第45話 サーイエッサー
俺たちは、ソードが口にする歌と同じことを口にしながら、しごかれていた。
「ファッキン野郎をぶち殺せー♪」
「「「「ふぁっきんやろーをぶちころせー!」」」」
「どえらい褒美が待ってるぜー♪」
「「「「どえらい褒美が待ってるぜー」」」」
「母上たちには内緒だぞー♪」
「「「「ははうえたちにはないしょだぞー」」」」
な、何だこれは!?
「声が小さい蛆虫共ぉ! 百週追加させられたいか! できない奴は小生自らが制裁を与える!」
「「「「さ……サー・イエッサー!!!!」」」」
あらゆる器具。障害物をジャンプして飛び越え、縄をよじ登って壁を越えたり、網の下をくぐったり、匍匐前進をしたり……
「属性、炎!」
「「「「ッッ!!??」」」」
そういういつ終わるか分からぬ過酷なサーキットをやりながら、唐突にマギナが全体に向かって魔法の属性を叫び、俺たちはそれを聞き、障害物を乗り越えながら、掌に小さな炎を灯す。これが炎だけでなく、水だったり雷だったりとバラバラで、タイミングも唐突でランダムなのである。
しかし、こんな過酷なことをやりながら、しかも精神も肉体もくたくたな状況下でうまくできるはずもない。
「そこの集団! さらに前方の……あ~、ネメス以外全員その場で腕立てをしろぉ!!」
「「「「ひいいい!?」」」」
だが、それでもソードとマギナは容赦なくできない者たちに罰を与える。
「よいか! このマジカルサーキットトレーニングは、かつて異界より現れた魔拳王が己を極限まで鍛えるために編み出した訓練方法だ! 肉体も、精神も、集中力も、魔法力も、全てをこのトレーニングで向上させる! 甘えも妥協も一切許さん! それができない貴様らは、ただ飯食ってクソ垂れるだけの汚物である!」
「容赦はしません。水属性。できない、ということは許しません。あなたたちは私たちの言われたことを黙ってサーイエッサーと答えて実践しなさい」
無茶苦茶だった。
体罰と圧倒的な威圧感による恐怖で強制的に生徒全員に地獄のシゴき。
いや、これ全部、何がって全部がもう色んな関係者に知られたらアウトなんじゃねえか?
「ひう、ぐ、うう……おえ……」
だが、こんなのすぐ限界が来る。
当たり前だ。
基礎体力もくそもない。そもそも良いところの温室育ちの坊ちゃん嬢ちゃんばかりの集まりなんだ。
魔法の素質は全員あっても、こんな肉体的なトレーニングはほとんどの連中がまだそれほどじゃない。
俺も毎朝ネメスと走ったり、家で鍛えたりしてなければ結構ヤバかったレベル。
潰れ、中には吐くやつも出てくる。
「そこぉ! 吐くなら弱音と一緒にさっさと吐いてすぐに戻れ! 戻れんのか?」
しかし、ソードもマギナも一切妥協も容赦もない。
倒れて吐くやつには更なる罵倒と鞭を浴びせる。
「も、うぅ、もう……げんかい、です……ひぐ」
「そうか、よほどクソ以下の親から生まれた出来損ないなのだな。ゴミのような才能しか与えられなかった父と母を恨んでさっさと退学して自分の家の中でスケベな本でも読んで●ナニーでもして、粗●ンを弄ってミジメにシ●シコしていろ! クソ以下の両親の息子にはお似合いの末路だ!」
「ッ!? な、な、ぱ、ぼくの、パパとママを侮辱したのか!」
「なんだその目は! 反逆できる力が残っているくせに何が限界か! それともそれは演技か? もうこんなきついことをやめたいけどギブアップはカッコ悪いので教官に逆らって仕方なくやめさせられたという最低限のプライドを守りたいだけという、チンカ●ゴミ蛆虫以下の浅い考えか? 流石は落ちこぼれのクソ両親から生まれた出来損ないだ!」
「ぱ、ぱぱと、ママを、ばかにするなー!」
「何度でもいう! 貴様など、学生時代にオナ●ーしまくって薄くなった精子しか持ってない父と、そんな薄い精子の父との中出●孕●せセッ●スで受精した軟弱卵巣の母親との間に生まれてしまったどうしようもないのが貴様だ! 貴様も貴様の両親も蛆虫だ! 違うというのなら走って証明して見せろ! さぁ、走れえええ!」
「う、うわ、あ、うわあああ、さーいえっさー―――――!」
限界がどうしたと言わんばかりに、死ぬまで走らせる。
もう、みんな泣いてるわ。
「はあ、はあ、もう勘弁ならねーし、なんであーしらがこんなことしなきゃならねーんだし! しかも男子と一緒に!」
だけど、それでもやはり「不条理だ」という言葉は次々と出てくる。
そのたびに「殺されるぞ」、「やめておけ」と止めようとするものたちもいるが、それでも次に声を上げたのが、そもそもの原因でもあった、ヤルィマンヌだ。
いつもの派手な化粧も汗まみれでぐちゃぐちゃになっている。
「なんだぁ? 男と一緒にやるのが何が不服か! ベッドの上では男も女も一緒にドスケベセッ○○もするし、同じオ●ニーもするし飯も食うしクソもする。違うのはせいぜい、●ンポがあるかどうかの差しかない。そもそも蛆虫に、性別による区別など何の意味がある!」
「あ、あーしらは人間だっつーの! それに、いきなりこういうのじゃなくて、もっと順に―――」
「じゃあ何かぁ! 貴様らは全てのトレーニング過程を終えてから魔王軍に攻めてきてくださいとでもお願いする気か? ふざけるな! 男の●●ポとドスケベ●ックスをやることしか考える脳のないユルユル●●●のゴミが、人が考えた訓練にケチをつけるな!」
