30.§6-5 鳴った、電話。
ツーアウト、と繰り返して202さんは指を二本立てた。
「今回のところは、301さんと203さんふたり合わせてツーアウト。スリーアウト目をとったほうが負け。自主退去ね」
「待って、野球のアウトカウントっていういう数え方じゃないんだけど」
「いや知らんし」
202さんはドゥッフッフと笑い、さあ飲みましょう、食べましょうとワインの瓶を振り上げる。
「あっ待って。その前にこれ、もう消すね」
ワイン瓶をテーブルに置いた202さんはスマホを取り出す。そしてあたしたち全員が見守る中、くだんの動画を削除した。
「301さんがちゃんと皆の前でゴメンナサイしたら削除する約束でしたもん。ね、301さん?」
「やっ、違っ、私は心から謝罪を!」
301さんの声がワンオクターブ跳ね上がって聞き慣れた金切り声になる。どうやら魔法が解けて素に戻ったらしい。
「はいはい、その動画を消して貰うために頑張ってたのね。わかってましたよ」
201さんが呆れ声で肩をすくめる。
「ね。急な人格チェンジでびっくりしたもん。――301さんの性格がそう簡単に変わるわけないって」
203さんもほろ苦く笑う。
「違うの、203さん、信じて、私は本当に!」
「ええ。私もさっき言ったのは本当。だから今回はツーアウトでいいでしょう?」
再びの火種だ。
あたしもつられて愛想笑いを返し、ふと思いついて挙手した。
「えっと皆さんにご提案なんですが。とりあえず今回のようなトラブルを避けるためにもまずキッチン周りのゴミ処理と就寝前の拭き掃除について明文化したルールを設ける必要があるでしょう。皆が揃っているこの場で決めちゃいましょうよ、衛生観の摺り合わせと最低限の家事ルールを」
あたしの提案に「さっすがバリキャリ!会議っぽい!」と202さんが茶々を入れる。善くも悪くも空気が動くタイミングはいつも202さんだ。
「それじゃ食べながら飲みながらでいいけれど、まず301さんがいつもひとりでやってくれている膨大数の〝名も無き家事〟の洗い出しから――後でまとめるからあたしが書記役で録音しましょうか」
と、誰かのスマホが鳴った。
あたしの通話着信と同じメロディだったのでどきりとしたが、あたしではない。
「あ」
スマホを手に妙な声を上げたのは301さんだった。
202さんが無遠慮に覗き込む。
「んんん? 東京局番の怪しい固定電話だね。無視したほうがいいよ」
「いやっ、これは、これは……! ちょっと失礼、電話とるから」
301さんが席を立つ。駆け出そうとする。
「お待ちなさいな。このタイミングでどうしても取らなきゃいけない大事な電話なの?」
201さんが制する。
着信の軽やかな電子音が鳴り続けている。
「申し訳ない、すぐ戻るから!」
そう告げて301さんは階段を駆け上がりながら「はい、もしもし、小川です
!」とスマホに叫んでいる。
彼女が一階に戻ってきたのは十分後だった。
ひどく顔色が悪かった。
そのせいであたしたち四人は、さっきの電話が彼女にのっぴきならない悲報を告げたのだと予想した。たとえば実家で不幸があったとか。会社が倒産したとか。
「わ……わ……」
明らかに気が動転している。顔面が硬直している。小刻みに震えている。
「どうしたの301さん。気分が悪いなら部屋で休んだほうが」
「わ、私の、小説、新人賞の、最終選考、の、残った……連絡だった……」
「はい?」
あたしたちは顔を見合わせる。
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