女神様
女神様①
突如現れた美女は僕のことなんか眼中にない様子で、ハイヒールの音をカツカツと立てて、ウサギ先生のもとへ一目散に詰め寄る。
ウサギ先生は酷く慌てて、片膝をついて彼女に跪いた。
「ノ……陛下、いかがされましたか。アオイ少年の
ムニュ。
彼女はウサギ先生が言い終わる前に、跪く彼のもとにしゃがみ込み、彼の顔を両手で挟んで無理やり顔を上げさせた。
「それはどうでも良い。倒れたとウルフから報告を受けた。何があった」
ウサギ先生がこの美女を「陛下」って呼んでいるってことは、あの最初に会った巨大な女性が彼女なのだろうか。一度会ったきりで、サイズも随分違うので自信が持てない。
僕が困惑していると、扉の隙間からウルフさんが「スマン」といった謝るジェスチャーをしていた。
「……い……いえ、倒れたのではありません……。少し椅子でバランスを崩して、後ろにひっくり返っただけです。ウルフが助けてくれたので、問題は何もありませんでした」
ムニュっと顔を掴まれて固定されているため、顔をそらせないウサギ先生は目線だけでもどうにか陛下から目をそらそうとしている。
「ならば良いが。……ギフトの『
陛下は酷く怒ったような、それでいて悲しそうな表情で、ウサギ先生にそう言った。
そんな二人の様子を見守る背景と化した僕は、そのあまりのジレったさにヤキモキする。
ウサギ先生、早く自分がヨージさんだって言っちゃえばいいのに。僕の恋愛に関する知識は、お母さんの少女漫画と韓国ドラマDVDしかないけど、それでもこれはどう考えても両想いってやつなんじゃないのか?
でも、陛下もしかしてウルフさんやシロクマさんとかにも同じ感じなのかな。うーん、やっぱよくわからないや。
しばらくして、ようやく陛下に解放されたウサギ先生が、僕にパタパタと駆け寄ってきた。
「アオイ、シュー皮もう出していいから。あと明日の朝に、チョコレートを確認しよう」
ウサギ先生は僕にそう耳打ちしたが、陛下に背後から脇の下に手を入れられてヒョイと抱っこされてしまった。まるでクレーンゲームの景品みたい。そのまま彼は扉の方へ運ばれていく。
「あ……あの陛下……おろしてください。自分で歩けます」
「嫌じゃ」
間髪入れずに却下されて、ウサギ先生は諦めたのか長い耳がうなだれる。
「そうじゃ、湯あみの準備をせよ。久しぶりに一緒に入るぞ」
「……ッ!? いや!? あの……その……そのお役目はネコを呼んで来ますので!!」
「何を言っておる。今日のそなたは、やはり変じゃ。あとで、もう一度よく見せよ」
そのまま二人は扉を出ていくと、入れ替わりでウルフさんが入ってくる。
陛下が僕を見ることは、最後までなかった。存在にも気がついてなさそう。ションボリしていたら、「大変だったな」とウルフさんは労ってくれた。
ウルフさんは、やっぱりカッコイイ!
オーブンから焼き上がったシュー皮を取り出す。
しぼまずに膨らんだままパリッと出来上がっていて感動もひとしおだ!
シュー皮の底に穴を開けて、そこからクリームを詰める方法もあるけど、今回はシュー皮の上部をナイフでカットして、クリームを上から詰めよう。
……って、カスタードクリームを作ってなかったッ! 痛恨のミス。でも、今回はお菓子として完成させる方を優先しよう。
ウルフさんと二人で、ハムッと頬張る。
うん! 美味しい!
「アオイ、これ美味しいな」
ウルフさんもニコニコしてくれる。
〔 そろそろアップルパイのタイマー三十分が経ちます 〕
オーブンの窓からパイを確認する。なかなか焼き色は良い感じ。このまま四十分まで焼こう。
〔 承知しました 〕
「ウルフさん! 前に失敗して作ってあげられなかったリンゴのお菓子、もうすぐできるので、それも食べていってくださいね!」
ウルフさんは丸椅子に足を組んで座り、頬杖をすると、僕の方に魅惑的な微笑みを向けて「もちろんだ」と頷く。
ネコさんじゃないけど、本当にトキめいちゃうね!
焼きたてのアップルパイにそえた生クリームが、熱々のパイに触れたそばから溶けていく。
「おお! 美味い!」
一口目を食べたウルフさんから歓喜のお墨付きをいただく。僕も手前味噌ながら、すごく美味しくて最高だと感じた。
このパイ生地なら家でも作れそうだし、絶対にこのアップルパイはお母さんにも食べさせてあげよう。
「しかし、結局、お菓子パーティーは延期にできず、申し訳ない」
ああ、そっか。ウサギ先生の具合が悪そうだから、ウルフさんにパーティーの延期を陛下に頼みに行ってもらったんだった。
「大丈夫ですよ。あの後ウサギ先生がすごくて、スキルをバンバン解放するの手伝ってくれて」
「ん? ウサギは、君の『先生』なのか?」
どこまで言っていいんだろう。でも、本当のことを一番初めに伝えるなら陛下にだよね……。
「……ウサギ先生、本当にすごい知識量で素材スキルの解放に必要なこと、ほとんど言い当ててくれたんです。だから、ガトーショコラ、パーティーまでに間に合うかもしれません」
重要な部分は隠して、僕はそう答えた。
「ああ。確かに、彼は不思議なことを、たくさん知っているからな。とても勉強家だし」
アップルパイを食べながら、ウルフさんは微笑む。僕は先ほどのウサギ先生と陛下のやりとりで気になったことを、ウルフさんに聞いてみることにした。
「陛下って、誰に対しても、あんなに過保護なんですか?」
ウルフさんはアップルパイを食べ終わると、フォークを皿の上に置いて、腕組みをする。
「そうだなぁ。ウサギは少し特別かな。最初、言葉もあまり上手く話せなかったし」
僕を助けたせいで、ウサギ先生きっと体調が良くなかったんだ。
「そもそも、陛下自身、ウサギの
すごく申し訳ない気持ちになる。僕を助けなければ、二人はきっと悲しむことなく、今ごろ仲良く過ごせていたんだろうし。
「でもそのおかげで、陛下もしばらくは、ヨージのこと忘れていたようだったしね。ウサギが元気になって以降は、またヨージを探すってお部屋に籠ってしまわれたけど」
僕は、ウサギ先生と陛下になにか恩返しできないだろうか、と残ったアップルパイを食べながらひとりごちた。
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