獣の魔法使い
カササギ
魔法使いの葬儀
マケデリア帝國の首都であるギリグ。黒く、厚い雲に覆われたこの街で、喪服を着た老若男女が長い長い列を成していた。
何キロにも及ぶその列の最終地点。
その大聖堂の中では、一人の小さな老人が安らかな眠りに就いていた。
彼の名はギルバルド・エルマス。
皇帝マクシミリア12世から4代の皇帝に仕え、現帝國の躍進を支えた一人である偉大なる魔法使い。
彼の御尊顔を拝する為、多くの帝國民は一人一輪の百合の花を持ち、長い長い列の中を静かに、ゆっくりと歩んでゆく。
朝から続くこの長い葬儀も未だ終わりは見えてこない。
その光景を窓辺から眺める若き皇帝マクシミリア15世は偉大なる魔法使いに敬服すると同時に、嫉妬という醜い感情も抱いていた。
きっとこの先、彼の皇帝が亡くなろうと、ここまでの帝國民が押し寄せることは絶対に無い。
皇帝よりも慕われる臣下。
その存在をまざまざと見せつけられ、如何に彼の者が偉大だったか、如何に魔法使いという存在が偉大だったか、身をもって思い知ることとなった。
「如何ですかな、皇帝陛下。」
しゃがれた声に対して、振り向くことなく、皇帝は答える。
「壮観な光景であるな、新議長殿。」
「全くでございます。この先、どのような傑物が生まれようとも、これだけの民を慕わせることは叶いませぬ。全く、本当に帝國は惜しい御方を亡くした。」
元老院、イーリアス新議長。皴が寄り、細くなった目元から、一筋の雫が流れていく。
「そのような事は決してない。」
若き皇帝は力強く返答した。
「と、仰いますと。」
「我々は生者だ。彼の者が偉大であり続けるのと同時に、我々は彼の者を超し、新たなる時代の扉を開く義務がある。故に、我は彼の者を羨むことなど決してない。我は必ず彼の者と肩を並べる傑物に足る皇帝なのだから。」
皇帝がそう宣言すると、重く垂れこめた黒雲から一筋の光が差し込んでいく。
光の筋は少しずつ広がりを見せ、帝都全体に温かさを導いていった。
その光景を眺めていた議長の目には溢れんばかりの歓喜の雫が零れ落ちていった。
「正しく、皇帝陛下にふさわしきお言葉。私も益々精進せねばなりますまい。それこそが、生者に相応しき姿ですからな。」
議長は長く蓄えた立派な白髭を撫でると、満足そうにその場を後にする。
そして、皇帝は苦虫を噛み潰したような顔でその場を後にした。
帝國音楽隊によるレクイエムが鳴り響く大聖堂。
大聖堂に入場を許された高貴なる人々が死者に祈りをささげている。
彼の曾々孫である赤子でさえも、泣くことなく、ただ静かに葬儀を見守っている。
皇帝が優雅に葬儀代の前に立ち、蠟燭に灯りを灯してゆく。
ひとつ、ひとつ。
灯りが灯されていく。
最後に眠れる棺の祭壇に皇帝が火を灯す。
すると炎はゆっくりと広がり、棺を包み込むような火柱となる。
やがて火柱は馬の形となると棺を瞬く間に燃やし尽くし、大聖堂の小窓から大空へと駆け上っていった。
唖然とする人々の中、元老院の者達は何処か満足げに祈りを捧げた。
静かな式典が終わり、皇帝は英雄の丘を登っていた。
この丘は帝國において最も神聖な場所の一つであり、限られた人物しか入場を許されない、あらゆる時代の英雄達が眠る安らぎの丘である。
この丘の特徴として、遺骸や遺灰、装飾品などは埋められてはいない。あるのは石で出来た武骨な墓標のみである。
その墓標には英雄達の功績が事細かに刻まれており、神々の加護により、削れ、消え去るものは無い。
もし、あるとするならば、それはその者が英雄で無かっただけの話である。
皇帝の手には神殿で聖者達によって刻まれたばかりのギルバルドの墓標がある。
この墓標に刻まれた文字の小ささは正しく彼の偉大さを象徴するものである。
やはり、どうしても嫉妬せずにはいられない。
成れないとは分かっていても、手を伸ばしたくなるのは人の業そのものである。
墓所の門をくぐってから、30分程。皇帝はなだらかな丘の中心にやってきた。
ここからは帝都が一望できる。
正に、国の為に死力を尽くした英雄に相応しき寝床である。
