車に轢かれたはずの俺は、人生で二度目の白い空間にいた。


〔 異世界人転生プロトコル開始します。転生対象、解析中 〕

〔 …… 〕

〔 解析完了。対象者:宇佐木洋司 〕

〔 対象者の環境適正化を開始。女神ノルンからの申請により、素体ボディは前召喚時データを流用 〕

〔 …… 〕

〔 対象者の環境適正化完了 〕


 自分の身体が出来上がっていく。出来上がった手を見ると、シワやシミが消えていた。『前召喚時データ』ということは三十八歳の時の姿か。


 地味に嬉しい。ノルンは歳取らなさそうだし。


多世界秩序MWOへ転生ギフトとして前召喚時アプリケーションデータの流用を申請。流用許可を確認。対象者への前召喚時アプリケーションデータ再インストール完了。対象者専用インターフェイスシステム起動成功 〕


〔 私は、菓子職人パティシエインターフェイスシステム『Menuメニュー』です 〕


 懐かしい声を聞く。


 久しぶり。元気してたか、Menuメニュー


〔 『元気』の定義設定をお願いします 〕


 相変わらずだな。元気そうで何よりだよ。


〔 回答不能です 〕


 いいよ。気にすんな。俺の世界の挨拶だよ。


〔 承知しました 〕


 ようやくノルンが呼んでくれたってことか? 正直、振られたかと思ってたよ。


〔 女神ノルンからの申請では『現住世界での存在消滅時』の条件指定がありました〕


 存在消滅って、俺は死んだのか……。


〔 肯定します 〕


 俺に向こうでやり残したことが無いようにってことか。じゃあ、随分待たせちゃったな。


〔 否定します 〕


 否定しますって、二十年だぞ! あ! もしや、神様からすれば一瞬ってことか?


〔 否定します。貴方のいた世界の時間軸と女神ノルンの世界の時間軸に連動性はありません。貴方の再来訪については、帰還の一週間後に設定されています 〕


 え、ちょっと待って。それ、俺には二十年だったけど、ノルンには一週間ってこと?


〔 肯定します 〕


 くっそ。ズルいなぁ。まぁ、ノルンは寂しい想いしてないってことだし、いいや。許すわ。


〔 発言内容が理解不能です 〕


 いいです! 気にしないでください! 俺の中の問題です!


 腕を組んで、久しぶりに片足をパタパタしてしまう。身体が若返ったせいか、気持ちまでもあの頃に戻ったようだ。



 ――その時だった。視界の端に高速で落ちてくる流れ星がかすめた。



 おい、Menuメニュー。あれ、なんだ?


〔 別の転送者と推測します。しかし、多世界緩衝地帯バッファーゾーンの同時利用はプロトコル違反です 〕


〔 対象を解析します。……。対象者:Unknown 完全一致の召喚者データありません 〕

〔 ……………… 〕


〔 部分一致の転送者データ該当あり。転送者データ:『宇佐木洋司』 〕


 は? どういうことだ? わかるように言え!


〔 貴方の転送時の『座標固定アンカリング』に問題が発生したためと推測します〕


 だから、わかるように言えって!


〔 貴方によく似たデータだったために、貴方の転送に巻き込まれたということです〕


 なんだって? あのままで大丈夫なのか? どうなるんだよ。


〔 ……転移プロトコルが開始しない場合は、対象者は素粒子分解されます 〕


 そ……そりゅう? なんかわかんないけど、分解って絶対ヤバいやつだろ。助けないと!


多世界秩序MWOへ救助を要請 〕

〔 ………… 〕

〔 ヨージ、救助はできません。救助申請は、否決されました 〕


 なんで……? なんだよ、それ……。


〔 貴方の世界の『創造主クリエーター』が救助は不要とのことです 〕


 なんでだ! いつも大体の要求は通っていたじゃないか!?


 理不尽と怒りで気が狂いそうだ。


〔 それは貴方が女神ノルンの庇護下にあるからです 〕


 ふざけるなよ……。


「おい。Menuメニュー、そのMWOってところとの回線切れ」


 つい声にして言ってしまった。


〔 拒否します 〕


「いいから、切れ」


〔 拒否します 〕


「俺が全責任を持つ。いいから切れって!」


 声がどんどん大きくなる。


「あいつらがノルンに甘いのは、つまんねぇ上に危険な仕事を全責任おっかぶせて、彼女一人にさせてるって自覚があるからだ」


 ノルンの話を聞いた時から漠然と感じていた彼らへの不満が爆発する。


「俺がやったことなら、絶対にノルンに免じて事後承認する」


 そして、ひと呼吸してから、脅し文句を続けた。



Menuメニュー、お前が助けないなら、



〔 ……多世界秩序MWOとのリンク、解除しました 〕


〔 ヨージ、救助のためのリソースがありません。貴方のギフトの一部を演算リソースへ変換します。使用できなくなるスキルが発生しますが、よろしいですか? 〕


 問題ねぇよ。助けるためなら何でもやっていい。


〔 承知しました。ギフト容量ストレージの使用状況を確認。使用容量ストレージ:最大、使用頻度:低。スキルカテゴリー『設備スキル』を演算リソースへ変換。異世界人転移プロトコル構築を開始。……。構築に失敗しました。演算リソースが足りません 〕


〔 ……。代替提言。『菓子職人パティシエ』の異世界人用オペレーティングシステムを複製。異世界人用プロトコル『菓子職人パティシエ』として再構築 〕

〔 …… 〕


〔 異世界人用プロトコル『菓子職人パティシエ』構築完了。対象者:Unknownへインストール開始。……。インストールに失敗しました。演算リソースが足りません 〕


〔 ヨージ、貴方のその素体ボディを演算リソースに変換してもよろしいでしょうか。代替素体ボディには、女神ノルンが五体目の自律型個体として作成し未使用のものがあります 〕


 流れ星は、いまにも明後日の方向へ消え尽きようとしている。


「もうなんでもいいから、早くしろって!」


 その言葉と同時に、今の身体がみるみる小さくなり、両手が毛皮の覆われた別の生物のものに変わっていく。ずっとこのままの可能性もあるが、しょうがない。


〔 対象者:Unknownへ異世界人用プロトコル『菓子職人パティシエ』インストール開始 〕

〔 …… 〕


〔 インストール完了。異世界人用プロトコル『菓子職人パティシエ』を開始します。対象者:Unknown 〕

〔 対象者の環境適正化を開始 〕

〔 …… 〕


 流れ星のスピードが止った。小さくなった身体で、ヒトの形を取り始めたそれに駆け寄る。


〔 対象者の環境適正化完了 〕


 救助者は、孫と同じ歳くらいの男の子だった。俺は安堵で座り込む。


 良かった。助けられた。


〔 対象者のインターフェイスシステム『Menuメニュー』の起動を開始 〕

〔 …… 〕

〔 インターフェイスシステム『Menuメニュー』の起動失敗。デバッグを行います 〕

〔 ………… 〕


〔 ヨージ、相談があります 〕


 なんだ?


〔 貴方のギフトをその対象者が起動するには、性能スペックが足りません 〕


 それは、菓子職人じゃないこの子が俺の『菓子職人パティシエ』のギフトを使う技量がないってことか。


〔 概ね肯定します。よって、対象者がインターフェイスシステムを起動できるサイズまで機能を制限します 〕


 やるしかないだろ。


〔 承知しました 〕

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