第40話:宝ヶ池の攻防戦~九

 そのまま馬群へと飲み込まれ、奴らの蹴りを思い切り食らう。

 わん太郎が盾を作り、悲恋で左右から迫る蹄や噛みつきを斬り飛ばし、息も絶え絶えに体捌きでかわし踊る。

 だが次々と湧き出る黒馬群にジリジリと押し込まれ、周囲は奴らに包囲されてしまう。


「あ、あるじぃ。このままじゃ、やられちゃうんだワン」

「分かっている! 俺の事より、お前は喰われないように自分を守れ!」

「そんな事は出来ないんだワンよ~。あるじぃが怪我をしたら、ワレは悲しいんだワン」


 くそ、マズい。マズすぎる! これ以上わん太郎に心配もかけちまうのも可愛そうだが……まだ堪えるしかねぇ。


「戦極様! 下から大きいのが来るんだよ!!」

「チィィッ!! しっかり掴まっていろよ、わん太郎!!」


 わん太郎を首の後ろへと庇いながら、真下から這い出る巨大な黒馬の足。

 それに盛大に蹴り上げられ、斜め後ろへと十五メートルほどの高さへと打ち上がりつつ吹き飛ばされる。

 

 咄嗟にわん太郎が氷の盾を出し、それを足場に巨大な馬の足に蹴り上げられたと同時に打ち上がった事で、ダメージは最小限だったがマズイ。


 そのまま高速で吹き飛ばされ、宝ヶ池へと真っ直ぐ落下するコースへと乗る。

 下を見れば黒い波が押し寄せており、このまま池へと落下すれば助かるが、そこから戻れば黒馬に踏み潰されるだろう。


「クソッ、どうする!? このままじゃ池に落ちるぞ?!」

『あのぅ……』

「そうは言っても空中では身動きは取れないんだよ!」

『そのぅ……』

「あるじぃ! 黒馬が真下で猛っているんだワン! 食べられちゃうんだワン!!」

『ぼく、ねぇ……えへへ』

「「「えへへじゃない! うるさい!!」」」

『あ、あぅぅ……』


 懐から男の娘の声がする。よく見れば、異怪骨董やさんから無理やり押し付けられた、紅白の〝ペロ・・ペロキャン・・・ディ〟に宿った骨董品が話をしていた。

 それが涙声になりながら、あざとく話す


『ぼ、ぼくに、ね。任せてよ、えっへん』

「任せてって言われても……お前そもそも何の付喪神なんだよ?」


 ペロキャンは、ちょっぴり憤慨した感じで頬を膨らませたように話す。無駄に芸達者なやつだ。


『話している時間……ないでしょ? だからね、ぼくを信じて……えへへ。ぼくのボク・・を味わってほしい……な?』

「うっさいわ! 誤解される言い方はよせ!!」

「戦極様、今はぼくっ娘くんを信じるんだよ!!」

「く……ったく、仕方ねぇ。頼むぜペロキャン!!」


 懐から取り出し、紅白に渦巻くペロペロキャンディへとかじりつく。

 瞬間、『ああぁぁん♪』と口の中からおぞましい悲鳴よろこびが聞こえ、『ぼく……ぼくぅ……』と何か興奮をしている。マジカンベンしろ。


 数瞬後、『だ、だめぇぇん!』と口の中でペロキャンがビクリ・・・と震え、ヤツの糖分が口内に広がる……。

 少しカビ臭い香りと、ヤツにカビが生えてたのを思い出し、俺・涙目。

 

 こみ上げる吐き気でえずくが、「吐いちゃやだぁ……」とか言いやがり空中なのに卒倒しそうになる。

 顔面蒼白になりなりながら、ちょっぴり美味しいミルクいちご味だと思ったと同時に、ペロキャンが変化しだす。

 

「なっ、なふぃが起こっふぁ?!」


 アメ部分が長くなり、そこから足が生えて・・・・・きた。

 さらにそれが続き、咥えている所がゴワゴワとした、硬いものへと変わる。

 上唇にはセロファンみたいな質感の何かが張り付き、不愉快さが留まるところを知らない。


「戦極様ぼくっ娘が……」

「おっきな〝アメンボ〟に变化しているんだワン!!」 

何になふぃぃぃぃ!?」


 今おかれている、命の危機を忘れるほどの驚愕の事実。

 昆虫。しかもバカでかいアメンボを口いっぱいに頬張り、しかもそのケツを口に入れている衝撃で意識を失いかける、が。


『えへへ……ぼくの。初めてをね……その、あげる。ね?』

「やふぇてやふぇてやふぇてえええええ!!」


 必死に懇願するも、口いっぱいに七色の水飴がヤツの尻からぶっぱなされる。

 濃密で鮮烈な究極の甘味と、夏の夜を感じる〝しぼみかけの夕顔の渋み〟が脳天を直撃。

 ビクリと七回痙攣けいれんしながら、真っ逆さまに宝ヶ池へ沈む。

 それを見た文曲は、両腕を広げ「殺ったか!?」と狂喜していた……。


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