第63話 甘い空気が漂う
注文したものが置かれたトレイを持って、僕たちは空いていた席に座った。
「注文してから出てくるまでがとても早かったですね」
僕たちが注文をした時、奇跡的に僕たち以外のお客さんがいなかったのですぐに商品が用意された。
日曜日のお昼時で、若者に人気のファストフード店で、こんなことありえないはずなんだけどな。
「今日は運が良かったんだよ。本当なら今みたいにもっとお客さんがいるはずだから」
僕はそう言いながらハンバーガーショップを指さした。
そのハンバーガーショップは、今はめちゃくちゃ人が並んでいて、スタッフさんが全員忙しなく動いていた。
「す、すごいですね……」
それを見た清華さんは苦笑いをしていた。
「さぁ、冷めないうちに食べようよ」
「そうですね」
僕たちはハンバーガーが包まれた紙を半分ほど取った。
ちなみに清華さんが注文したのはオーソドックスなハンバーガーで、僕はチーズバーガーを注文した。
「えっと……そのままかじりつくんですよね?」
「そうだよ」
清華さんよく知ってたな……というのはさすがに失礼か。テレビでも有名ハンバーガーチェーン店のCMは毎日見るだろうし。
ただ、清華さんの口は小さいし、そもそも口を大きく開けるのを見たことがない。
「き、恭平さん。その……あまりまじまじ見られると、食べにくいのですが……」
「え? あ、あぁ……ごめん」
清華さんがどんな風にかじりつくのか興味津々だった僕は、つい清華さんをじっと見つめてしまった。
「……食べたあとなら、いくらでも見てかまいませんから」
「なにか言った?」
なんか清華さんがボソボソと呟いた気がするんだけど、声が小さかったのと、周りのお客さんの声でほぼかき消されていた。
「な、なんでもありません! ……では。……あ~ん!」
清華さんは口を目一杯広げてハンバーガーにかじりついた。
初めてのハンバーガー……お味はいかに!?
「……お、美味しいです!」
清華さんは手で口を隠しながら言った。
「ハンバーグもよく火が通っていますし、噛んだらふわりと肉汁が広がります。それにこのレタスも、レタスにかかっているマヨネーズでしょうか……それもいいアクセントになって……ハンバーガーってこんなに美味しかったのですね!」
「清華さん、ピクルスは平気?」
もう少ししたらピクルスが乗っているであろう部分まで達する清華さんのハンバーガー。
ピクルスはその独特の風味と味で避ける人もいるけど……。
「大丈夫ですよ。わたくし、食べ物で嫌いなものはありませんから」
そう言って、清華さんはまた一口ハンバーガーにかじりつき、幸せな表情で頬張っている。
そうだ。清華さんばかり見ていないで、僕も食べないとね。
僕は自分が注文したチーズバーガーを一口食べた。
うん。このチーズがたまらないんだよね。
「……恭平さんのチーズバーガーも美味しそうですね」
「へ?」
清華さんの声で、僕は食べるのを中断して清華さんを見ると、清華さんはチーズバーガーを物欲しそうな目で見ていた。
「えっと……欲しいなら注文してこようか?」
「そ、それだと食べ切れる自身もないですから……えっと、よ、良ければ、……恭平さんのを一口いただいてもいいでしょうか?」
「えぇ!?」
僕が食べているチーズバーガーを、清華さんが食べる!?
いやいや、確かに僕たちは今デートをしているけど、そんな本物のカップルしか許されないような真似を、僕としていいの!? 『聖女』と言われている清華さんが!?
清華さん、ものすごく顔が赤い……。きっとすごく勇気を振り絞って言ったんだろうな。
「や、やっぱり……はしたないですか?」
「っ! そ、そんなことないよ。…………はい!」
僕は慌てて清華さんの言葉を否定して、まだかじっていない部分を清華さんに差し出した。
僕の心臓がすごくドキドキいってるし、顔も熱いよ。
「…………えっと、では、失礼します」
清華さんは顔が赤いまま、僕が差し出したチーズバーガーを一口食べた。
その時、清華さんが少し前かがみになったため、清華さんの谷間が見えてしまったため、僕は慌てて目を閉じた。
「……」
目を閉じ、口を指で隠しながらゆっくりとチーズバーガーを咀嚼する清華さん。
「ど、どうかな? 美味しい?」
僕は清華さんがチーズバーガーを飲み込んだタイミングで聞いた。
「はい。とても美味しいです。ですが───」
すると、清華さんは満面の笑みで感想を言ってくれたと思ったら、頬を真っ赤に染めて目を伏せてしまった。
「やはり、食べさせてもらうというのは、少々恥ずかしいですね」
「え? …………あっ!」
清華さんが僕のチーズバーガーを食べたいって言ってきて動揺したけど、僕は清華さんに
「ご、ごめん清華さん! 僕……」
咄嗟の言い訳が思いつかなくて、僕はあたふたしてしまう。
しまったな……清華さんに恥ずかしい思いをさせてしまった。
これは瀬川さんが乱入してデートは強制終了……そして僕は瀬川さんにお仕置き……なんてこともありえるぞ。
「あ、謝らないでください恭平さん! わたくしは嬉しかったので」
「え? 嬉しかったって……」
「い、いえその……そ、そうです! 恭平さんがまだ食べられてない部分を出されたこととか、恭平さんがチーズバーガーの一部をちぎってわたくしに渡さなかったのは、きっと衛生面を気にしていただいたからですよね? だからここはありがとう、です!」
「そ、そうだよ。うん……」
僕に食べさせてもらったから嬉しかった、なんて思うのはいくらなんでも都合が良すぎるか。
「えっと、えっと……よ、良ければ、恭平さんも、食べますか?」
「えぇ!?」
清華さんは先ほどの僕と同じく、ハンバーガーのまだ口をつけていない部分を差し出してきた。
「さ、さぁ恭平さん。遠慮なさらないでガブッといってください」
「…………わ、わかった」
僕はゆっくりと椅子からお尻を浮かし、清華さんのハンバーガーを少しだけいただいた。
「もっと食べてもかまいませんのに……」
「も、もうわりとお腹いっぱいだから。あはは……」
本当はまだ食べれるんだけど、恥ずかしいからそんな嘘をついてしまった。
うぅ……、僕は清華さんにこんなことをさせてしまったのか。これは猛省しないと。
それからは少し甘い空気が漂うなか、僕たちは恥ずかしさから、無言でバーガーを食べ続けた。
「……お二人とも、両想いだと気づいてないのでしょうか?」
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