第10話 小さな一歩
「悪い、テストなのに朝から呼び出して」
「別に良いけど、昨日の駅のやつか?」
「……知ってたんだな」
「これでも顔は広いんでな」
次の日。俺は朝から瑛二を呼び出していた。
昨日の事を知ってたのかと驚いたが、そういえば昨日はかなり注目されていた事を思い出した。この学校の生徒が見ていてもおかしくない。
「どこまで知ってる?」
「白髪の女子生徒が駅で告白された。それを【氷皇】が止めたって話だな。蒼太もその女子生徒もこの辺じゃ有名人だから割と広まってるかもしれないな」
「俺がどうして止めたのかは?」
「知らない、というか。色んな説が出てるって言った方が正しいな。告白した生徒が手を出そうとしたとか……蒼太がその女子生徒に好意を抱いてるとかで」
「……そうか」
なんとも言えず、ただそう返す事しか出来なかった。
……いや、もうそろそろ直接話さないといけないな。
「少し遠回りをしてすまなかったが、瑛二」
「おう。なんだ」
「まだ自分で確実なものだとは言えないんだが。俺、好きな人が出来た……と思う」
「ほう」
瑛二の目がキランと輝いた。しかし、その表情は至って真面目なものだ。
「昨日助けた子が……前、勉強会をした子だ」
「なんとなくそうだろうなっては思ってたよ。相手があの子だとは思ってなかったけどな」
瑛二も東雲の事は知っているのだろう。クラスでも度々話題になるし。
彼の言葉を聞きながら昨日の事を思い出す。
それだけでも心がザワついていった。
「昨日、その子が告白されてるのを見て……心に霧が掛かったみたいになった。前瑛二が言った、独占欲……に近いものなんだと思う」
「なるほどな。独占欲って言っても悪い事じゃないんだから気にしすぎんなよ? 束縛レベルになったら話は少しだけ変わってくるが」
「そのレベルではない。ただ……嫌だって気づいてしまっただけで、別にどうこうしたいとは思ってない」
そこで言葉を切って、まだ少しだけ躊躇ってしまう。
だが、時間は有限だ。深呼吸を挟んで覚悟を決める。
「彼女は……男の人が苦手で、告白された時は凄く怖がっていた。だから助けた」
「なるほどな」
「ああ。もうあんな顔はさせたくない。彼女にはずっと笑顔で居て欲しい。そう強く思ってる」
「ほう。その言い方だと、男の人は怖くても蒼太は大丈夫、って感じか」
「そう聞いてる」
「ま、二人で勉強会に行ってるし大丈夫なんだろうな」
「……そうだな。その辺りも少し怖いんだが」
「好きだってバレたら嫌われるんじゃないか、みたいな事か?」
瑛二の言葉に頷くと、彼は少しだけ難しそうな表情をした後にじっと俺を見てきた。
「その子とは距離感的にはどんなもんなんだ?」
「距離感……瑛二よりは近いと思う。手や腕がたまに触れたりするくらいの距離感だ」
「うん、それなら問題ねえな。行け」
「は、判断が早くないか?」
瑛二が小さく笑った。
嫌な感じのしない笑い方。いつもの瑛二の笑い方だ。
「距離感ってのはその相手との関係値を示してる事が多い。その子は異性が怖いんだろ?」
「そうだな。電車に居る時も男性が近くに居ると見ていて警戒するのが分かる」
「って事は蒼太。お前が『特別』って事になる」
瑛二の言葉にビクリと肩が跳ねてしまった。
と、特別か。
「お前は相手にとって特別な存在。それは確実だ。覚えておいて欲しい」
「わ、分かった」
瑛二の言葉に頷くが……それでも不安は消えなかった。
「他に何が怖いんだ?」
「関係が壊れてしまう事、だろうか」
「ああ、なるほど。確かに怖いよな。俺も怖かった」
瑛二はうんうんと頷く。本当に聞き上手だな。
彼でなければここまで話す事は出来なかっただろう。
そして、彼が指を一本立てた。
「一歩踏み出す、ってのはそりゃ怖いだろうよ。それも、一歩先に道があるのかどうかも分からない。『あって欲しい』とは思っても、確証はどこにもない」
「……ああ」
「でも、やらなきゃ何も変わらない……なんて無責任な言葉は吐けねえな」
その指を曲げ、彼は不適に笑う。
「それなら、踏み出す一歩を小さくすりゃ良い。最終的に『一歩』と同じ距離を歩けば良いんだからな」
◆◆◆
心臓がずっとうるさかった。
「大丈夫か?」
「……ああ」
俺は今、瑛二と彼女の居る高校へと向かっていた。瑛二の恋人も東雲と同じ高校に通っているらしく……というか、恐らく東雲の友達が瑛二の恋人であった。
