第13話 エリュシア古王国が遺した地下迷宮
星歴899年 11月20日 午後17時25分
ベルイット辺境領 エルム
俺たちは、エルム
黒き魔導騎士クロイツエルから提供された地図には、簡単な資料が添付されていた。
「絵物語みたい。綺麗ね」
と、フィアが資料に添えられた挿絵に歓声をあげた。
エルム
現在は、誰も住んでいない荒れ果てたベルイット辺境領も、古王国時代には繁栄を王がした歴史があるらしい。ベルメト関門は、大勢の商人や旅人でごった返していた。
エルム
しかし、古王国が滅びた後は、放置されて、現在は魔物が棲む地下迷宮へ変貌していた。
◇ ◇
まず、森の中で枯れ枝を集め、たいまつを作った。ごく簡単だが、たいまつだ。
フィアの魔法を頼れば、光の魔法くらいは問題ない。
しかし、たいまつには、酸欠の危険を察知できることや、魔物相手に武器にできるメリットがある。
エルム
さらに、魔物の住処となっている。おそらくスライムなど弱小魔物だが、閉鎖空間内で多数が出現する状況は厳しい。このような場面では、たいまつ、つまり炎を振りかざすことで対処がかなり有利になるはずだ。
◇ ◇
エルム
「さすが、魔道技術のエリュシア古王国。数百年もメンテなしでも、灯火の魔導は問題なしか」
俺は感嘆した。
奴隷として首輪を填められ地下牢に繋がれていたが、ギルク伯爵は書籍を差し入れてくれた。だから、書籍で手に入る限りの情報はすでに得ていた。
ギルク伯爵はムカつくブタ野郎だが、武人なのは確かだ。
獣人の俺が読書を望んでも、変な差別をすることもなく、必要な書籍を貸し出してくれた。
しかし、俺は感謝はしない。
あのブタ野郎が考えていることは、勇者の複アカにされた俺から、いかに効率よく経験値を搾り取るか? それだけだ。
異世界から召喚された俺が、無知のままでは、経験値やスキル、魔法の獲得に差し障る。俺が手に入れた経験値やスキルは、すべて魔法によりコピーされて、安全な王都にいる勇者王太子へ献上されるのだ。
魔法も習得を求められた。
文武両道に長けることが、複アカ勇者として必要なことだからだ。
◇ ◇
トラブったのは、地下第4階層へ降りた時だった。
灯火の魔法が、突然、魔物の群れに変化した。
通路の両脇に掲げられていた灯火の列が、勝手に動き出して、魔物の群れに変化したのだ。
「な、この、数が多いぜ!」
水系統の弱小獣魔の群れを想定して対策していた。当てが外れた。
「もう、〈聖なる水よ。障壁となり我らを守り給え〉」
フィアが水魔法で防壁を展開したが、数が多すぎた。
水の防壁魔法は簡単に蒸発した。
「うそっ!?」
「フィア、こっちだ!」
フィアが驚きの悲鳴をあげた。思わず立ち尽くしてしまったフィアの手を、引っ張った。俺の毛皮の中にフィアを抱き込んで、庇う。繊細な白銀の髪の少女に、火傷をさせるわけにはいかない。
俺は、戦斧を盾代わりに、何とか炎の大群に対抗したが……
しっぽの毛が焦げる嫌な臭いがした。
その時、俺の腕の中で、フィアが何かに気付いた。
「もしかして……?」
フィアが一瞬、素早く横目で地下隧道の一角を見遣った。
それから、俺のウエストポーチをまさぐり、ガラスの空き瓶をひとつ引っ張り出した。
「それなら…… 〈燭光の焔よ 温めよ〉」
フィアの小さな両手が、ガラス瓶を包んだ。ガラス瓶の中を火魔法で一瞬だけ、あぶった。すぐ、コルクで蓋をした。
「
「あいつ……?」
「あそこ…… 小さい火が通路の角に隠れている。あいつが多分、本命だと思うの」
フィアが目線だけで示した。うっかり指さすと気取られるから、俺も横目でフィアが言う階段通路の端、石壁の角を見遣った。
クォータエルフのフィアの感覚は鋭い。魔法的な感覚に関しては、信頼して良い。
「なるほど、あいつか」
獣人の俺も、フィアほど鋭敏ではないが…… なるほどと感じた。
ガラス瓶を投げ転がした。
からん からん からん と乾いた音を立てて、ガラス瓶が狙いどおりに石壁の角に転がる。獣人の体は、腕力だけでなく、ボール投げにもプラス補正が得られる。
ぼっ?
小さな炎の獣魔が、ふいに転がってきたガラス瓶に反応した。
俺は、コルク栓に結んでいた細い糸を、勢いよくピンと引っ張った。予め少し緩めておいたコルク栓が、炎の獣魔の前で抜けた。
ぼぼぼっ!?
ガラス瓶の中へ炎の獣魔が吸い込まれた。
フィアが予め火の魔法でガラス瓶の中をあぶり、熱膨張した空気を詰めた。コルク栓を締めた。転がる途中でガラス瓶は冷えた。コルク栓を抜いた時、ガラス瓶内部の空気は冷えて体積が収縮していた。
結果、炎の獣魔はあっけなく吸い込まれてビン詰めにされた。
俺は素早く駆け寄り、ガラス瓶を拾うとコルク栓をぎっちりねじ込んだ。
とたん、暴れまわっていた炎の魔物の大群が搔き消され、灯火の魔法の列に戻った。
「本当に、こいつが本体かよ」
ガラス瓶の中へ捕らえた炎の獣魔は、何というか、ちんまりしていた。小さなガラス瓶に収まるほど、ちんまりサイズだ。捕らえて見ると、何と言うか、拍子抜けだった。
ちんまりサイズが本体で、俺たちを取り囲んでいたのは、幻影だった。
しかし、魔法で作られた幻影だ。実害がある。俺の自慢の淡青色のしっぽが、無様な焦げ目を焼き付けられていた。幻影の炎が消えても、焦げたしっぽは戻らない。
俺は、嗜虐的な笑いをして見せた。
「こいつどうする? このまま酸欠で消滅するまで待つか?」
ぼぼぼ! とガラス瓶の中で、かなり弱弱しく炎が揺らめいて抗議した。
「ううん。この子も使えそうな気がします」
フィアはまたしても人差し指の先に小刀を当てた。血を与えて奴隷契約を結ぶつもりなのか?
コルク栓を抜こうとして…… 抜けない。さっき俺が力任せにぐりぐり栓をねじ込んだからな。
「
フィアがガラス瓶を突き出した。
「またかよ、こんな、ちんまりサイズの炎も従者にすると……?」
「はい!」
元気よく返った答えに、俺は呆れた。
フィア、もしかして、動物大好きなのか?
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