第34話 『聖女』VS『悪女』④
昨日の夜に見せてくれた恭平さんの笑顔。あの笑顔を見れたのは、坂木さんをはじめとした、昨日カラオケに集まってくれたクラスの皆さんのおかげです。
そして昨夜、恭平さんは言っていました。
『柊さんと竜太が行動を起こしてくれなかったら、僕は今も自分の部屋でうじうじと泣いていたと思う。今も瑠美夏のことで胸は苦しいけど、でも、こうして柊さんに笑いかけれるだけの元気は出たから。だから柊さんはそんな悲しい顔はしないで。……本当にありがとう。柊さん』
恭平さんのその言葉を聞けた時は本当に嬉しかった。
わたくしが恭平さんの笑顔をほんの一時でも取り戻せたこと、恭平さんがかけてくれた優しい言葉。
わたくしの胸は高鳴りましたし、実は少しだけ泣きそうにもなりました。
わたくしの命の恩人である恭平さんのお役に立てたのだから……。
もっともっと、恭平さんのお役に立ちたい。
そして、願わくば恭平さんとお付き合いをして、いつまでも恭平さんの隣にいたい。
「いいわよ。万が一……いえ、億が一あいつがあんたに惚れるようなことがあれば勝手に付き合ったらいいじゃない。私も肩の荷が降りるからwin-winよ」
「本当にいいのですね?」
「ええ、もちろん」
「ご自分の仰ったことに、本当に後悔はないんですね?」
恭平さんの寵愛を自ら放棄するなんて、わたくしにとって信じられない行為なので、ついつい何度も聞いてしまいました。
小泉さん。あなたの手放そうとしているものは、あまりにも大きくて尊いものだと、本当に理解してないのですか?
「しつこいわよ。勝手に持っていったらいいじゃない。持っていけるものならだけど、ね」
小泉さんは不敵にも笑われました。
あぁ、本当にわかっていないのですね……わたくしも覚悟が決まりました。
「ではそのようにさせていただきます。ご自分が言ったこと、決して後悔なさらないでくださいね」
わたくしはもう、恭平さんに好きになってもらうのに躊躇なんていたしません。
小泉さんの中に、少しでも恭平さんを想う気持ちが残っていたなら、わたくしは両想いのお二人の仲に割って入ることを躊躇っていたでしょう。
ですが、小泉さんには恭平さんを想う気持ちはない……何度も確認して言質も取りました。
「行きましょう坂木さん」
「あ、あぁ……」
わたくしは坂木さんと共に教室に戻ろうとしたのですが、坂木さんは歩き出さずにずっと小泉さんを見ています。まだ何か言うことがあるのでしょうか?
「瑠美夏、覚えておくといい」
坂木さんが小泉さんを名前で呼ぶなんて……わたくしは初めて見ました。
きっと、今の関係になる前は、恭平さんと三人で仲良く遊んでらしたのでしょうね……。
「……何よ?」
「餌も与えず散歩もさせず、挙句に精神的苦痛を負わされた犬は、忠犬にはなり得ないってな。お前はいずれ、自分のとった行動を後悔するだろうよ」
それだけ言うと、坂木さんは小泉さんに背を向け、校舎の方に歩き出しました。
わたくしも小泉さんを置いて、坂木さんの隣に並び教室へと戻りました。
「なんなのよ……」
坂木からあいつを返してもらうだけだったのに……。
あとから『聖女』がやって来て、『聖女』はなんて言った? あいつが好き? マジでありえないんだけど。
「でも、なんであの『聖女』はあいつが好きなの……?」
『聖女』とあいつはただのクラスメイトで、この高校に入学して初めて会ったはずなのに。
「まさか、一目惚れ?」
でも残念。あいつは私しか見えてないもの。あいつが自分から私と距離を置くなんて考えられないわ。
あの『聖女』がどんなに頑張っても、『聖女』でも崩せない壁はあるのよ。
「でも……」
坂木が去り際に言っていた言葉が引っかかる。
『餌も与えず散歩もさせず、挙句に精神的苦痛を負わされた犬は、忠犬にはなり得ないってな。お前はいずれ、自分のとった行動に後悔するだろうよ』
……バカね。あいつはそんじょそこらの奴とは違うのよ。
私のことが好きで好きでたまらないの。だからあいつが私から離れるなんて……ありえないんだから。
『聖女』も坂木も、せいぜい無駄な頑張りを続ければいいわ。だけど、どんなに頑張っても、あいつが最後に戻ってくるのは私のそばだけどね。
「あ……」
そういえば、あいつが今どこにいるのか聞くの忘れた……。
まあいいわ。また今度坂木から聞き出してやるんだから。
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