しいですが、すぐに慣れますよ」


 死神はそう言って、光の射す方へ向かっていった。


「あ、ま、待って」


 類は慌ててその後を追いかける。


 光の中へ入っていき、少し目が慣れてくると類はまた目を見張った。美しい白亜の豪邸が目の前に建っていたからだ。ヨーロッパ調の建物だ。周囲には何もない。ただただ真っ白い空間に、厳かにその建物が佇んでいる。

 先程の暗闇の空間とのコントラストが激しすぎて少し目眩がする。


「ここは管理局です」

「管理局? 入国管理局みたいな感じ?」

「入界管理局です」


 そのまま! と類は思った。入界管理局。入界するのに必要な手続きをするための建物ってことかなとすんなり理解する。


 頑固さはあまりなく、頭が柔軟で新しい価値観をすんなり受け入れられる適応能力の高さは類の長所だ。


 建物の入り口に二人で近づく。重そうな扉を死神がギギギ、と押すと、建物の内部が見えてくる。

 それにしても、この全身黒装束は真っ白なこの建物にそぐわなさすぎる、と類はちらりと思った。


 中は意外と閑散としていた。

 壁や柱などに上品な装飾はなされているものの、必要最低限のもののみ揃えているという感じで、銀行の窓口のように二、三席分ほどデスクのようなものが並んでいる。

 そのうちの一席のみ、男性が気怠そうに頬杖をついて座っていた。


「雷帝の後宮に入る人材を連れてきました」


 死神がデスクの前に立って、男性に言った。


 その中年に見える小太りで茶髪の男性は、頬杖をついたまま類の方に目をやり、舐め回すような視線で類を見た。西洋人なのか東洋人なのかイマイチ分からない、中間くらいの顔の濃さだ。


「····後宮には女しか入れないんだが?」


 ジロリと死神を見て、男性は言った。


「この方は間違いなく女性ですよ。ご確認ください」


 死神は一枚の書類を懐から出して男性に渡す。不機嫌そうな顔のまま、乱暴に書類を受け取り、男性は眉を寄せた。


「····確かに。だが雷帝がお気に召すとは思えないな。まるっきり男に見える」

「男の格好をしているからでしょう。着飾ればかなりの美人になると思いますよ」

「····まあいいだろう」


 男性は面倒くさそうに大きな判をデスクから取り出し、書類に押した。そしてまた乱暴に死神に向かってそれを差し出す。早く仕事を終えて帰りたいというような態度だ。


「ありがとうございます」


 死神はニッコリ笑ってそう言い、類に視線をやる。来い来いというように手招きするので、類は死神の方へトトト····と歩く。

 死神と一緒に窓口を通り過ぎ、入ってきた扉とは反対方向へ歩いていく。


 反対側にも扉があった。

 またもやギギギ、と重い扉を押すと、外には別次元のような光景が広がっていた。


 真っ白な空間に、ポカンといくつもの惑星のようにまん丸の大きな球体が浮かんでいる。黄色、ピンク、水色、赤など色とりどりの球体はとても可愛らしく見えた。まるでカラフルなバルーンが空に浮かんでいるようだ。大きさが異なるのは距離の問題だろうか。類のいる場所からではイマイチ距離感が分からない。

 管理局に入る前にはこんなものは見えなかったのに不思議だ。


「なにこれ?」


 目を見開いて球体を指差しながら聞くと、死神は平然と答える。


「近くかららい国、すい国、えん国、国、ふう国です」

「····つまり国ごとに星になってる感じ!?」 

「そんな感じです」


 類は持ち前の高い理解力で、死神の簡潔な説明を理解する。天上界とはこんな世界だったのか。今まで自分が生きてきた世界とは全く違うと類はこの光景を見て実感した。


「今から雷国に入りますが、お願いがあります」

「なに?」

「あのですねぇ····後宮に入ったら必ず雷帝に気に入られて欲しいのです」

「····はあ」


 類は気の抜けたような返事をする。それはもちろん気に入られるつもりだが、死神とは目的が違う。どうせコイツは自分の出世か何かに関わるからという理由だろうとほぼ確信する。


「『上玉を連れて来い』と言われて、上玉ではないと判断されれば最悪粛清の対象になるかもしれません」

「粛清?」

「死罪です」

(し、死罪!?) 


