第23話 『聖女』は歌う
「ほら、ご注文のりんごジュースだ」
程なくして、竜太達が帰ってきた。
竜太は両手にグラスを持っており、その一つを僕に渡してくれた。
もう片方のは竜太ので、色、そして炭酸からして多分ジンジャーエールみたいだ。
「ありがとう竜太」
「おう」
「ひ、柊さん。どうぞ!」
クラスメイトの杉内君が、柊さんの飲み物が入ったグラスを置いた。アイスティー、かな?
「ありがとうございます。杉内さん」
「ど、どういたしまして」
杉内君は内気というわけではないけど、彼の声は小さかった。きっと柊さんが好きなのだろう。自分の席に戻った杉内君は、小さくガッツポーズをしていた。
柊さんは容姿端麗で品行方正、文武両道の完璧な美少女。『聖女』と呼ばれていてとんでもなくモテると言われている。
実際、杉内君は柊さんに好意を寄せているだろうし、今もドリンクを取りに行った男子が部屋に戻ってきた時にも柊さんを見ている。その確率、七割を超えていた。
グラスを手に持ち、ゆっくりと口へと持っていき、アイスティーを飲む所作全てが絵になるかのような気品に満ち溢れている。
「はぁ……おいしい」
グラスを口から離し、柊さんはアイスティーの感想を言った。
たったそれだけの、なんでもない動作のはずなのに、ここに来た男子の半数以上は柊さんに見惚れていた。
これが、『聖女』と言われている柊清華さんか……。
「さて、誰から歌う?」
全員が戻ってきたタイミングで、竜太が部屋に備え付けられているタッチパネルを片手に持ち言った。
ただ、トップバッターはやっぱり緊張するので、みんなは手をあげようとしない。
「恭平、歌うか?」
「ぼ、僕!?」
見かねた竜太が、僕を指名してきた。
「いやいや、僕、歌はあまり得意じゃないから……。竜太が歌ってよ」
実は竜太の歌唱力はかなり高い。
イケメンで長身。バスケで鍛えた肉体を持ち、勉強も出来ないわけじゃない。歌も上手くてその上ベースまで弾ける、誰が見ても超ハイスペック男子だ。
僕の一言で、ここに来た女子の何人かの目が輝いた。どうやらその人達は竜太の歌っているところを見たいようだ。
女子のこの反応で分かるように、竜太もモテる。中学の頃から何度か告白されているけど、全て断っているみたい。好きな人でもいるのかな?
でも、竜太は恋バナは全然しないから、単純にそういったことに興味がないだけなのかもしれない。
「まぁ、お前が言うなら歌うけどよ。みんなもいいか?」
全員異論はないみたいで首肯している。
胸の辺りで手を組んでいる女子までいる。
竜太はポチポチとタッチパネルを操作し始めた。一体何を歌うのかちょっとドキドキする。
曲が決まったらしい竜太は、タッチパネルをカラオケ本体に向け送信。
表示された曲は、一昔前に流行ったロックナンバーだ。
曲が始まり、竜太が歌い始めたんだけど、本当に上手い。
竜太の歌を聞いたのは久しぶりなんだけど、最後に聞いたのは確か……二年くらい前だったかな? その時よりも上手くなっている。
そういえば、学校でバンドを組んでいる人達からスカウトされていたと噂で聞いたことがある。竜太はその辺はまったく話してくれないから驚いた。
結局スカウトは断ったみたいだけど。
「坂木君すごく上手~!」
「本当に上手いな! 思わず聞き惚れたわ!」
「お前これ以上モテてどうすんだよ!? もうちょい加減しろよ!」
竜太が歌い終わると、女子の何人かから黄色い歓声が、男子からも驚きの声が上がる。最後のは単なる妬みだけど。
「知らねぇよ。俺は今、彼女作る気はないからな」
そう言って、妬んできた男子を一蹴して腰を下ろした。
「さて、次は誰が歌うよ?」
辺りを見渡すけど誰も手を上げようとはしない。そりゃそうか。竜太の後に歌うと、どうしても竜太と比べられてしまうから誰も歌いたくはないだろうな。僕も同じだ。
「誰も歌わねぇようなら、俺が指名するぞ? ……そうだな、柊さん。歌ってくれよ」
「わ、わたくしですか!?」
竜太が柊さんを指名したことにより、男子からさっきよりも大きな歓声が上がる。
「うおお! 坂木ナイスだ!」
「柊さんの歌、聞いてみたかったんだ!」
「声も綺麗だから、絶対に柊さんも上手いはずだ!」
「『聖女』の歌声とか、心が浄化されそうだ」
男子達からの無遠慮な声に、柊さんは顔を赤くして俯いている。さすがの柊さんも萎縮しているようだ。
「さ、坂木さん……」
顔を上げた柊さんは、竜太を恨めしそうに見ている。
「まあそう言うなって」
竜太は柊さんに顔を近づけて耳打ちを始めた。
その光景を見た男子は抗議の声を、そして女子は歓声を上げた。
イケメンと美少女の仲睦まじそうなやり取りに、みんなそれぞれ思うところがあるようだ。
柊さんが好きな杉内君は、やっぱり嫌そうな顔をしている。
この二人は付き合っていないし、クラスでもほとんど話したことはなかったと思うんだけど……それにしては距離が近いなぁ。
きっと何か仲良くなるきっかけがあったんだろうな。このまま二人が付き合うことになったら、心から祝福しよう。
「わ、わかりました。では、
立ち上がった柊さん。
「柊さん。気合い入れるのはいいけど、曲を入れてないぜ?」
「そ、そうでした。すみません坂木さん」
柊さんの可愛らしい失敗に、みんなは笑顔になる。
場が和んで、柊さんは歌う曲を機会に転送した。
柊さんが入れた曲は、何年も前に流行った壮大なバラードで、キーが高くかなりの難易度の曲だった。が……。
「~~~~~~~~~~♪」
柊さんの澄んでいて、それで伸びのある美しい歌声に、ここに集まった人達は言葉を失って柊さんを見ていた。もちろん僕も。
もしかしたら歌が苦手だったり、なんて少しだけ思っていたのだけど、全くそんなことはなく、竜太の歌唱力に全然引けを取っていない。
柊さんが歌い終えると、クラスメイトから大きな拍手が起こった。
「柊さん凄すぎ!」
「本当。上手すぎてびっくりした!」
「マジで心が浄化された」
「『聖女』。恐るべし」
みんな口々に言ってるけど、僕もその通りだと思った。
竜太と柊さんは隣に座ってるけど、お似合いだなぁ……。なんか、理想の美男美女カップル感がすごい。
さっきも竜太は耳打ちしていたし、柊さんもそれを嫌そうにしてなかったし。本当に付き合ったら学校で有名なカップルになるんだろうな。
…………僕も、瑠美夏とそんな関係になりたかったな。
今思えば、竜太と柊さんよりも距離が開いていたんだね。瑠美夏が僕のパーソナルスペースに入ることはなかったし、逆に僕も入れてくれなかった。
二人の仲良さそうなやり取りを見て、叶わなかった僕の理想の一部分を見せられた気がして、僕の心臓はまた痛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます