■■■先生③

 丸椅子の上に膝立ちしたウサギ先生のご指導のもとで、僕はドライフルーツの作成に挑む。


「『乾燥』スキルは、オーブンをフードドライヤー化するスキルなんだが、それがいま使えない状態なので、オーブンを低温にして作ろう」


 オレンジをよく洗ってから五ミリの厚さにスライスしていく。ウルフさんの作る果物は、無農薬でワックスもついてないから洗うだけで大丈夫みたい。切ったオレンジを天板に並べる。


「余熱なしで百度。とりあえず六十分で様子を見よう」


〔 余熱なし『オーブン』百度・六十分で開始。六十分後にタイマーを設定します 〕


「これでグラニュー糖問題は解決だな。じゃあ、チョコレートの解放条件も確認していこう」


〔 素材スキル『チョコレート』の情報を一部開示。『チョコレート』取得条件:素材スキル『カカオマス』『ココアバター』『砂糖』『■■■』及び調理製造スキル『磨砕』『かくはん』『■■■』の取得 〕


 僕はMenuメニューさんが表示してくれた取得条件を読み上げる。


「素材スキルと調理製造スキルに不明なものがそれぞれ一つずつあります」


 丸椅子に膝立ちしたウサギ先生は、調理台に頬杖をついて考え中。かなりカワイイけど、きっとウサギ先生にそれ言ったら怒られそうだから黙って可愛さを堪能しよう。


「素材スキルの方は、おそらく粉乳だ。牛乳を濃縮して乾燥したものだから、『乾燥』の解放後に考えよう。調理スキルの方は……たぶん温度調節か……いやテンパリングか」


〔 素材スキル『チョコレート』の情報を全開示。『チョコレート』取得条件:素材スキル『カカオマス』『ココアバター』『砂糖』『粉乳』及び調理製造スキル『磨砕』『かくはん』『テンパリング』の取得 〕


 さっすがぁ!


 僕は、もう生徒ってよりも、ウサギ先生の手足となる助手って感じだ。正解だったことを伝えると、ウサギ先生は耳をピクリと動かして、フムフムと頷く。


 僕だって負けずに言われる前に調べて、有能な助手であることを示さないと!


 そう思ったけど、Menuメニューさんの方が上手だった。


〔 調理製造スキル『テンパリング』の情報が全開示。『テンパリング』取得条件:素材スキル『カカオマス』及び調理製造スキル『温度調節』の取得 〕


〔 調理製造スキル『温度調節』の情報を全開示。『温度調節』取得条件:調理製造スキル『オーブン』『凍結』『ボイル』の取得に加えて、十五個お菓子を作る 〕


 彼女は、先んじて、次々と情報を出してくれる。


 Menuメニューさんの有能秘書具合には勝てない!


 それはそうと、クリア条件は十五個か。今まで作ったお菓子はいくつだっけ。


〔 現在、お菓子は十三個作成済みです 〕


「ウサギ先生、お菓子をあと二つ作ると、『温度調節』スキルが解放されるので、それで『テンパリング』も解放できそうです」


「それは『グラニュー糖』が解放された後で、俺のレシピスキルが使えるようになったら、その出力でもカウントされるのか?」


 実際に僕自身が作らないといけないのかってことかな。


 Menuメニューさん、どうですか?


〔 確認します。……。スキル使用者の性能(スペック)向上が必要なため、実際の作成が必要です 〕


「どうやら、僕自身が、そのスキルを使うのに相応しいかを見られてるみたいなので、実際に作る必要があるみたいです」


 ウサギ先生の耳が残念そうに垂れる。


「仕方ない。じゃあ、作るか。アオイは何か作りたいものあるか?」


 お菓子パーティーの準備で自分で作れそうなお菓子はあらかた作ってしまったから、どうしよう……。


 あ!


 ウサギ先生がいるんだから、一人で作れるやつじゃなくてもいいんだ!