 類は目の玉が飛び出そうになった。何故他人の都合でわけの分からないところへ連れて行かれ、死罪にされなければならないのか! というかそもそも死んだ人間が行くところではないのか。類はいろいろと疑問に思った。


「その場合、私の身も危なくなります」


 やはりコイツは保身のことしか考えていない。類は呆れる。


「なので、後宮に着いたら女の格好をすることはもちろんですが、出来る限り着飾ってください。雷帝の好みは長身、モデル体型の美女です。あなたなら着飾れば気に入られるでしょう」

「女の格好をするのは苦手なんだけど····」

「しなければ死ぬんですよ? 男だと思われれば間違いなく粛清です」


 それは困る。類は雷帝に気に入られて、49日以内に元の世界に戻らなければならない。


「わ、分かった」


 仕方なく了承する。死ぬよりは女装した方がマシだ、と天秤にかけた結果そう判断した。


「それと」と、死神は手の平を上に向けるとポウッと薄黄色の光の玉のようなものを出現させた。野球ボールほどの大きさの光が、死神の手の平の五センチほど上で浮いている。空間との境目は少しトゲトゲしている。


「あなたが生身の人間であることが雷帝にバレないようにベールをかけさせていただきます」


 死神がそう言うと、光は死神の手を離れ類の胸に向かってゆっくりと飛んできて、心臓の辺りに自ら吸収されるように吸い込まれた。


「うっ!?」


 類はわずかに心臓が締め付けられたような気がして思わず声をあげる。


「魂にベールをかけました。これで簡単には気づかれないでしょう」


 そんな簡単に騙せるの!? と類は思ったが、何も分からないのでそういうものかと無理矢理納得した。死神にとっても、類が人間とバレるとまずいはずだ。


「な、なんか違和感があるんだけど」

「すぐ慣れますよ」


 死神はこれでよし、というように前を向くと「さて、行きましょうか」と顔に似つかわしくない笑顔(失礼)で言った。




  


「では、私はこれで」


 死神は類を後宮に送り届けると、名残惜しむことなくさっさと行ってしまった。頼み込んで連れてきたわりには何ともあっさりとした別れだ。



 ここは雷国、雷帝の後宮。


 類は死神と共に雷国に入ると真っ直ぐこのヴァルハル宮殿へ向かい、門を通るとしばらく歩いてこの後宮に到着した。

 後宮は宮殿の敷地の奥にあり、もう一つの巨大な門を通らなければ辿り着かない雷帝の女の園だ。


(意外と古風なんだな)


と類は思った。天上界というからどんな発展した世界かと思ったら、雷帝の趣味なのかなんなのか、建物も人々の服装も近代ヨーロッパ風だ。詳しくないので正確には分からないが、北欧のような雰囲気がある。類の知る限りの知識では、ヨーロッパには後宮というものがなかった気がするが、ここには存在するのか。

 

 引き渡された女官のような女に連れられ、敷地内を歩く。雅な噴水だったり、色とりどりの花々の咲き乱れる花壇だったり、なかなかしっかりと管理が行き届いているという感じだ。

 敷地は広く建物がいくつか見えるが、類は一番近い建物に入るよう促される。大きな建物で、ちょっとした城のように見える。

 女官の説明によると、ここは下女たちの居住空間件仕事場らしい。寝泊まり出来る部屋、食堂、職場が揃った便利な場所だ。もちろん他の建物にも仕事場はあるが、主な下女の拠点はここらしい。下女に比べたら数は少ないが、一部の女官もここで生活しているようだ。


「本当に、女性····よね?」


 建物に入ろうとして、連れてきてくれた女官に先程も何度か聞かれた質問をされ、類はまたかと半目になる。


「だから、そう言ってるでしょ? 確かめてみます?」


 類が着ているTシャツの裾を捲るような動作をすると、女官は何故か顔を赤らめてブンブンと両手を横に振る。


「い、いえ! 結構よ! 女性ならいいの!」


 そしてアセアセと先に建物の中に入る。


 なんなんだ、と思いながら、類は後をついていく。


 女官について建物の通路を歩いていると、正面から歩いてきた下女たちが見事に全員、順番に立ち止まっていく。前を歩く女官がそのまま歩を進めるので、気にせず歩いていると、そのうち後ろからザワザワと話し声が聞こえる。


「え!? 男!? めっちゃ美男子なんだけど!」

「いや、後宮だから女でしょ!」

「どう見ても王子様じゃない! あんたちゃんと見たの!?」

「ここって雷帝の後宮じゃないの!? 主人変わったの!?」


 混乱したように、キャイキャイと騒ぐ声。類は(ここでもか····)と、その勝手に耳に届く声にうんざりしたように溜息をついた。


 やがてある部屋の前で女官は立ち止まった。


「ここで着替えてもらうわ。雷帝はしばらく留守にされるそうだから、お戻りになるまでは下働きをしてもらうことになるから」


 そして目の前にある扉を開けた。中は様々な衣装が乱雑に入り乱れた衣装部屋だった。お世辞にも高級とは言い難い衣装の山がいくつかあり、きちんとハンガーに掛けられ棚に吊るされたものは僅かだ。


(雷帝はしばらく留守にするのか)


 類は死神に言われたことを思い出す。ここに来たら着飾れと言われたが、雷帝がいないのでは着飾り損だ。最もこの衣装部屋の衣装では着飾れそうもないが。

 ラッキーと思って、適当に山を漁る。女官は皆同じ衣装を着ていたが、下働きは特に決まっていないらしい。とは言っても、大体白とか黄色とかの無地のワンピースのようなものがほとんどだ。

 手頃な衣装が見つかったので、早速着ている服を脱ごうとすると、バチッと扉の付近にいる女官と目があった。女官は慌てて目を逸らす。別に女同士なのだから見られてもいいが、そう顔を赤められては何となく恥ずかしい。類は女官に背を向けて着替えた。


 着替え終わった類は、(鏡か何かないのかな?)と思ったが、見当たらない。ふと女官に目をやると、ボーッと類の方を見ているので、「どう?」と聞いてみた。


「え? え? あ····」


 顔を真っ赤にして口ごもっているので、類は何かおかしいかな? と少し不安になる。


 露出の比較的控えめな白のワンピースを選んだのだが、本来膝丈なのだろう裾は、類が着るとミニスカになる。二の腕の真ん中辺りまで袖があり、上半身はゆったりしていて着心地がいいが、紐で縛った腰から下は少し短すぎる気もする。


「変····かな?」


 類が眉を傾けてもう一度聞くと、女官はブンブンと首を横に振った。


 よかった、と思って、類はブーツを探す。死神に連れて来られてからずっと裸足で歩いていたので足が痛い。

 膝下までの白いブーツが見つかったのでそれを履く。ブーツというよりは底が少し丈夫なルーズソックスのようで、自分で紐で足に固定するような形で身につけた。


(なんか神話に出てくる少年の神様みたい)


 自分の下半身を見て、類はそう思った。陸上部で鍛えられた足は細いがしっかり筋肉がついていて引き締まっている。女にしては脂肪は少ない方だ。そして胸に手をやる。


(うん。相変わらず、ない)


 上下共に、これなら男と思われても仕方がない、と類は自分で思う。こんな格好を雷帝に見せたら間違いなく追い出されるか、粛清····。


 ぞっとしてハンガーにかかった少し女らしい衣装に目をやるが、いや、こんな格好をしても一緒だとふいと目を逸らした。雷帝が戻ったら覚悟を決めて徹底的に女装しよう。それまでは中途半端なことはせず自然体でいたい。


