第8話 テキーラの飲み方inカミノレアル・ゴールド

 テキーラ・サンライズを楽しんだ唯とリナ先生に少しだけ楽しそうな顔をしてマスターは底の妙に厚いカクテルグラスのような物を用意する。


「私が作り方と飲み方をお教えしますので、マネをしてくださいませ」


 今まで目の前で何かを口にするところを見た事がないマスターがお酒を飲むというのだ。一体どんなカクテルを教えてくれるのかと思ったところ、


「まず、テキーラとジンジャーエールを1:1の割合で入れます。そして手で蓋をするように持ち、こうしてテーブルに叩くように置きます」


 バン! と音が鳴るや否や、炭酸が溢れてくる。それをマスターはキュッと飲み干してしまう。なんとも派手で豪快で、悪く言えば野蛮な飲み方だろうか?


「こちら、ショットガン、あるいはテキーラ・ボンバーと呼ばれている飲み方です。度数は20度程になりますので、くれぐれも飲み過ぎないようにしてくださいね。では、お酒を注ぐところまで行いますので、ショットガンを唯さんとリナ先生にお願いします」


 ふぅと少し紅潮しているマスター、自分が飲んだグラスをさっと戻すと楽しそうに唯とリナ先生を眺めながら、カウンターから出てくると、端の席で一人で飲んでいる男性のところにナッツの盛り合わせを持って行く。それにグラスを掲げる男性にマスターは小さいお辞儀、男性の呑んでいるお酒はホワイトヘザー15年と書かれている。一体どんなお酒かは分からないが唯はとりあえずメモしておく事にした。


「それじゃあ、唯さん、一緒に飲みましょうか?」

「は、はい!」


 いっせーのせ! でバンとテーブルに軽く叩きつけ、炭酸が上がってくるのを二人は一気に飲み干す。ジンジャーエールで加水してあるので飲みやすいのだが、飲み干した後、カっと熱くなる。これは学生のノリで飲みそうなお酒だと、いもしないパーティーピーポーを唯は感じながら、ふぅと熱い息を吐く。マスターが「いかがでしたか?」と言って二人の手元にチェイサーを用意し、代わりにショットガングラスを引いた。


「凄く美味しいっすけど、これはヤバい酒の飲み方っすね」

「ジョッキに入ったビールにショットグラスのバーボンを落とすボイラーメーカーというカクテルもありますが、これらはパーティーなどで生まれたんでしょうね? 仰るとおり、非情に度数の高いお酒ですので、気を付けてお楽しみください。ですが、テキーラといえば、ストレートでお楽しみいただくのもまた一般的です。少し、準備を致しますので、こちらをつつきながらお待ちください」


 牡蠣とホタテの唐辛子アヒージョ。もちろんメニューには1杯1000円とだけ記載があるのでフードメニューに料金はない。丸いスキレットでぐつぐつ煮立っているそれを口にする。スパイシーさがテキーラによく合う。そこで唯はマスターに尋ねてみる。


「テキーラに合う食べ物って、やっぱりこういうスパイシーな料理なんですか?」

「そうですねぇ、意外とお二人にもポピュラーなお寿司ともテキーラはよく合いますよ! 海外ではお寿司バーでテキーラは定番ですから」


 海外にいるマスター、キャスケット帽にオーバオールでバックパック、海外の街並みを歩いているイラストをささっと描き上げるリナ先生。実にいそうで恐ろしい。よく見ると、眉毛やまつ毛も桃色なんだが、地毛だろうか? いや、染めているのとつけまつげだろう……そんな毛色の人は存在しない……と思いたい。


「お待たせしました。テキーラ、定番の飲み方。ショットです。皆さんも知っている塩を舐めて、レモンを齧るという飲み方ですが、こちらは唯さんがお持ちしたクルエボ1800ではなく、プレミアムではない安価なテキーラで飲まれた方が面白いかもしれません。ですので、こちらカミノレアル・ゴールドをご用意いたしました」


