異世界生活4日目

4日目①

 健やかに寝ていると、肩を揺さぶられる。


「……もう少し寝かせてくれよ……お父さんは……今日は休みなん……」


 揺さぶる手を払おうとすると、なんだかモフモフっとした感触だった。ん?



「オトウサン、って何?」



 目の前に現れる凶暴な肉食動物の牙! 一瞬で目が覚め、慌てて飛び起きた。


「どぉわ! って、シロクマかよ。ビビらせんな……」


 安心した俺は、大あくびをしながら伸びをする。Menuメニューが視界の左下に表示してくれている時間を確認すると、まだ朝の九時だった。


「なんだよ。迎えにくるの早くね? 午後だろ、ノルンの用事」


 シロクマは、腕をバタバタさせている。なんだよ。


「へ……へ……へ……陛下がお外に出るなんて、一大事なんだよぉ!!」


 ふぁあと、また大あくびが出て涙がこぼれた。手の甲で涙を拭ってから、ベッドに腰かける。


「そうなの? じゃあ、なんだ。みんな、もう準備始めてるってことか?」


 両手を挙げていたシロクマが、赤べこのように頭を振って頷く。


「わかった。着替えてから裏庭行くわ。起こしてくれて、ありがとな」


 シロクマはサムズアップすると、部屋を出ていった。シャワー浴びてから着替えるかぁ。俺は、「よっこらしょ」とベッドから立ちあがるとバスルームへ向かった。



 身支度を整えて裏庭に出ると、ネコが大きな長いテーブルを準備している。すげぇ。本格的なガーデンパーティーだな。


 それと裏庭のジャングルがきれいさっぱり無くなっている。その代わりに、様々な果樹がキレイにカテゴリー分けされて、整然と植わっていた。


 木の高い場所で作業しているウルフが乗った脚立をパンサーが押さえていたので、俺はそちらに近づくと、彼女に声をかけた。


 今日は黒のスーツではなく、交番にいるお巡りさんの服装だ。警察官が職業ってことか。


「よお、昨日は悪かったな」


 パンサーは気まずそうに、困ったような笑顔を俺に向けた。


「ちょっといいか」


 少し顔貸せ、と親指で後ろを指すと、パンサーはウルフに断りを入れて脚立から手を離した。


「なんでしょう」


 さて、なんと伝えれば良いものか。とりあえず、一番気にしていそうなことを解消するか。


「たぶんさ、お前が悩んでることに、気がついてると思うんだよね、ノルン」


 パンサーは「やはりそうですかね……」と小さく呟く。


 その悲しそうな様子に思わず、俺は腕組みをして、片足をパタパタしてしまう。元妻及び娘が、脳内で手を腰に当てて怒っている様子が浮かんで、慌てて足の動きを止めたが、もう直らないクセな気がしてきた。


「ノルンってこの世界を作った女神様なんだろ? それってお前たちの母親みたいなもんだし、……なんて言えばいいんだ。うーん。とりあえず、ノルンに限らず、ネコもシロクマもウルフもお前がどんなでも気にしない……いや違うな……むしろ、もっと好きに自由にしてほしいんじゃないかな」


 デリケートな問題のため言葉を選びに選んでいるが、俺の残念な脳みそでは上手く言葉が出てこない。


 Menuメニューさ、パンサーに俺の世界にいる彼女みたいに悩んでる人たちの情報を送ってやってくんない。俺の浅い知識で伝えるより、その方がよっぽどいいわ。


〔 承知しました。警察官ポリスオフィサーインターフェイスシステム『Justiceジャスティス』へ該当情報の送信を開始します。『Justice』より受信許可を確認。『Justice』受信完了しました 〕


 パンサーはしばらく考え込んだ後で、フフッと微笑んで俺を見る。


「優しいのね。ありがとう。もう少し考えてみてから決めるわ」


 作ったような硬派なパンサー君は消えていたので、またノルンに喜んでもらえるかなと多少の下心はあったものの、俺も彼女のその結論に「悪くないね」って顔で応えた。



 シロクマとウルフ、パンサーは、ノルンの視察の順路を話し合っている。俺もテーブルセッティングを終えたネコに、提供するスイーツ類の確認をすることにした。


「カワイイのがいい」


 オーダー雑ッ! まぁ、女の子は『カワイイ』のが、そりゃ好きですよね。


 やっぱ、英国ブリティッシュスタイルのお茶会っぽいのがいいよな。


 そういえば、静岡で人気のタルト専門店の大きなフルーツタルト、かなり娘喜んでいたし、タルト作るか。


 あとチョコレートでできたウサギの耳のついたカップケーキも可愛いよな。うちの店でも子どもに人気があるし。


 とりあえず、一通りテーブルに華やかな菓子を出して、ネコに確認していく。出すのも消すのも簡単で、本当にこのスキルシステム持って帰りてぇわ。


 最後に、ネコにパンサーとお揃いで黒スーツをおねだりすると、逆に「いっそ全員同じ格好したら?」と提案される。シロクマやウルフに確認すると、シロクマは「暑そう」と難色を示したが、ウルフは二つ返事で承諾してくれた。


 俺も身長はある方だが、ウルフとパンサーもあまり目線が変わらないので、三人で黒スーツを着て並ぶと、かなりの威圧感だ。


 シロクマは結局、「Tシャツを手に入れた今のボクにはこれ以上の正装はありません!!」と意味不明なことを言って、着るのを拒否った。


「え……ウルフパイセン……かっこよ……無理ぃ……」


 ネコの目がハートマークになっている。俺は? あ、眼中になさそうですね。失礼しました。


 確かに、ウルフは完全にダーティ・ウルフって感じだった。もういっそのこと、黒スーツじゃなくて、グレーのスーツの中に赤いセーターでも着てほしい。


 パンサーはすごいちゃんとシークレットサービスっぽいけど、俺はなんかゴロツキっぽいな。なにこれ、育ちですか。確かにヤンキー多めの公立高校の出ですけど。


 俺達の着替えが終わると、シロクマとネコとパンサーは、ノルンを迎えに行ってしまったので、ダーティ・ウルフと話す時間ができた。


「巨峰って、用意できる?」

「ん。問題ないぞ」


 ウルフはすぐに準備してくれる。


 おお。ぱっつん、ぱっつんの巨峰ですな。美味そう。巨峰のタルトなんて原価高すぎて、うちの店じゃ出したことないからなぁ。


「もう少し午後まで時間あるし、俺、部屋に戻って、巨峰のタルト作ろうかと思うんだけど、手伝ってくんない?」


 実をもいで、切るのが面倒だった俺は、ウルフの人(?)の良さにつけこんだ。

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