第30話 クラフトビールと美魔女

 リカー男子の記事も今回で第四回目となる。読者からの反響で最近はやりのクラフトビールの紹介記事が読みたいという問い合わせが多く、唯は頭を捻っていた。本日はリナ先生と美優と“バー・バッカス”で待ち合わせをしてマスターに何か出してもらう。もしなければヒントやクラフトビールを扱っているお店なんかを紹介してもらおうと思っている。


「秋田ぁー、こっち手伝って」

「はいー」

「秋田さん、取材いくからついてくる?」

「いきますいきます」


 1コーナーを貰えたとは言え唯はまだ新人、覚える事も教えてもらえる事も沢山あるのだ。好きで入ったこの業界。自分の記事の事ばかりではいけない。今出来る仕事を完璧にこなしても全然何も出来ていない部類に入っているくらいの気持ちで働いている。とはいえ、自分を卑下しすぎるとこの業界やっていけないと上長の高橋キャップには言われている。仕事は学べば誰でもできるようになるのは三流、自ら仕事を探して行うのは二流、多分この業界の一流は会社から出る連中だろう。多分、高橋キャップもいずれは独立を考えているだろうし、自分もいずれその判断をする時が来るんだろうかと思っていると、先輩社員の千足真世(ちあしまよ)がこっそり教えてくれた。


「秋田さんクラフトビールについて書くんでしょ? これからいく取材先の近くにクラフトビール専門店あるんよ。それでね?」


 ひそひそと小さな声で、唯の耳元で「いってみない?」と、確か37歳で二児の母なのにスタイルも崩していないし、ぱっと見はまだ二十代に見える若々しい先輩。この前も取引先の新社会人の男の子に食事に誘われていた。こんな風に年を取りたいものだとつくづく思う。


「最近の子は私が高校生の頃みたいな恰好しとーね」

「そうなんですか?」


 唯ですら千足とは一回り年齢が違うので、それはないだろうと思っていたが、今の若い子はお洒落だけど、よく考えれば千足くらいの年齢の母親がいるわけで、彼女等の子供であればファッションも繰り返される。そういえば今ルーズソックス流行ってるんだったけと何かのファッション雑誌で読んだ事を唯は思い出した。地元にアライグマが出るという内容と、外来種のリスが繁殖している件の取材を千足は手早く行うと、唯を連れて一件のお店にやってきた。


「ここよここ! お洒落でしょ?」


 ビールサーバーが置いてるわけじゃないらしい店内。ずらりと並んだ国内、海外のビールの瓶や缶。千足は入った事がないというのにものおじせずに扉を開く。


「こんにちはー」

「いらっしゃいませ」


 店内は四十代くらいの夫婦が経営しているらしい。趣味でクラフトビールにハマって、趣味で出しているお店らしい。この類のお店は当たりと外れの両方の可能性が高く唯一人なら敬遠しただろうが、


「何かおススメのクラフトビールありますか?」

「どんな感じのお酒が好みですか? 苦いのが好きか、苦手か、フルーティーなのが好きかなど」

「そうねー。私普段ビールのまやんからねー。秋田さん決めてもらえる?」

「えっと、あんまり苦くないのをお願いします」


 奥さんの方が旦那さんに相談してあれこれ議論している。おススメを一生懸命えらんでくれているんだろうなととても親近感がわく。“バー・バッカス”のマスターのように多くの知識や経験ではなく、二人が飲んできたクラフトビールの思い出から最高の物を選んでくれようとしているらしい。


「お待たせしました。こちらスワンレイクビールです。コシヒカリを副原料に使ったビールですので全然苦くないですよ」


 という事なので、ビール用のタンブラーに移してもらい二人は乾杯。


「あっ、これおいしーね。本当にすっきりしててスパークリングワインみたいよー」

「ほんとですね。凄い美味しい」


 すぐにスマホで写真を取って聞いたお話を唯はメモを取っていく。二人に雑誌編集記者である事を伝えると、お店を今度の記事に載せていいかと尋ねると喜んで承諾してくれた。これが恐らく普通の反応だろうから、やはり“バー・バッカス”のマスターは少し変わっている。そのお店で埼玉のコエドビールも飲ませてもらうと、千足の顔が真っ赤になり酔いがまわってきたので、お会計をしてお店を出た。


「はいー、ではこのまま取材続けて直帰しますー。はい。秋田さんも一緒なので」


 と会社に電話をして千足さんは親指を上げた。この人はこうやって時折ガス抜きをしているんだろうと唯は驚く。千足が若々しく見えるのは多分、若い頃の輝きみたいな物を失わずに大人になったからなんだろう。


「秋田さん、どっか他のお店いきましょうか?」

「えっと、それは大丈夫ですけど結構真っ赤ですが、大丈夫ですか?」

「わたしねー。すぐ顔に出るんよ。でもまだまだ飲めるから、そうねー。秋田さんの通ってるバー行ってみたいなー」


 ふんわりした話し方。なんというか唯も甘えたくなるような間が千足の魅力でもあった。唯の通っているバーとは当然“バー・バッカス”の事で、丁度今日はそこに用事があるので快諾。“バー・バッカス”には自分の知り合いばかりつれていくなと思いながらちょっと嬉しい唯でもあった。タクシーを拾う間に、


「千足さんって普段どんなお酒を飲むんですか?」

「なんもよー。普通に甘い酎ハイとか、旦那がたまに夜にブランデーを飲むからそれにつきあったりね」


 一度見た事がある千足の旦那はとてもイケメンだった。高校生の息子も中学生の娘も共に美男美女。選ばれし遺伝子だと以前会社の飲み会で話題になった。もうあまり手のかからなくなった子供。夜に千足が旦那とブランデーを飲んでいる姿を想像して心から羨ましいなと唯は思った。


 タクシーがやってきて乗車する事二十分。いつもの“バー・バッカス” 入店すると騒がしかった。


「マスターきいてる? もうVtuberやめる! もうやめる! もうしたくない! ねぁ、マスター、マスター!」

「はい、マスターです。美優さんグラス空ですけど何か作りましょうか?」


 まず最初に到着したのは美優らしい。彼女はいつも泣いているなと思っていたら、マスターが唯の入店に気づく。

「いらっしゃいませ唯さん、それにいらっしゃいませ! “バー・バッカス”にようこそ」


 いつもの微笑で迎えてくれるマスターに唯は手を振り美優の隣に座る。


「美優さんどうしたんですか?」

「うぅ、唯さーん、聞いてくださいよー。アンチが、アンチがぁああ!」

「おーよしよし。アンチが湧くって事はそれだけ人気者って事ですよ」


 となんの根拠もない慰めをしていると、千足がマスターをじっと見る。それに気づくとマスターは、


「あの何か?」

「いえ、一度会った事あったようなーって思ってー」

「お店に来られたお客様であれば皆さま覚えていますが……」

「ううん、このお店ははじめてきたんよー。どこだったかなー。何処かのパーティーか結婚式でー、バーテンダーしてへんかったー?」


 うーんと考えている千足に対してマスターは微笑んで、「さぁ、人違いではないでしょうか」とメニュー表を自然に用意すると、それを眺めながら千足が、


「思い出した! ダンタリアンさんじゃない? すごいお客さんへのサービスが良かった」

「違います。アレは別人です。すっきりしたところで何かおつくりしますよ」


 とダンタリアンと間違えられた瞬間は少し強めに否定した。どれだけあの人物が嫌いなんだと唯は思ったが、千足は誰に言うわけでもなく独り言のように、


「あぁ、もう一人の寡黙なバーテンダーさんやぁ」


 と呟いた。

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