 その時、バタンと扉が開いた。


 反射的にそちらを見ると、開け放たれた扉の外にはピンク色の髪の可愛らしい顔をした若い女が立っていた。その横には女官の格好をした女がもう一人。


「あ、先客。どうもー。お邪魔しますー」


 そのピンク色の髪の女は、ざっくりと編んだ胸にかかる長い二本の三つ編みを揺らし、スタスタと類の元へ歩いてくる。そして目の前に来ると、いきなり眉をひそめて言う。


「あんたそのカッコ! やる気あんの!?」

「は!?」

 

 突然乱暴に言い放たれた一言にカチンときた類は、思わず目を細めて声を漏らす。


「雷帝の后候補として連れて来られたんでしょ? 私と同じで」

「そうだけど?」

「それなのにそのカッコ!? 信じられない! 一生下働きするつもり!?」

「い、いやちょっと待って! あんたには関係なくない? むしろライバル減ってラッキーなんじゃないの?」


 類の言葉を聞いた女は、ふんっと鼻を鳴らし少女漫画のヒロインのような大きな目で類を見据える。


「あたしはね! 后になるつもりはないの! 女官として一生食いっぱぐれなく良い暮らしをしたいだけよ! そのために他の候補には頑張ってもらわなくちゃならないの!」


 類はポカンと口を開けた。つまり、自分の代わりに雷帝に身を捧げるために着飾れということか。自己中心的なセリフを恥ずかしげもなく堂々と言ってのける目の前の女に唖然とする。


「今回連れて来られた他の候補たちをチラッと見たけど、私の他に見込みありそうなのはあんたくらいよ! 放っといたらあたしが選ばれちゃうんだから、あんた頑張りなさいよね!」


 この格好の自分を見て「見込みがある」と思うのか、と思ったが、類はそれには突っ込まなかった。それを言うとアレを着せられることになりそうだからだ。あのハンガーにかかった女っぽい服。想像しただけで気持ち悪い。


 女は案の定物色するように辺りを見回すと、まさに類が見ていたワンピースを手に取り、目の前に差し出してくる。


「これ着てみて!」

「嫌」

「着てよ!」

「嫌だって」


 その攻防を見兼ねてか、扉の付近に立っていた女官の一人が声をかけてくる。


「ちょっと。早くしてちょうだい。私達だって暇じゃないのよ」


 類とピンクの髪の女は、はたと女官たちの方を見る。女はしぶしぶ口を尖らせて衣装の山を漁る。


「あたしは“ヘルガ”。あんたは?」


 いきなり言われて、類はああ、名前か、と思いポツリと答える。


「類」

「“ルイ”ね。あんたは絶対にあたしが雷帝の寵姫にしてやるからね!」

「いや、いいです。遠慮します」

「遠慮しなくていいわよ。情報屋の娘であるあたしが味方につくと強いわよ」


 ヘルガと名乗る女は、山の中から白いワンピースを取り出すと着替え出した。類と違って女らしい体つきで、思わず凝視してしまった。

 

 一緒に衣装部屋を出て、厨房のようなところへ連れて行かれる。


「ここで与えられた仕事をして。雷帝がお戻りになる日程が分かったらまた連絡するわ」


 そう言って二人の女官たちは去っていった。代わりに目の前に厨房の管理者らしき女が立っている。料理長のようだ。類よりも背が高くゴツめのその女性は、白いエプロンをつけ、髪を白い三角巾で覆っている。類たちを順番にジロリと見ると、分厚い唇を動かした。


