第41話:柱

「くくく……ア~ッハッッハ!! なぁにが羅刹の討滅師デスカ! 古廻といえど所詮はこの程度。この文曲には敵いませんデ~ス! あの巨馬の足に蹴られれば一溜ひとたまりもありませんデッス!!」



 ◇◇◇



 文曲は宝ヶ池の中程へと落ちた男、古廻戦極を見て馬上で狂ったように嗤う。

 我らを闇の勢力とレッテルを貼る、神楽淵と似たような力を使う裏切り者共・・・・・の古廻。

 卓越した剣技を使い、陰陽術で式神を使役し、巨大な兵器庫たる異界に骨董やを隠し持つ。


「ふん、だが現実はどうデスカ? 剣技も及ばず、式神すらまともに使えず、兵器庫から骨董品すら持ってこれなイ」


 馬群の先頭へと飛び移り、神喰の月光に照らされた池の中から沸き起こる泡を見る。

 

「日本の奴らは古廻というネームに踊らされすぎデスネ。この文曲が持ち込んだ西洋の魔術知識と、科学力。これらを組み合わせ、咒という古臭い式を利用すれば、古廻など恐れるにたら~ずデス」


 そう言いながら文曲はアゴを上にしゃくりあげ、泡の中心を斜めに見下ろす。

 が、一際大きな泡が弾けたと同時に、底冷えする声が響く。


「オイ……オマエ……」

「んんん? 気のせいデスカ? 今声がしたような」

 

 さらに大きな泡が浮かび弾け、次の瞬間一本の水柱が発生。

 直径二メートルの水柱は、三メートルほどの高さまで上がったと同時に真っ二つに割れ、中から一人の男が現れた。


「コ、古廻戦極!? 生きていたのか!! それよりなぜ水面に立っていられるのデスカ?!」


 それに答える事もなく、俺は水面に静かに佇む。

 が、その瞳は熱く濡らした怒りに震え、口元からは七色の蜜が流れ落ちていた。

 そしてゆっくりと立ち上がると、口元を拭いながら大きく息を吸った後に話す。


「猿面! オマエのせいで、俺は、俺の口は……得体の知れねぇ何かに汚されたッ!!」

「……はぁ?」

「はぁ? ぢゃねええ!! オマエにもあのおぞましい味を口一杯に詰め込んで三回泣いてもまだまだ詰め込んでやるために俺はここにいるッ!!」

「せ、戦極様、息をするのを忘れているんだよ。それに目的はそれじゃなくて、あの咒術式を止める事なんだよ」

「困ったあるじぃなんだワンねぇ」


 お前らはなぜ分からん! 俺はあのアメンボウ野郎に汚されたんだぞ! でも、ちょっぴり美味しかったのは内緒なんだぞ!!

 だがそれよりも、古廻が馬鹿にされるのはシャクだ。


「いいかよく聞け。俺はまだ皆伝はおろか、中伝しか修めていねぇし、陰陽術も苦手・・だ。だから異怪骨董やさんの品も満足に使えねぇ」

「フン。例え使えたとして、この無尽蔵に湧き続ける肉食馬群に勝てるとデモ?」

「勝てるかどうかなんて関係ねぇよ。勝っちまう・・・・・、ただそれだけだ」

「馬鹿も休み休み言うデ~ス! たかが水の上に立てた程度で、この戦力差がどうにかなるとでも思うのデスカ? 御託ごたくはもう結構デェス。水の上が安心だと思った馬鹿に現実を見せてやるデス!!」


 文曲は印を組むと、足場にしている馬の背に素早く咒を刻む。

 そこを起点に五芒星が描かれ、それが全ての黒馬の足元へと広がったと同時に、黒馬のひずめに異変が起こる。


 足元の地面から土を吸い上げ、それが蹄にまとわりつき異常な大きさの蹄になった。

 まるで洗面器でも貼り付けたようなソレは、次に何をするのかが容易に想像がつく。


「さあ行け黒馬共! 今度こそ古廻のクソガキを食い殺すのデス!!」


 一斉に前足で数度宙を蹴り上げ、そのままこっちへと突っ込んでくる。

 黒馬群は池の水へと前足を突っ込んだ瞬間、沈み込む前に別の足で勢いよく水を蹴る。

 洗面器みたいな蹄が水を蹴り、冗談みたく水面を走り始めた。

 

「クソガキは一歩も動けないデ~ス! 一気に食い千切るのデス!」


 その光景を無表情に見つめ、苦々しく足元へ視線を向けて口を開く。「やれるのか?」と。

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