■■■先生④

 オレンジのドライフルーツができあがるまで、しばしの休憩タイム。僕が先ほど作ったシナモンパウダーでチャイを作り始めると、ウサギ先生も「俺も飲みたい」と言ってくれた。


 アッサムの茶葉を鍋に入れて、濃いめに紅茶を作る。そこに牛乳とシナモンを入れてひと煮立ち。


 砂糖を小鉢に入れて、ウサギ先生の前に、チャイを入れたティーカップを差し出した。僕が砂糖をたっぷり入れたチャイを飲んでいると、先生は「虫歯になりそうだな」と笑う。


「ねぇ、ウサギ先生。どうして陛下に言いたくないんですか、本当のこと」


 ティーカップの中で少し揺れるチャイを見つめながら、僕はやっぱり陛下に早く伝えた方がいいと思って、そう話かけた。ウサギ先生は少し困ったように首を傾げると、ため息をつく。


「いい大人が情けない話なんだけど……、普通に怖いんだよ。この俺じゃダメな気がして。アオイのいうように、ノルンがそんな奴じゃないことはわかってはいるんだけど……」


 大人には大人の事情があるのかな。僕にはまだよくわからないや。


〔 アオイ、あと五分で三十分経ちます 〕


 Menuメニューさんからの報告を受けて、僕はティーカップを置いて立ち上がる。


「そろそろ、オレンジの様子を確かめますね」


 僕がオーブンを開けると、いい感じに乾燥したオレンジが顔を出した。天板を取り出して、クーラーの上に置く。


「アオイ、『送風』のスキル使えるか?」


「使えないです。ちょっと取得条件、確認しますね」


〔 調理製造スキル『送風』の情報を全開示。『送風』取得条件:団扇であおぐ 〕


 わりとそのままなので、笑いそうになる。僕は調理台の下から、団扇になりそうなものを探す。意外にも団扇そのものがあった。おそらくヨージさん時代のものだろう。


「団扇であおいでれば、そのうち『送風』使えるようになりそうです」


「……確かに、俺が団扇であおぐのが飽きて作ったかもしれない……」


 団扇を見たウサギ先生は、そう言ってきまり悪そうに笑った。



 数分間、パタパタと団扇であおいで、僕はオレンジのドライフルーツの粗熱をとる。


〔 『取得条件:団扇であおぐ』をクリア。調理製造スキル『送風』が解放されました 〕


 試しに、ドライフルーツに『送風』を使ってみたら、すぐに粗熱がとれた。こんな便利スキルもあったんだ。いやスキルはどれも便利だけど、もっと早く団扇に気がつけば良かった。


「ドライフルーツの粗熱取れました!」


 ウサギ先生はオレンジのドライフルーツを一枚とると、パクリと口に入れた。


「元々、ウルフのオレンジが美味しいのもあって、砂糖なしでも十分に美味しいな」


 僕も一枚食べてみる。皮が少し苦くて、自然な甘さですごく美味しかった。


〔 レシピスキル:『オレンジのドライフルーツ(葵)』を新規登録しました 〕


〔 『取得条件:ドライフルーツを作る』をクリア。調理製造スキル『乾燥』が解放されました 〕


 Menuメニューさん、グラニュー糖お願いします!


〔 『グラニュー糖』取得条件:調理製造スキル『ろ過』『遠心分離』『乾燥』『粉砕』の取得。現在、素材スキル『グラニュー糖』の作成が可能ため、作成を開始します 〕


〔 …… 〕


〔 素材スキル『グラニュー糖』の取得に成功しました。『グラニュー糖』の取得に伴い複数のレシピスキルのロックが解除されます 〕


〔 しばらくお待ちください。……。解放されました。解放されたレシピスキルは、一覧よりご確認ください 〕


「先生! グラニュー糖の解放で、先生のレシピスキルがかなり使えるようになりました!」


 アイスクリーム、ロールケーキ……ショートケーキまで出力できるようになっている!


「すごい! せっかくだからショートケーキ出してみてもいいですか?」


 大興奮する僕を見て、ウサギ先生は苦笑いで「好きにしなさい」と言った。



 結局ショートケーキだけじゃなく、色々と出力しては「ワー!」って騒いで、僕は一口ずつ試食しまくってしまった。


 超キレイで、超美味しい! やっぱりプロのお菓子は全然違う!


「とりあえず、これで明日の菓子パーティー自体は乗り切れそうだが、できたら、まだ時間もあるし、アオイも疲れてるだろうけど、今日のうちに『チョコレート』の解放まで頑張ろう」


「もう、ウサギ先生のお菓子への興奮で、疲れが吹っ飛びました!」


 もっとウサギ先生のレシピでお菓子食べたいから、チョコレートまで頑張っちゃうぞ!


 パイ生地を寝かせて、そろそろ一時間が過ぎる。大理石のマーブル台を『冷却』スキルでよく冷やすと、打ち粉とめん棒を用意した。そして、僕は簡易冷蔵庫からパイ生地を取り出す。


「パータ・ブリゼは折りたたまなくても使えるんだけど、せっかくだから、少し折りたたもうか。まず縦に長く長方形になるように伸ばして」


 パイ生地の山の真ん中をめん棒で潰す。


 今度は二つに分かれた山の山頂をまためん棒で潰した。そうして生地を伸ばせるようにした後で、僕は手前から奥に向かってめん棒を動かした。


「うん。そう。正方形を三つ重ねるイメージの大きさの長方形を意識して」


 ウサギ先生の指示に従って生地を伸ばしていく。長辺が短辺の三倍の長さになったところで、上下を折りたたんで生地を三つ折りにする。生地は正方形になった。


「生地を九十度回転させて、また同じように長い長方形になるように伸ばして、三つ折りにして。この世界だとスキル使えるから、生地ダレないけど実際作るなら、少しでも作業中に生地が温まってしまったら、すぐに冷蔵庫に入れるんだよ」


 また、手前から奥に向かってめん棒を動かして、正方形三つ分の長方形を作り、また三つ折りに畳む。


 その手順が終わると、もう一度、生地を寝かせるために簡易冷蔵庫にしまった。


「今作った生地とは別に『フィユタージュ』っていう一般的に『パイ生地』って認識されてる何重にも層があって膨らむような生地を使いたい時は、冷凍パイシートを使うの勧めるよ」


 そのあと、パータ・ブリゼだったらおウチでフードプロセッサーとかで作るといいって教えてもらった。キッシュとかにも使えるみたい。


 今度お母さんに作ってあげよう。

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