東雲の通っている高校も推測でここだろうとしか分かっていなかったのだが、瑛二のお陰で確信を持つ事も出来た。
「でも、お前って行動力あるよな」
「今日行かないと後悔しそうだからな」
東雲は今日傘を忘れていた。それは瑛二の恋人も同じだったらしい。それならばと、二人で向かう事にしたのだ。
もしかしたらコンビニで傘を買っているかもしれないが……彼女の性格からしてそれはなさそうだと判断した。
もし買っていたとしても、時間から考えてもまだ向かっていないはずだ。
瑛二が言うには、ついさっき学校が終わったようだし。
「お、門に警備員さん居んな。こういう時も案外通してくれるから安心してな」
「分かった」
他校に入る事なんて初めての事だ。その辺も少し不安であったが、無事に警備員さんから許可を貰って中に入る事は出来た。
それまでは良かった……のだが
「おお、モテモテだな蒼太」
「なんでこんな事に……」
「まあそりゃ、お前有名人だしな、聞いた事はあっても見た事ない奴らが集まっても来るだろうよ」
「ぐ……せめて通して欲しいんだが」
「傘持ってぎゅうぎゅう詰めになったら壁みたいなもんだしな」
けらけらと笑う瑛二であるが、本当にどうしようか。
悩んでいると、一人の男性教員が校舎から歩いてきた。
「そこ! 集らない! 学外の人に迷惑でしょう!」
「お、緩んだな。行くぞ、蒼太」
「い、行けるか?」
「こういう時はガンガン行った方が進めるもんなんだよ。さっきまでならともかく、先生も来た事だしな」
瑛二が先に進むと、その言葉通り固まっていた生徒達が崩れていく。
それに続いて歩くと、集団は少しずつ道をあけていく。最終的に二列に別れた。
「ありがとうございまーす!」
「あ、ありがとうございます」
先生らしき人にお礼を告げて、玄関を目指すと――見えた。
雨の中でも分かる、白く光を反射する髪。
この髪を持つ少女を俺は一人しか知らない。
「お、居た居た」
瑛二が傘を少し上げ、手を振った。一人の少女に向けて。
「よーっす霧香。迎えに来たぞー」
その様子を横目に、俺も傘を上げる。
「東雲」
自然と頬が緩んでいく。彼女の驚いている表情を見ると、先程までの緊張も忘れてしまった。
「――海以、くん?」
「今朝、傘忘れたって言ってたから。迎えに来た」
短いが、確かな一歩を進むために。頑張ろう。
◆◆◆
「初めまして。お二人が東雲のお友達ですよね。東雲の……電車の中で話し相手をしてる、
「は、初めまして。
「
「霧香ちゃんはなんでいきなり辞世の句を詠み始めたの?」
「昨日なぎりんを怖い目に遭わせちゃったから……最期に詠んでみたくて」
「……楽しいお友達なんだな? ちょっと俺に対して色々認識の
「そ、そうですね?」
瑛二がケラケラと笑い、明るい髪色をした少女の隣に立った。
「蒼太。今辞世の句を詠んだのが俺の彼女の
「は、初めまして。
「冗談はそれくらいでな」
「あでっ」
瑛二が西沢さんにデコピンをし、話が断ち切られる。さすがに冗談だったようで安心する。
「て、ていうかなんで【氷皇】……じゃなくて、海以君が瑛二と?」
「最近やっと仲良くなってな。ほら、前言ってたろ? 仲良くしたい奴がいるって」
「それが彼って初耳なんだけど」
「そりゃ言ってなかったしな」
そのやりとりを横目に、東雲と羽山さんが驚いた表情をしていた。
「すっごい偶然だね。友達二人の恋人が友達同士って」
「本当にそうですね。……ひ、光ちゃん!? い、今なんて言いました!?」
「あ、ごめん。素で間違えた」
「光ちゃん!」
二人の会話に思わず笑ってしまった。
――良いな。ここだと東雲がずっと笑顔なの。
「そ、それより。海以君はどうして……い、いえ。傘を忘れたからだと分かっては居るんですが」
「……そうだな。東雲。少し耳貸してくれ」
「は、はい」
大声で話すのは
東雲に一歩近づき、その耳に口を寄せた。
「……昨日、東雲が告白される話をしてたから。俺が行けば、東雲が告白されたり、昨日みたいな事が減るんじゃ無いかと思って」
「――そ、それで来てくれたんですか?」
「ああ。お節介だったら悪い」
そこで離れると、東雲が顔を……耳まで真っ赤にしていた。
「……お、お節介なんかじゃ、ありませんよ」
口元がもにょもにょとしていて、彼女は自分の頬を手で押さえた。