「僕が独学で頑張ってもダメだったお菓子があって、それ教えてもらえませんか?」


「ああ。それは構わないけど。なんだい?」


 僕は調理台のリンゴを掴む。


「アップルパイです! どうしてもパイ生地が上手く作れなくて」


 ウサギ先生は、不敵にフッと笑うと、小さな手でサムズアップしてくれた。



「パイ生地は、面倒臭いからプロでも業務用の冷凍パイシート使うんだよ」


 ウサギ先生は、僕に調理台の一部が大理石の板になっている側へ移るように指示を出す。


「まず、パイ生地っていうのは、オーブンで焼いた時に、生地と生地の間のバターが溶けて空洞ができて層になることで、あのパリパリ感が生まれる。だから、生地を作っている段階では、バターを溶かさないのが絶対だ」


 なるほど、前回は生地作っている段階でバターが溶けて、空洞が上手くできなかったから、パリパリにならなかったんだ。僕はウサギ先生の言うことを聞きながら何度も頷く。


「それで、大理石は温度を保つ性質があって、その大理石でできたマーブル台の上だとバターが溶けにくい。パイ生地を作る時はこのマーブル台で作業するのが鉄則」


 適当に物を置く場所としてしか使っていなかった調理台の一部も調理器具だと知り驚いた。


「なんでここだけ大理石なのかなって思ってたら、そんな理由があったんですね」


「あ、大理石は熱いのには弱いから、オーブンから出した天板とかは直接置いちゃダメな」


 え!? 熱々の天板を置いていたことあったかも。以後、気をつけます!


 ウサギ先生から作業する前に『冷却』スキルで、マーブル台をよく冷やすように言われる。現実世界だと氷水で台を冷やすみたい。


「パイ生地作りのポイントは、とにかく冷やしまくりながら作る。少しでも生地が温かくなってしまったなら、すぐに冷蔵庫に入れて冷やそう。ここだとスキルがあるから簡単だが、帰ってからも作るなら、バターだけじゃなくて粉類や水もすべて冷蔵庫で直前まで冷やしてな」


 ああ! メモ取りたいよぉ!


 ウサギ先生の授業を聞きながら、これを記憶だけでしか持って帰ることができないなんて残念過ぎる!


 僕がそう悔しがっているうちに、パイ生地の材料が出力される。薄力粉、強力粉、バター、水。その材料を見たウサギ先生は、少し首を傾げた。


「それ、どのレシピスキル使ったんだ?」


「えっと、レシピスキル『アップルパイ用パイ生地』です」


 ウサギ先生は「ああ、なるほど」と呟いてから、一度材料を分解するように僕に指示した。


「それ、プロになる前に作ったアップルパイのだわ。『パータ・ブリゼ』の材料で出し直して」


 なんだかわからないけど、カッコイイ呪文だ!


 Menuメニューさん! よろしくお願いします!


 薄力粉、強力粉、バター、水に加えて、今度は塩も出力された。


「作ってる間は、『冷却』スキルをバックグラウンドでフル稼働させて。まず、水に塩を入れて塩水を作ろう。それを冷水にしておく。次に、バターをサイコロ状にカットしていこう」


 僕はスキルを使って、バターを冷やしながら、手早くサイコロ状に切っていく。


「うん。バターはもう少し小さめの方が、あとの作業がしやすいぞ」


 僕は、「はい!」と元気よく返事をして、次の作業に移った。


 薄力粉と強力粉を合わせてふるったボウルの中に、カットしたバターを投入してカード型のスケッパーで切りながら混ぜる。


「そうそう。ある程度、バターが小豆大になったら、今度は指でバターをすり潰しながら」


 なるほど。スコーン生地作る時と一緒なんだ。こねたり混ぜたりは極力しない、と。僕は頭の中のメモ帳に記録をつける。手の指で小豆大のバターをすり潰しながら粉と合わせていくと、やがて粉チーズのようなそぼろ状になった。


「そしたら、先ほど作った塩水の冷水を加えて、またスケッパーで切りながら混ぜていって」


 最後に手で生地をひとまとめになるように混ぜて、濡れた布巾に包んで簡易冷蔵庫に入れた。


「最低でも一時間は寝かした方がいいかな。その間に、乾燥させてるオレンジを確認しよう」


 僕は慌てて、少々その存在を忘れていたオレンジのドライフルーツを作っているオーブンを確認した。良かった。焦げたりはしていない。状態を確認したウサギ先生から、ひっくり返して、裏面をあと三十分焼くように言われる。


 僕は、Menuメニューさんにオーブンの設定を伝えた。


〔 余熱なし『オーブン』百度・三十分で開始。三十分後にタイマーを設定します 〕


 ウサギ先生って、やっぱりプロなだけあって、すべての工程を把握していて、作業に全く無駄がない。


 僕はさっきたくさん作っているとき、Menuメニューさんが色々サポートしてくれなかったら、絶対に色んなものを焦がしていたよ……。


 トホホとなりながら、僕はしゃがみ込んでオーブンの中のオレンジを見つめた。

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