「あんたたちが新入りね。お目通りの際に側室に選ばれなければ、ここで働くことになるんだから死ぬ気で仕事を覚えなさいな」

「ええ〜? ここで〜?」


 あからさまに嫌そうな顔をしたヘルガをギロリと鋭い目つきで睨んだその女は、どんっと大きな拳で台を叩いた。

 類とヘルガはその大きな音にビクッとする。


「嫌なら出ていったら? 仕事を選べる身分じゃないことを思い知るのね! ここには溢れるほど女がいるんだから!」


 その迫力に二人は青ざめた。




「こうなったら、早いとこあんたに寵姫になってもらって、そのお付きの女官になるしかないわね」


 ヘルガは隣で豆の薄皮を剥きながら言った。類は、これは何の豆だろう、と思いながらそのピンク色の豆をつまんでまじまじと見る。


「ちょっと聞いてる!?」

「····聞いてなかった」

「あんたね〜! 自分の人生かかってんだから真剣にやりなさいよ」

「····人生ね〜····」


 類はもちろん目的を忘れてはいない。雷帝に取り入って49日以内に元の世界へ帰る。それは絶対にそうするつもりだ。しかし今は雷帝がいないので頑張りようがない。

 そこでふと気づいた。人間の世界の49日と、ここでの49日は果たして同じなのか。


「ねぇ、ヘルガ」

「なによ?」

「人間の世界と天上の世界、時間の流れは同じなのかな?」

「はぁ? なんでそんなこと聞くの?」

「いやぁ、何となく。気になって。情報屋の娘でもそれは知らない?」

「········。知ってるけど····」

「じゃあ教えて?」

 

 類が首を傾けてヘルガに媚びるように言うと、何故か正面で作業していた下女たちが一斉に手元を狂わせ道具を落とす。

 その揃いすぎた動作はまるでコントのようだった。


 唖然としてそれを見る類と、プハッと噴き出すヘルガ。


「ル····ルイ····あんた雷帝にライバル視されないようにだけは気をつけなよ」


 ヘルガは笑いを堪えるようにプルプル震えながら言った。


 


 仕事を終えた二人は皆と一緒に食事を取り、同じ部屋に案内された。下女の部屋は全て二人部屋のようだ。大部屋でなく二人部屋とは、下働きのわりになかなか待遇が良い。


 そして一日しか接していないが、類はヘルガとは何となく相性が良いような気がしていた。類に対して遠慮なく発言するし、顔を赤らめたりもしない。対等に接することが出来る感じがして、実はかなり嬉しかった。


 高校に入ってから、そういう友達はほぼいなくなった。女子は類を擬似恋愛の対象として見ることが多かったし、男子には敬遠されていたからだ。

 ヘルガと同部屋で良かったと類は思った。


「ねぇ、ヘルガ。そろそろ教えてよ。人間界と天上界の時間の流れについて」


 あれからもったいぶって答えを教えてくれなかったヘルガに、類はベッドにうつ伏せで寝そべったまま上目遣いで言った。


 椅子に座って三つ編みを解きながら、チラリと横目でそんな類を見たヘルガは、唇の端を少し持ち上げる。


「じゃあ教える代わりに、あたしをあんたのお付きの女官にしてくれる?」

「いや、まだ側室になると決まってないから」

「だーかーらー、あんたならなれるって言ってんでしょ!? 雷帝のモロ好みじゃん」

「男っぽいのに?」

「····分かってないなぁ」


 ふぅと溜息をついて、ヘルガは腰を上げる。そして寝そべる類に近づくと、グイッとその尖った顎を右手で掴み、自身の顔を近づける。鼻の先端が触れるのではないかと思うくらいの近さだ。


「な、なに!?」


 類は突然のその行為にドキッとして固まる。


「男とか女とか関係ないの。あんたはモテる要素を併せ持ち過ぎてる。今までモテてたでしょ? あんたを欲しがる者はこの天上界にも星の数ほどいるよ」


 ヘルガはじっと類を見つめながら続ける。


「そんなヤツを雷帝が見逃すハズない。しかも顔、体型を始め全てが完璧に雷帝好み。これであんたが側室になれなきゃ逆に誰がなれんの? って感じよ」

「そ、それならわざわざ女の格好しなくてもいいんじゃ····?」

 

 類はヘルガの顔から距離を取ろうとするが、顎に置かれた手はそれを許さない。というか今日会ったばかりなのに、何故そこまで類のことが分かるのか。


「さっきも言ったでしょ? モロ男だとライバル視される可能性があるって。雷帝は短気ですぐ手が出るから、第一印象は良くしとかないと。勢いあまって初見で殺されたらたまんないじゃない」


