第28話 『聖女』は風呂上がりに恭平の部屋へ①
「はぁ~、お腹いっぱい」
夕食を終え、僕は自分に用意された部屋のソファに座って満腹になったお腹をさすっていた。
時刻は午後九時になろうとしていた。
屋敷を案内してもらっていたら、わりとすぐに夕食となった。
放課後はカラオケしてたから当たり前か。
夕食ではテレビでしか見たことがない横長の大きなテーブルに、高級レストランでしか食べることが出来ないような色とりどりの料理が並べられていた。まさに、目でも楽しむ料理だった。
僕が遠慮していたら柊さんが、「遠慮なさらないでください上原さん。今日はあなたの歓迎会も兼ねて、いつもより豪勢なお料理を頼みましたから」と言っていた。
柊さんの言葉で少しだけ気が楽になった僕は、少しずつ料理を食べた。
月並みだけど、どれもとても美味しかった。それ以外の言葉が見つからなかったと言ってもいい。
夕食の席には、柊さんのお母さんの清美さんもいたけど、柊さんのお父さんはいなかった。
そのことを不思議に思っていると、どうやらお父さんは仕事が忙しいらしく、早く僕に挨拶をしたいけどどうしても抜けられなく、屋敷に帰ってくるのは明後日の土曜日になる、と清美さんが言っていた。
柊さんや清美さんの雰囲気からして、悪く思われている感じではないのだろうけど、やっぱりこの屋敷の所有者にして柊さんのお父さんその人に会うのはやっぱり緊張するなぁ。
それに、瑠美夏……ちゃんと夕食食べたのかなぁ?
一昨日作ったカレーがまだ残っているなら、今日もそれでしのげるかもしれないけど、さすがに明日は……。
やっぱり作りに行った方が……と思った僕の手は震えていた。
瑠美夏の家に行くのを、怖がってるんだな……僕は。
昨日の朝も、瑠美夏の家の前で震えてしまっていたし……。
うぅ……。大好きなはずの幼なじみに、怖いなんて感情を抱くのは間違ってる。間違ってるのに……。
その時、部屋のドアが三回ノックされた。お客さんのようだ。
「上原さん。清華です」
「ひ、柊さん!?」
なんとお客さんは柊さんだった。
この屋敷で僕に用があるとしたら、柊さんか清美さん。それと柊さんのボディーガードの瀬川さんくらいだ。
「入ってもよろしいですか?」
「も、もちろん。どうぞ」
「し、失礼します」
そう言って柊さんは部屋に入ってきた。
「っ!」
柊さんはお風呂上がりなのか、肌がほんのり上気しており、髪も若干濡れている。そして今、柊さんが着ているのはくるぶしまであるロングタイプの白のワンピースだ。
脚はしっかりと隠れているけど、胸元はそこまで隠されてはいないので、柊さんの大きな胸の谷間が少しだけ見えてしまっていて目に毒だ。
でも、なんだろう……。柊さんを見ていると、僕の頭の中で何かがつっかえる感覚がある。
黒髪ロングの女の子に、白のワンピース……。
ずっと昔に、そんな女の子を見たことがあるような……。
「失礼しますね」
僕が考えごとをしていると、柊さんはいつの間にかそばに来ていて、僕の隣にゆっくりと腰を下ろした。
柊さんが近くに! それに、やっぱりお風呂上がりだからか、柊さんからいい匂いがする。とても落ち着かない。
「上原さん。お夕食はいかがでしたか」
「う、うん。とても美味しかった。ありがとう柊さん」
柊さんのいい匂いや胸の谷間が気になるからって動揺したらいけない。平常心を装うんだ。
「ふふっ。夕食を作ったシェフも喜びます」
やっぱりお抱えの料理人がいるんだ。
そりゃそうか。あれほどのクオリティの料理をその道のプロじゃない人が作ってたらそれこそ驚愕の事実だよ。
「ところで上原さん。明日なんですが……」
柊さんは笑顔から一変、真剣な顔をした。どうやら真面目な話をするみたいだ。
僕は居住まいを正した。
「明日?」
「はい。明日、上原さんのご自宅に、この屋敷の人達を向かわせてもよろしいでしょうか?」
「え? どうして?」
物取りをするためじゃないのはわかってるけど、どうして僕の家に?
「上原さんは、必要最低限の荷物しか持たずに坂木さんの家で一泊されたと聞いています。しばらくここで暮らすとなると、やはりご自宅から色々持ってきた方がいいと思うんです。ですので明日、上原さんのご自宅から上原さんの身の回りの物を運びだそうと思ったのですが……ダメ、でしょうか?」
なるほど……そういうことか。
僕としても、それはどうしようかと思い悩んでいたことなので、柊さんの提案はありがたかった。
それにしても、断るつもりはないけど、柊さんの上目遣いはやばいよ。こんな顔されたらとてもノーとは言えないよ。
「じ、じゃあ……お願いしていいかな?」
「っ! はい! 任せてください!」
『聖女』の微笑み……何度見ても見慣れない。
「と言っても、わたくしが何かをするわけではないのですが……」
柊さん、今度はウインクして舌をペロッと出した。
可愛すぎて思わず見惚れてしまう。
柊さんって、本物のお嬢様なんだけど、所々でお嬢様らしくない時がある。もちろん良い意味でだけど。
そのおかげで僕も割と普通に喋れてるからね。
「では明日、上原さんのご自宅の鍵を望月さんにお渡しいただいても構いませんか?」
「わかった。明日、望月さんに会ったら渡しておくね」
「よろしくお願いします。それから、あと一つだけよろしいでしょうか?」
柊さんは眉を下げ、膝の上に置いていた手で拳を作った。
どうやら少し踏み込んだ質問をしてきそうだ。
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