皇帝は螺旋状に伸びる墓標軍の末席にギルバルドの墓標を突き刺す。
すると、一陣の暖かな風が肌を撫でた。
もうすぐ、夏の季節がやってくる。
皇帝は大変重要な勤めを終えると、玉座に帰るのではなく、白狼の城の更に奥、歴代皇族が眠る墓所に足を運んだ。
そこは英雄の丘とは異なり、豪華絢爛、才色兼備を施した煌びやかな墓石が数多く並んでいる。
皇帝は一番奥、初代皇帝に祈りを捧げ、そして自らの祖父である12世、父13世、兄14世にそれぞれ英雄の死去を報告する。
「我が祖父よ。貴方が目を賭けたギルバルドは帝國の英雄となり、この世を去りました。これで貴方の功績はまた一つ増えました。」
「父よ。ギルバルドが天寿を全うされました。生前のいざこざは水に流し、酒でも酌み交わしてください。」
「兄よ。私を恨んでいるだろう。だが、生き残ったのはこの私だ。恩師であるギルバルド殿は英雄の御霊となり、私は未来を導く皇帝となった。時期に其方は歴史から忘れ去られる。それまでせいぜい師と語り合うが良い。時間はいくらでもあろうからな。そして、我を侮った事、悔い改めるがよい。」
そう言うと、皇帝は14世の簡素な墓石に斧を叩きつける。すると、いとも容易く真っ二つに割れてしまった。
「やはり、神は私に味方した。」
そう言い残すと、皇帝は墓守に14代の墓を取り除くよう命じ、白狼の城へと馬を走らせた。
現在、大陸で確認されている魔法使いは6人。
内二人が帝国内に拠点を構えている。
彼の者達は魔法使いという素晴らしい際に溢れた人物達なのだが、如何せんどちらも正確に難があり、帝國に仕えてはいない。
つまり、帝國に帰属する魔法使いで言うと0ということになる。
これは由々しき問題である。
帝國は今現在、最も大陸に覇を轟かせている国である。
しかし、それは魔法使いという戦力あってこそである。
現在、空白となった魔法使いの席を早く埋めなければ、いずれ他国、特に魔法使いを有する3国に攻め入られるのは必至。
これを防ぐため、新時代の皇帝が行う初めての大仕事こそ、魔法使い探索である。
魔法使いは世界中にその卵達が居る。
しかし、その卵が孵化するかどうかは運命の神次第。
気紛れに生まれる魔法使いを、例え他国の領民からでも誘い、国の中枢に招き入れる。
それこそが大国となる必須条件である。
その御触れを出して一ヶ月。未だ、目立った報告は届いては居なかった。
「どうしたものか。」
執務室で皇帝は腕組みをする。
いっそのこと帝国内の魔法使い、「水の魔法使い」「鉄の魔法使い」のどちらかを勧誘すべきか。
いや、下手に動いて帝國から出ていかれればそれこそ国家の終焉、最後の皇帝となってしまう。
頭を悩ませる彼のもとに、紅茶と茶菓子、そして、一通の手紙が持ち込まれた。
差出人は「水の魔法使い エミリア・マクリスタ」
皇帝は素早くペーパーナイフで封を切る。
そこには一枚の便箋が入っているのみだった。
皇帝は紅茶を一口飲んだ後、便箋を開き、目を通した。
そこには、回りくどい文章も、相手に対する気遣いもなく、ただ簡素な一文が記載されているだけであった。
「霊峰の麓、アーランダ族に魔法使いが生まれたようだ。行って確かめるが吉だろう。」
只の一文。
しかし、皇帝が待ち望んだ一文である。
喜びの余り、勢い良く立ち上がったのもつかの間、ふと我に返る。
アーランダ族は魂の獣をもつ神秘の一族。
その人物どころか、霊峰に入る事すら困難な神秘が守る秘境。
一体、どうやって捜索隊を送るか。
悩める皇帝はふと、便箋の裏を見る。
そこには小さな文字で
「一先ず、私が面倒を見てあげる。褒美を期待する。」
との文字が。
皇帝は一先ず、水の様な紅茶を飲み干し、甘いであろう菓子を食し、頭の中を整理する。その議題は勿論、褒美の金額、魔法使いの帰属元についてである。
皇帝は歴代皇帝の鬘姿について、漸しの理解を示すのであった。
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