第31話:べとべと

「チィィ、これしか古廻ヤツの情報を集められないとは予想外デスネ~」

「戦極様、丘の上を見るんだよ」


 それに「丘の上?」と問つつも、視線を石階段へと向ける。

 上りきった先には明らかに人影があり、こちらへと敵意をねじり込む。

 ただその人影、影という表現がこれほど適切な奴もいない程、真っ黒な出で立ち。


「黒子ってヤツか?」

「そのようなんだよ。あ、消えちゃったんだよ」


 見るからに怪しいヤツ。と言うより、どう見てもこの騒動を起こしているヤツらの一人にしか見えない。

 小さく「チッ」と吐き捨て後を追おうとする、が。

 

 すると安定の子狐だ犬が俺の頭の上でなにやら話す。


「くんくん。ふふん。ワレにかかればアノ者の正体は掴めたんだワン!」

「……一応聞くが、誰だよ」

「悪者の匂いがプンプンするんだワン。つまり悪いやつなんだワン! ふふふ、あるじぃもそんな事が分からないとは、まだまだだワンねぇ」


 左手でわん太郎の首根っこを掴むと、そのまま振りかぶり思い切りぶん投げる。


「悪者かどうか調べて来いッ!」

「うわぁぁぁん! ひどいんだワーン?!」


 数瞬後、鈍く「ゴッ」とおかしな音が響き、「「ぎゃあ」」と声が重なる。

 なんだか間抜けそうな敵だと思いながらも、わん太郎の安否を気遣う。


「大丈夫かあいつ」

「……投げる前に心配してあげるんだよ?」

「……お前だって、いつもブン投げるだろ」


 美琴は「ぅっ」と詰まりながらも、「そんな事もあるかも知れない事も無いんだよ」と言いつつ、コホンと咳払いをする。

 幽霊娘の言い訳に呆れながら、わん太郎の元へと駆けつけたが……。


「いい仕事しやがる」


 そこには青く光る細い毛が、数本固まって落ちていた。

 それを見て少し口角をあげ、右手で印を結び光るモフ毛へ術を施す。


「――さぁ、わん太郎あるじ元へ案内してくれ」


 徐々に体毛は、矢印に形を変え浮かび上がる。

 さらに方位磁石の針と同じようにクルクルと動き出し、二秒後に目標へと固定された。


「じゃあ案内してもらうぜ、黒子さんの元によ」


 一気に石階段を駆け上がり、黒子の後を追う。

 すると宝ヶ池の外縁部へと続く、道の方向へ青毛が指し示す。

 途中の四阿あずまやに妙な気配を感じ、尻目でテーブルの上を見ると、やはり咒印が刻まれていた。


「戦極様……」

「分かっている。黒子野郎が何かしていたんだろうさ」


 そのまま確かめずに後を追い道沿いに進む。

 青毛が三回勢いよく周り、さらにその先を示す。

 池から少し離れた場所にある、林の向こう側へと青毛の矢印は方向を定め、激しく先端が伸びていく。


 どうやら青毛の主、わん太郎はすぐそこのようだ。

 赤松林に囲まれた公園内を、最小の動きで現場へと向かう。

 数秒後、林の切れ目から向こう側で戦闘音が聞こえる。


 見れば、わん太郎と黒子野郎が〝ぽこぽこ〟と殴り合っていた。


「は、離すデスネ~!」

「いやだワン! ちゃ~りゅのために頑張るんだワンよ~!」


 わん太郎が黒子野郎の頭巾へと噛みつきながら、前足でぽこぽこと頭を叩く。

 それを払おうと黒子野郎が、頭のわん太郎へと拳を振るうが、わん太郎の顔をした氷の盾に阻まれて殴れない。


 互いに「うぉぉぉ!?」だの、「このぉぉぉ!!」と言いながら転げ回っていた。

 思わず美琴と「「ナンダコレ」」と口を揃えて絶句していると、黒子野郎が転げながらこちらへと勢いよく迫る。


「おいいいい! 古廻戦極! お前がこの駄犬の飼い主デスカ!? 何もしていない一般人に噛みつくなど、訴えてやるのデスヨッ!!」

「ぇ……ぃゃ……知らないデスヨ~」


 思わず視線をそらす。だって、黒子野郎の頭巾がボロボロで、よだれまみれになっていたから。

 あんな高そうな布や、黒子のくせに技工が素晴らしい刺繍を弁償したくない。

 そうだ。俺は無関係なのだと、隣にある赤松の木の幹を見て「松食い虫って怖いよな」と呟く。


「知らないだなどと、よく言えたものデスネ! 早くしないと警察を呼ぶデスネ~!」

「へぇ……呼ばれて困るのはお前だろう。なぁ、自称一般人さんよぉ」

「な、何を言っているのデスカ?! 私は通りすがりの芸達者。それを疑うなどと」


 黒子野郎の言い訳にもなっていない、苦しげな言い分に美琴が呆れながら話す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る