「ちょ、ちょっと嬉しくてどうにかなっちゃいそうなくらいには、嬉しいです」
「それなら良かった」
東雲が諦めて手を離すと、口角が上がって笑顔になっていく。
自然とこちらまで笑顔になる。
「あと、一つ。東雲に言いたい事があってな」
「わ、私に言いたい事ですか?」
「ああ」
大きく頷き、自分の胸に手を当てて深呼吸をする。
気がつけば、心臓の音が雨にも負けないくらい大きくなっていた。
口の中でよし、と呟く。覚悟は決まった。
「――東雲。俺と友達になって欲しい」
「……!」
蒼い瞳が大きく見開かれる。
陽の差し込んだ海のように綺麗で、ずっと見ていたくなってしまう瞳だ。
「今よりもっと、東雲と仲良くなりたいんだ」
そして、そうなるために必要な言葉は――これが一番、最適解じゃないかと思ったから。
彼女の前に手を差し出す。
「――だから、俺の初めての友達になって欲しい」
「……もう。本当に海以君は」
東雲が小さく呟き、空気が抜けたように笑った。
「ならせてください。海以君……いいえ。
差し出した手が強く握られた。
「蒼太君も、これからは私の事を凪って呼んでください」
「わ、分かった。……
そして、東雲……凪がとん、と弾むような足取りで隣に来る。それを三人がじっと見つめていた。
「……瑛二って友達じゃなかったの?」
「俺はただ仲が良かっただけだよ。……これからは違うだろうけどな。蒼太、俺は二番目の友達で良いんだよな?」
「……あ、ああ。悪いな。さっきは」
「俺もちょっと驚いたけど、事情を聞いちゃしょうがねえわな。俺の初めての友達も特別な存在だったしな」
瑛二には話していたのだ。少しだけ友達になるのは待って欲しい、と。
……友達というものは自然となるものだと理解してる。それでも俺は言葉にしたかったから。
「そろそろ行きましょうか。蒼太君」
「そうだな。目立って仕方ないし」
「ふふ。それではまた来週ですね、霧香ちゃん。光ちゃん」
「なぎりんの笑顔がいつもの三倍くらい輝いて見える……また来週、話聞かせてね」
「……ほんと、楽しそうで何よりだよ。また来週ね」
「瑛二もまた来週な」
「おー、また来週な」
凪を見れば、こくりと頷かれる。
彼女の手はずっと、傘を持つ俺の手に重ねられていた。
◆◆◆
「蒼太君」
「なんだ?」
「実は一つ、お願いしたい事があるんです」
自然と足が止まった。学校からも離れていて、人通りも少ないから少しくらいは大丈夫だろう。
「打ち上げの場所、まだ決まってなかったじゃないですか」
「……そういえばまだ決めてなかったな」
「はい。それで、蒼太君が良ければなんですが……」
凪が真っ白な肌を朱色に染めながら、じっと俺を見つめる。
「――蒼太君のお家で、出来ないでしょうか」
「……ッ!?」
「無理なら大丈夫です。……でも、私も蒼太君の事が知りたいんです」
傘を持つ手を握る力が強くなった。心臓の音が更に一段階大きくなる。
「それに、私も蒼太君の……は、初めてのお友達になったんですから。ご、ご両親にご挨拶したいなと」
「な、凪?」
「も、もちろん私のパパとママとも会って欲しいんですが、それはまたの機会で大丈夫です。……どうでしょうか」
頭の整理が追いつかない。お父様とお母様に挨拶?
……いや、でも。初めての友達なんだ。二人もきっと……喜んでくれる、と思う。
何より、須坂さんはとても喜んでくれるだろう。
「……分かった」
「……! い、いいんですか?」
「ああ。お父様もお母様も明日は用事がなかったはずだ。後で聞いておく」
「やった……!」
凪の手を握る力が強くなる。その笑顔を見ていると、顔に熱が集まっていくのが分かった。
「これから、もっと仲良くなって行きましょうね。蒼太君」
「……ああ。その、よろしく」
「ふふ、よろしくお願いします」
凪が近づいてきて、肩が触れ合うほどに近くなる。
友達になる。それは小さな一歩だった……はずなんだけどな。
俺が想像していた以上に、この一歩は大きかったようだ。
――――――――――――――――――――――
あとがき
皐月です。ここでIFを終わろうかなと当初は考えていたんですが、あと三、四話だけ続く事にしました。
あとほんの少しだけお付き合い頂ければ幸いです。
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