第10話 微妙無謀乙女心
「ほんっまに1年て早いなぁ」
イタリアンの店を出て、再びウィンドーショッピングを始めると、隣の彼女がしみじみとそんなことを言った。
「そやなぁ」
去年の今頃は、手を繋ぐだけで真っ赤になっとったもんなぁ・・・
いまではすっかり慣れた距離感と、繋がれたままの手にほくそ笑む。
「店員目の前に、買ぉたるーゆーとるペアリングをいらんて突っぱねる女は後にも先にもお前くらいやで」
意地悪く言うと、早智が眉根を寄せて腕を叩いてきた。
「突っぱねてへん!」
「俺結構ショックやったのに」
「えっ・・ごめん」
シュンとなった彼女の頭をぽんぽん叩く。
「冗談やん」
「・・・・・・たっかいんそのうち買うて」
珍しく彼女から指を絡めてきた。
その手を握ってやると、安心したように笑顔を浮かべる。
「ボーナス出てからな」
そう言ったら弾けるような笑い声が返って来た。
そろそろいいだろうと、駅ビルの中に入っているお手頃価格のアクセサリーショップの前で、これならどうだとショーウィンドウのペアリングを指さして提案したら、三秒後に、これがある!とネックレスを指さされて、いらっしゃいませと愛想よく声を掛けて来た店員に、また来ますと返したのは二時間ほど前のことだ。
この辺りの匙加減はまだまだ難しい。
人の流れに沿って、すぐ前の雑貨屋に入った。
彼女の好きな観葉植物や、雑貨が置いてある店内は、大半が女性客ばかりだ。
散々枯らしてきたクセにそのたび今度こそと観葉植物を買う早智の意気込みは買うのだが、どうせ今回も同じように枯らすに違いないと踏んでいる。
まあ、なんでも好きにしたらええけど・・・・
馬鹿でかい樹木を選んだ時はさすがに止めて、別のんにしいと小ぶりな鉢を勧めた。
まずはミニサイズのんを完璧に面倒見れるようになってから、次に行けよと諭して、まあそれもそうやなと頷いた早智は、それ以来、手のひらサイズのミニ植物をいくつか窓辺に飾っている。
なんでもマイナスイオンに癒されるらしい。
「なあ、これ見て!シャンプーボトル、めっちゃ可愛いやん!」
早速棚に飾ってあるカラフルなボトルを両手に掴んで早智がはしゃいだ声を上げた。
「こないだ買うたやろ?」
カエルとウサギのボトルを買って帰って、自分でどっちにシャンプーを入れたか忘れてめっちゃ困った。
というのは、ついこの間聞いた話だ。
「ちゃうねん。お母さんがさー間違ってボディーソープ詰め替えてもたからもう一個要るねんよ」
「あっそ・・・」
風呂大好きな彼女の趣味は入浴剤集めと、お風呂グッズ集め。
彼女の家には溢れんばかりのバスオイルやバスソルトが置いてある。
付き合い始めて間もない頃、入浴剤の詰め放題に付き合わされて両手一杯の入浴剤を持って彼女の家まで帰ったら、おばさんに懇々とお説教を喰らった。
「もう納まりきらん位あるんやから入浴剤ばっかり要りません!」
「だって詰め放題やで!?」
必死で言い返す彼女にピシャリとおばさんは言った。
「この家の権限はみーんなお母さんにあるんです!!!」
うーわー・・・まあそのとおりやけど・・・
高校生の頃に出会ってから今まで、早智の父親がふんぞり返っている所なんて見たことが無い。
「文句あるなら出て行きなさい。二十歳過ぎた娘をいつまでも家に置いてやってることに感謝されこそすれ、文句言われる筋合いはあらへん!」
「・・・・・・」
いつもの切り返しを出し損ねて不完全燃焼の彼女。
おばさんは俺の方を向き直った。
「杉ちゃん。この子はこーゆー子やから、しっかり面倒見て頂戴ね?すぐにでも引き取って欲しいんやけどまあ、準備もあるやろうから、後2、3年なら待つけど」
「ちょっとお母さん!!!」
早智は真っ青になって母親の口を塞ぎにかかったけれど、杉浦としてはその申し出は願ったり叶ったりだった。
「はい。頑張ります」
こうして、母親公認でお目付け役を言い渡された以上おばさんを怒らせるのは避けたい。
やから、時には厳しい発言もせなアカンねん・・・
目を離した隙にボトルを3本カゴに放り込んで、バスグッズのコーナーに向かった彼女の背中を追う。
やっぱり、また入浴剤見とるし・・・
