#041 霧の向こうの理想郷
アッ君と再会して1週間がたった。
この1週間で私の人生は大きく変わった。
まるで世界が色づいたようだった。
自分は孤独だと思っていた。
でも⋯⋯まだ知っている人が居たというだけで、私はもう寂しくなんかない。
そう思ってアッ君にラインしすぎてちょっと怒られたけど⋯⋯。
でも今では適切な距離感が出来た⋯⋯と思う。
今では『アッ君』と『シオン』と、呼び合う仲だった。
そしてこの1週間は元のように毎日配信をする日々だった。
でも、それだけじゃない!
今週末のアッ君との対決に備えた準備も抜かりはない!
しかし便利な世の中になったものだ。
アッ君は今回の対決のゲームのソフトを持っているけど、私は持ってなかった。
しかし! 今の世の中、ダウンロード販売という文明があるのだ!
この最新機種のファミステスイッチでスーパーファミステのゲームをするというのも、おかしな話だな。
ちなみに初代ファミリーステーションを『ファミステ0』と呼称し、次のスーパーファミステを『ファミステ1』と呼ぶのが昔からの伝統である。
なおその次のファミステ64の事を『ファミステ2』と呼ぶ頃からだんだんとおかしくなったが⋯⋯。
私が昔アッ君と遊んでいたのは、その次の次の『ファミステ4』だった。
なんかヌンチャクみたいなコントローラーで二人でよく遊んだものだ。
でもそれは私の家での話で、アッ君の家には最新のゲーム機はなくて昔のしかなかったのだ。
だから私達はお互いの家をよく尋ね合って変わりばんこに遊んだものだ。
古いゲームと最新のゲームを。
⋯⋯不思議だ。
そんな記憶なかったはずなのに、今ではまるで昨日のことのように思い出せてきたのだ。
そしてついでに私がアッ君の事を女だと思い込んでいた理由も判明した。
私が転校してからは二人揃って携帯機の『ファミステ3DS』を買ってハンターになったのだ。
そして通信機能によって遠く離れていても友情が続いていた。
そのときのアッ君のネームカードがまだ私のゲーム機に残っているのを、あの事故の後で発見したのだ。
そのアッ君のハンターアバターは女だったのだ。
そう、アッ君はゲーム的に有利だからと女性アバターの『アリス』を作っていたのだった。
私は普通にカッコいいイケメンのおっさんアバターで大剣を振り回していたのだが⋯⋯これもアッ君が私を男だと思い込んでいた原因の1つだったりする。
そんな思い出を振り返る1週間だった。
あの事故以来、私の記憶は不鮮明で今や両親の顔すら思い出せない親不孝者だ。
しかし不思議とアッ君と遊んだ記憶だけは次々と蘇る。
アッ君にまた会えたからだろうか?
いいんだろうか? 私は楽しんでも?
それでもこの週末が待ち遠しかったのは事実⋯⋯もう認めよう。
私はアッ君にまた会えて嬉しいのだと。
またあの頃のように一緒にゲーム出来るだけで幸せなのだと。
「マネージャー怒るかな?」
今日の配信は予定を変更して私も『シム・ワールド』をする。
これはアッ君と予定を水面下で調整した結果だ。
あくまでも偶然こうなっただけなのだ⋯⋯と、言い訳するのだが。
⋯⋯まあバレるだろうな。
きっと怒られるだろう⋯⋯でも。
ワクワクが抑えられない⋯⋯これが今まで忘れていた童心というものかもしれないな。
さて⋯⋯時間だ。
私はパソコンを起動して、マイク付きヘッドホンを装着した。
そして『
5・4・3・2・1・0!
── ※ ── ※ ──
「夜の帳に染まりし漆黒の刻、疲れた心と体を癒すべく訪ねてきた都会の旅人よ⋯⋯待たせたな! 吾輩の今夜の配信は『シム・ワールド』である!」
【はじまった】
【今夜はシムワールドか】
【予定変更だね】
【最近レトロゲーにハマってるね、ネーちゃん】
この『シム・ワールド』というゲームはいわゆる箱庭系ゲームの先駆けである。
いろんなマップを選んで自由に街を作るのが目的のゲームだ。
今頃『アリス』も同じように配信しているに違いない。
まだバレてないけど、そのうち同じ時間に同じゲームをしている事には気づかれるだろう。
なんかワクワクしてきた、このイタズラに。
「さて! 名市長ネーベル様の手腕、とくと見よ!」
こうして吾輩の街づくりは始まった。
「まず電気だ⋯⋯原発をこの離れ小島に作る」
電気は全ての文明の礎である。
「あとは工場・街・商業施設をバランスよく建てて⋯⋯」
「ここに道路を作って⋯⋯」
「線路も作って⋯⋯」
【ネーベルちゃん停電してるよ】
「おっ? すまないな、これはウカツだった。 電線を繋いでOK」
こうして吾輩の街づくりは順調に進んだ。
しかし──。
「あーミスった」
【ドンマイw】
【区画がズレたな】
うーん1マス隙間が出来てしまった⋯⋯どうしよう?
「よし、ここは『空地』だな」
そう言って吾輩は隙間を『空地』で埋めていく⋯⋯しかし。
「失敗、整地する」
せっかく作った空地を整地で消すを繰り返すのだった。
【何やってんの?】
【無駄な工事を⋯⋯】
しかし吾輩には思惑があるのだ!
それはやっと実を結んだ。
空地に花が咲いたのだ!
この『空地』は基本は草原なのだが、たまに花になるのだ。
吾輩はこだわって花で隙間を埋めたくてトライアンドエラーを繰り返していたのだった。
「できたー」
【これにはネーベルちゃんもにっこり】
【公共事業の真実w】
【税金の無駄遣いw】
うーんコメント欄が賑わっている、よしよし。
こうして吾輩は理想の街を作るべく奮闘するのだった。
しかし⋯⋯資金が尽きた。
「うーん、何もできなくなった⋯⋯」
しかし税金を上げると市民が逃げるし⋯⋯どうしようもない。
しばらく吾輩はトークでつないで資金の回復を待つのだった。
するとコメント欄で出始めた。
【いまアリスもシムワールドやってる】
⋯⋯と。
本来はこういった他のVチューバーの事を書き込むのはマナー違反なのだが、それを完全に取り締まる事も出来ない。
「アリスってホロガーデンの?」
【そう】
「へー偶然だねー」
とりあえずとぼけとくか。
【向こうは凄いことになってるよ】
ん⋯⋯凄い事?
確かにアッ君は私よりもこのゲームをやり込んでいるだろう。
でもそこまで差が出るのだろうか?
こんなあっさり資金が枯渇して眺めている時間の方が長いゲームなのに?
ちょっと気になった、私はスマホでこっそりと覗いてみることにした。
⋯⋯これは敵情視察だ、勝つための戦略的判断である。
お⋯⋯この動画だな。
そのアリスの配信タイトルは『シム・ワールド 登録者50万人突破記念! 部員さんの街を作るぞー』だった。
なるほど⋯⋯そのための記念企画だったのか。
50万人という数字でこのゲームを選んだのか。
そういうところは素直に上手いなと感じた。
では見てみるか。
私はその配信を盗み見る⋯⋯。
「んなっ!?」
そこには私の思いもよらぬ光景が広がっていたのだった。
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