3日目③
素材スキルの一覧を見ながら、バニラビーンズがないことに気がついて、作成を
バニラアイスは後回しにして、ストロベリーアイスを作り始める。出来上がりを味見しつつ、果物自体を活かすならソルベの方がいいかな。
そうなるとイチゴだけじゃなくて、カシスやブルーベリーもほしい。あとでウルフに頼もう。
コンコン。扉のノック音で、思考を中断される。
俺が「どうぞ」と回答すると、観音開きで扉が自動的に開かれた。扉が開いた先には、豹の警護を連れたツバの広い帽子を被り、サングラスをした派手な金髪女が立っていた。
白黒のコントラストの効いたピタッとしたロングドレス。そんなハリウッド女優のような出で立ちで現れた彼女は、無言で調理台のそばの丸椅子へ座ると、帽子を豹へ預けて、サングラスを取った。
まるで彫刻のような整った顔だ。誰この美女。見たことあるような、無いような。
「どうしたのじゃ。そのように余の顔を見て」
この変な時代がかった喋り方、もしや、大仏女? でも、小さいというか普通の人間サイズ。
「ああ。大きさか。さすがに、城の中を歩き回るのに、あの大きさでは不都合だからの。これは余の
わけのわからないことを勝手に言って、勝手に悩んでいる彼女の顔をガン見してしまう。顎に人差し指を当てて悩んでいる姿は、この世のものとは思えないほど美しかった。飴細工の世界大会を見ているようだ。
「まぁ、余のこの姿のことは気にするな。今日はそなたに謝意を伝えようと思っての」
謝意? 謝意を伝えられるようなことしたか。
「たったの三日間程度で、懸案事項のほとんどを解決してくれるとは思わなんだ。改めて、大儀であった。感謝する」
「俺、何もしてないけど」
話がよくわからん。大儀? 大河ドラマか?
彼女は調理台に頬杖をつくと、ハハッと笑う。
「この服は、ネコがあつらえてくれたものじゃ。いつも暗い顔ばかりしておったのに、今日は良い顔をしておった。それに『自由にしてよい』とは言ったが、裏庭の惨状には少し困っていたのでな」
なるほどね。大仏女の悩みを解決しようとしてやったわけではなかったが、結果オーライだろう。大いに感謝してくれ。
「それに先ほど、シロクマが来て、モジモジと要領の得ないことを言っておったので、『北の守りを固めるがよい』と伝えてきたのじゃ。あやつも忠義者だからの。無理にこの城に住んでおったのじゃろうが」
シロクマ、暑がってたのバレバレじゃん。
「もっと早く言ってやれば良かった、と思いもしたが、そなたがキッカケをくれなければ、余はこのような解決策を思いつきもせんかったろうて」
家来たちのことを思い出して、微笑む彼女を見ていたら、胸の中がなんだかこそばゆかった。
え? ん? ……ちょっと待て。待て。なに? 胸がこそばゆいって!
もうすぐ
「……えっと、なにか甘いもんでも食べますか?」
急に丁寧語になる俺、ダッサ。高校生かよ。思春期か!
「噂の『カシ』じゃな。いただこう。ネコからは特に黒いのが美味しかったと聞いておる」
黒いの……ガトーショコラか。ショートケーキと並んで、うちの看板商品だからな。
「後ろのアンタも食べる?」
「いえ、職務中ですから」
警護の豹へも念のため確認したが、そう短く固辞された。まぁ、見るからに真面目そうだし。
彼女へガトーショコラが乗った皿を差し出しながら、ちらっと彼女を見ると目があってしまった。「ん?」と微笑む彼女から、なんでもないといった風に、ゆっくりと悟られないように俺は目をそらす。
顔は美人すぎるし、かといって視線を下に向けると、スタイルはクソいいしで、目のやり場に困る。
俺がそんな男子高校生のような無茶苦茶な心理状態であることなぞ知る由もない彼女は、初めての食事とは思えない優雅さで、ケーキをフォークで一口サイズに切ると、生クリームと一緒に口に入れた。そして、瞳の奥にきらめきが灯る。
「なるほど。これが『美味しい』という気持ちなのじゃな」
満面の笑みで菓子を褒められた俺は、ニヤけそうな口元を手で隠しながら「そりゃどうも」などとぶっきらぼうに答えた。ヤバイな。可愛い。
***
ガトーショコラをキレイに完食した彼女は、立ち上がると豹から帽子を受け取り、被り直す。
「また、いただきに参ろう」
え? もう帰るの? でも引き留める理由もないし……。もう一つくらいケーキか何か出すか。思考がグルグルと回る。
何年も女性を誘ったりしていないせいで、まごつく俺ダセェ……。
「え……あの……名前」
俺のダサすぎる呼びかけに、扉に向かおうとしていた彼女が振り返る。
「名前……余のか?」
下手くそなナンパかよ……。ダサすぎて恥ずかしくて死にそうだったが、なんとか頷く。
「……
彼女は、キレイにネイルされた指先を整った唇に当てながら、上の方を向いて少し思案しているようだった。
「……俺が呼ぶので……」
ヤバイな、これ。俺、絶対いま顔赤い。ヤダもう。
「フフッ。そなた面白いの。ノルンじゃ。余の名は、ノルン」
「ノルン……さん」
口に出してみると、さらに心臓音が跳ねあがって頭の中で響く。
「ノルンで良い。余もヨージと呼ぼう」
整った唇からふいに名前を呼ばれて、急性心筋梗塞を起こしそうになる。死にそう。そんな俺の状態なんて知らない彼女は、急に真剣な顔で黙ると少ししてから豹の方へ向き直った。
「……少し長居しすぎたようじゃ。すぐに仕事に戻る。パンサーよ、帰りは不要じゃ。そなたはこのままここに残って、ヨージの菓子をいただくと良い」
パンサーと呼ばれた豹が敬礼すると、彼女は指をパチンと鳴らして、その場から消えてしまった。
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