 トンと唯の持ってきたボトルの隣に四角いテキーラボトルを置く。リナ先生が、

「どういう事なんすか?」

 と尋ねると、

「プレミアムテキーラであるクルエボ1800はアルコール臭さや、飲みにくさが比較的ありません。こちらは水割り、ロック、ストレート、ソーダ割等がおススメです。方や、少しアルコール臭や飲みにくさのあるカミノレアル・ゴールドの方が、ライムや塩を使って飲みやすくすることに向いています。ではこちらも飲み方をレクチャー致しますね?」


 ショットグラスにテキーラを注ぐ、そして人差し指と手の甲を水で濡らすと塩をつけるマスター、ぺろりとエロい舌を出して手の甲を舐める。すかさずショットグラスのテキーラを飲み干し、ライムを齧る。そして最後に人差し指の塩を舐める。エロい。


「エロいっすねマスター!」

 言わないでリナ先生! と唯は思ったが、微笑のマスターは「ではお試しください。レモンもご用意したのでお好きなほうで」


 言われたとおり、手の甲の塩をペロリと舐めて、ショットテキーラ、そして唯はレモン、リナ先生はライム、最後に塩を舐めたところで、マスターの指の音がパチンと聞こえた。


 さぁ、さすがに何回目かだと唯も冷静になる。そこには、チャロスーツを着てフェルトの帽子。目鼻立ちがくっきりした。ちょっと元気系だろうなと言う見た目で分かるイケメンが笑顔でひざまずく。


「さぁ、ミ・レイナ(私の女王様)。踊りましょうか?」

「えっ? えぇ?」


 そこは太陽の日差しが強いどこかの街中、唯の両手を引いてリードしてくれる彼は……


「貴方はカミノレアルくん?」

「シィ! そうですよー、どうでしたか? 私の味は? もう踊りたくなったでしょー!」


 軽快なラテンミュージック、そしてびっくりするくらい唯を気遣ってくれるカミノレアルはお姫様抱っこで喉は乾かない? なにか歌おうか? お腹は空いていない? 君は私の空だよ! 光だよー! と返事を返す前に次々と話す。プレミアムテキーラのクルエボ1800じゃなくて彼が来たのは多分、度数だろうか? 40度のお酒を一気に飲んでトリップしたのか? いや、でも頭は全然すっきりしている。


「唯は、プレミアムテキーラの方が確かに酔いにくいし、味も美味しいと思うから最初は是非クルエボ1800先輩を飲んでもらいたいけど、慣れてきたら私達ミクストテキーラだって飲み方次第で負けてないことを知ってほしかっただんよー」


 そっか、そんなカミノレアル君に唯はおススメの飲み方を聞いてみた。


「じゃあカミノレアルくんの一押しの飲み方ってある?」

「そうだねー、テキポンなんてどう? テキーラと唯の身近なポン酢を一緒に飲むのさ!」


 そんなバカな! ポン酢は確かに柚子を使っている物もあるけど……ショットグラスにテキーラとポン酢を同じ量入れてくれるカミノレアル、「さぁ、どうぞ!」といやいやいやいや! というところで唯ははっと目が覚めた。

 そこはいつもの“バー・バッカス”

「あっ、起きたみてーっすね! いやー。クルエボくん、渋かったっすよー!」


 どうやらリナ先生はクルエボに会ったらしい。頭を掻きながら、唯は


「テキーラとポン酢を一緒に飲むなんて意味不明な夢をみちゃいましたよー!」


 と言っている目の前で、マスターが柚子ポンとテキーラを並べている情景だった。微笑のマスターは「ご存じでしたか、魔性の飲み方テキポン。非常にテキーラが飲みやすくなる飲み方ですが、多量にポン酢を飲むのは身体に悪いので当店でもショットグラス少量しかお出ししておりません」


 えっ? この飲み方、本当にあるの? と唯は驚愕し、リナ先生が挑戦し、「これ、美味っすねー!」と感嘆しているので、念のため頬をつねってみるが現実らしい。

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