「いっ、でェ! また鞭であーしの尻を……く、ぐそ、もうやってられるか! 褒美とかいらねーし! あーしは一抜ける!」
もう堂々とやめてやる。こうまでして褒美も欲しくない。
ついにギブアップを宣言するヤルィマンヌ。
だが、これは一つの皮切りになる。
「そもそもこれで得られるご褒美なんて、出会いとか薬とかをハビリくんが何とか用意するとかそういうもんで……そんなもんにここまでのことしなくても――――」
一人が言えば、「自分も」と便乗する奴も出てくる。
「そう、よね」
「うん……もう、いくらなんでも――――」
「ぼくも、べつに童貞捨てるのにここまでやらなくても―――」
と、誰かが一人完全リタイアを宣言すれば、ソードとマギナの支配力からも―――
「お~~~、みんな頑張ってるな~~! おーい、ハビリ~、ソード~、マギナ~、あとネメスも……みんなぁ~、様子を見に来たよぉ~! って、わ! す、すっごいボロボロ……そんなに過酷なことやってたんだ……」
と、その時だった。
「え……?」
この場に似つかわしくない能天気な女の声。
俺も驚いた。
「ト、トワレ!?」
「「「「「トワレ姫ッッ!!??」」」」」
俺だけじゃなく、汗まみれ泥まみれの他の生徒たちも全員だ。
だが、ソードとマギナは分かっていたようで……
「ふっ、そろそろだと思っていたからちょうどよい」
「ええ、そうですねえ」
と、まるで「計画通り」というような表情で怖い笑みを浮かべている。
一体どういうことだ?
しかも、来たのはトワレだけでなく……
「わ~、すっごい~、可愛い男の子たちいっぱいね♥」
「へェ~、あんなに一生懸命……うふふ、みんな童貞かな……うふ♥」
「だ・れ・を・た・べ・よ・う・か・な♥」
な、なんか露出の多い格好のエロいお姉さんたちも何人も引き連れて!?
すると、トワレはドヤ顔で胸を張り……
「もぉ、ハビリは水臭いなぁ、ご褒美の件、私にも相談してほしかったのに」
「え?」
「でも、ソードとマギナから話を聞いて、私が妻として、先にできることの根回しはしておいたから! そして、ご褒美の事前のお披露目もね♪」
と、親指突き立てて何を言ってんだ、このお姫様。
「まず男の子たち~! 君たちが頑張ったら~、ここにいるお姉さんたちが所属している貴族や富豪御用達の超高級娼館・エーヴイジョユーのお姉さんたち全員と、とある無人島を貸し切っての修学旅行が待ってるよー! 私は詳しくなかったけど、イチクノが一晩で調整してくれたんだよ? だけど、私のお父様やお兄様や、皆のお父さんとお母さんには内緒だよ?」
「「「「「エーヴイジョユー!?」」」」」
「違法なことはダメだけどぉ~、でも、別に男の子とお姉さんたちの間でお金が発生しているわけではないので、特に違法ではありません! ただの旅行だしィ~、それにその無人島は帝国の領土ではなくあくまで貸し切りで治外法権だから、中で『自由恋愛』があってもそれは皆さんの自由ということで♥」
エーヴイジョユーだと!? 俺も年齢制限が達したら必ず遊びに行きたいと思っていたあの娼館の?! 確かに、あのお姉さんたち、夜の街にその辺に立っている娼婦とは違うオーラが……あ、やばい……体が熱くなってきた……いやいや、俺は何を
「女子の皆も、出会いのあるパーティーの企画なら全部私に任せて! 私がハビリ以外で皆が気に入りそうな貴族や有力な地位のある人でまだ独身の人とか、っていうか王族も含めてい~~っぱい集めちゃうから!」
「「「「ひ、姫様自らが動かれて!? 王族関係者も出席するパーティーに!?」」」」
「それに~、みんなの欲しがってた美容薬も、色んな種類も含めて私の力で取り寄せ中! 私も使いたいし。絶対に用意するから、楽しみにしててね! 私に任せて!」
そして、女子に対してのご褒美で、出会いのあるパーティーとかを俺ではなく、俺よりもっと遥かに多くの貴族や王族含めたコネクションを持っているトワレが主催するパーティーだ。
さらには、美容薬などの類も俺が「何とかする」と口にするよりももっと説得力のある、姫の「任せて」という言葉を聞かされた以上はもう確実。
「「「「「……お……お…………」」」」」
するとどうだろうか?
これまで、頑張れば手に入れられると言われていたが、あくまでそれは口約束でしかなかったご褒美。
しかしそれが今、帝国の姫直々にご褒美の確約がされたわけだ。
そうなると……
「……王族との出会いもあるパーティー…………あーし……やっぱやる……」
ご褒美に対するやる気が変わる。
「ん? 小生には何を言っているか聞こえんなぁ?」
「私も聞こえませんね。そもそも私たちに対する言葉は一つしかないと言ったのを忘れましたか?」
そう、全てはこの二人の計画通り……
「「「「「サー・イエッサーー――!!!!!!!」」」」」
まさか、生徒たちが心折れてやる気を失うと思われるタイミングで、ご褒美を皆に見せてもう一度奮い立たせるとは……恐るべし……
「す、すごいですね、先輩」
「……まぁ……」
もう俺も笑うしかなかった。
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