 初見で殺される····。そんなにヤバいやつなの!? と類は青くなった。短気にも程がある。


 ヘルガはようやく類の顎から手を離すと、ふいっと踵を返し椅子にどかっと腰掛け足を組んだ。


「雷帝が戻ったらあたしがあんたを仕上げてあげるよ」


 ニコッと笑って、ヘルガは再び三つ編みを解き始めた。全て解いて大ぶりのウェーブのロングヘアになったヘルガはより美人に見えた。三つ編みの時よりも大人っぽい。


「ヘルガはなんで女官がいいの? 側室の方が良い暮らしが出来そうだけど」


 掴まれていた顎を触りながら類がそう言うと、ヘルガは嫌がるように顔を歪める。


「なぁぁんであたしが雷帝の夜伽の相手をしなきゃなんないのよ。側室になったらそれから逃れられないでしょ? 絶対に嫌よ」

「え? 私にそれをさせようとしてるんだよね?」

「あんたはいいの! 寵姫になるならそれはそれで幸せじゃない」


 ヘルガは堂々と自身に都合の良い解釈で話す。気持ちが良いくらいにそうなので、類はツッコむ気も失せる。まあいいか、と最初に話を戻す。


「で? 時間の話!」


 類が言うと、ヘルガは、ああはいはい、と観念したように笑う。


「あんたってここの住人じゃないんでしょ?」

「え? ····あ、う、うん」


 逆に質問され、類は少し戸惑う。正直に言ったら····駄目だろうな。死神との会話を思い出し、慎重に答えようと構える。

 

「冥界から来たの?」

「う、うん」

「だと思った。天上界の住人がそんなこと気にするわけないもんね。死んだばっかりなんでしょ?」


 物騒な言葉を平然と放つのに違和感を感じながらも、類はコクリと頷く。


「人間界と天上界の時間の流れは一緒。冥界も。住人の寿命が違うから感じ方は全然違うんだろうけどね。ここにずっと住んでる住人はそんなこと考えたこともないと思うわよ。普通は人間界となんて関わらないから」

「ヘルガは? なんでそれを知ってるの?」

「あたしはいろんな場所を旅してるから。そこらのヤツラとは違うのよ」


 類はそうなんだ、とまじまじとヘルガを見る。確かに逞しい感じがするし、この性格ならどこでもやっていけるだろうなと思う。


「天上界の住人は寿命が長いんだ?」

「そうね。人間界と比べれば。でもいずれ皆冥界へ行くのは一緒」

「そうなんだ!?」

「そうよ?」


 類は意外だ、と思った。そもそも天上界の住人に寿命があること自体、類には驚きだった。天使のようなものだと思ってたから。


「じゃあ雷帝にも寿命があるってこと?」


 類が聞くと、ヘルガはうーんと首を傾ける。


「あるにはある····んだろうけど、ないに等しいわね」

「え? そうなの?」

「雷帝は神よ。神は住人とは違うの。この世界を作った一員だから。世界が出来た時から生きてるのよ? ないに等しいでしょ」


 ヘルガは類のベッドと間をあけて隣りにあるベッドに横たわりながら言った。

 

「一緒に寝る?」


 突然ヘルガが自身の隣をペタペタと手で叩きながら言ったのを聞いて、類は「えっ?」となる。


「なんで?」

「死んだばっかでこんなとこに連れて来られて不安かなぁと思って」

「いや、別に?」

「そう」


 そのうち帰る予定だし、とは言わない。つまらなさそうな顔をして、ヘルガはゴロンと仰向けになる。


 類はそんなヘルガの方に目を向ける。ヘルガには不思議な魅力がある。奔放で、何者にも縛られない、雲のように自由な魅力。そんなヘルガが何故不自由な後宮に来たのか、類は違和感を感じずにはいられなかった。


 ベッドに沈みながら、ふと別の疑問が湧いた。そういえば、雷国を始めとした国々の周囲には太陽のような星はなかったのに、何故昼や夜があるのか。

 ヘルガに聞くと「さぁ」と言ったが、天上界の神は人間界の真似をするのが好きだからその一環ではないかと答えた。

 類は天上界が人間界の真似をすることなど有るのかと驚いたが、そういうものなのかととりあえず納得し目を閉じた。

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