記されている効能、効果に真剣に目を通す早智の眼差しはプロ顔負けだ。
「オレンジの香りのなんかって前に買うたやん」
「これは、オレンジとカモミール。匂いがええねん、ほら」
蓋を開けてこちらに向けてくる。
あー・・・たしかに・・・魅力的な香りでは、ある。
「ほんまやな」
「やろー?しかも安なっとるし」
杉浦の同意を得て俄然乗り気になった彼女が20%オフのシールを指した。
アカン、アカン。
「前の無くなってからにせぇ」
「そんなんいつになるかわからへんわ!!」
「ほんなら買わんでええやん・・・」
「えええ・・・でもさー・・・めっちゃええ匂いやのに」
「またおばさんに怒られるで」
「部屋に隠しとく」
「クローゼットの中いっぱいやろ」
「なんで知ってんのん!?てかいつ見たん!?」
「お前がいつまで経っても玄関降りてこおへんから部屋上がった時、クローゼットのドア全開やったやろ」
「見やんとってよ!」
「見てへん。見えたんや」
付き合うようになって変わったことは、早智が身支度にそれなりに時間を掛けるようになったこと。
寝ぐせを指摘したら、こちらのニット帽を奪って寝ぐせ隠しをしてそれで良しとしていた彼女からは考えられない進歩である。
早智なりに、彼女としての立ち位置を確立しようとしてくれているのはやっぱり嬉しい。
ので、待ち時間が増えるのは構わないのだが、玄関先でいつまでも母親と立ち話をしているわけにもいかず、手持ち無沙汰になることもしばしばだ。
ええから上がって!と無理やり早智の部屋へ向かうように言われて、数年ぶりに中を覗いた彼女の部屋は、まあそれなりに散らかっていた。
出かける準備でどれくらい早智が四苦八苦したのかが見て取れる惨状に、思わず出た笑いは呆れたからでは決してなかった。
真っ赤になって狼狽えて、開けっ放しのクローゼットのドアを必死に閉めようとしてあふれ出た荷物で締め切る事が出来ずにあわあわする彼女は、恋人のひいき目を抜きにしても相当に可愛かった。
整理整頓に関してはそれなりの杉浦の部屋のほうがまだ綺麗に片付いているので、まあゆくゆくはお片付け担当になるだろう。
「もうちょっとデリカシーというかさー・・・」
「それをお前が言うか」
「だってー・・・あーあ、めっちゃええ匂いやのになぁ・・・」
しぶしぶ棚に入浴剤を戻した早智がこちらを振り向いた。
まあ、一個くらいやったらええとは思うけど・・・
こういう考えが出て来てしまうあたり、すでにかなり毒されている。
「個別包装のん何個か選べや。それやったらかさ張らんやろ?」
「あんた!たまにはえーことゆうやん!」
その言葉に、早智は弾かれたように小さな袋入りの入浴剤を物色し始めた。
ある意味ネックレスを受け取った時以上に嬉しそうなのが複雑ではあるのだが。
「たまには余計や・・・ウチ来たらいくらでも入浴剤置いたるけどなぁ・・・」
むしろ喜んでプレゼントしたいくらいだ。
杉浦の呟きに彼女が満面の笑みを浮かべた。
あれ、これは予想と違う。
「ほんまやなぁ。うちの部屋いっぱいなったら、あんたの部屋に置かしてもらうわ」
「なあ、俺ら付き合ってるよな?」
「ん?付き合うとるよ!」
早智がきっぱりはっきり答えた。
たぶん、彼女と過ごしていく時間は当分こんな感じで続いていくのだろう。
もどかしいような、それでいて心地よいような、早智としか過ごせない時間。
それが、杉浦にとってはとてつもなく大切でしかたない。
だから、どれだけ時間が掛かったとしても、絶対に手放したくはない。
「なあ、早智ぃ」
「んー?」
「すぐやなくてええから、そのうち結婚して」
パチパチと瞬きを繰り返した彼女が、一つ息を吸って吐く。
冗談や、と杉浦がいつまで経っても言ってこないことを確かめてから、彼女が覚悟を決めたように頷いた。
「・・・・・・・・・よ、よし・・・・・・分かった」
なんとも彼女らしい返事だった。
朝凪も夕凪も ~ナチュラル・ラバー イノセント・ラブレター スピンオフ~ 宇月朋花 @tomokauduki
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