第23話:枢木邸を見つめる影

「美琴、動物霊を使って何をすると思う?」

「私もソレを考えていたんだけどね、多分……そう。あの泥さんだと思うんだよ」

「泥野郎? あいつが何をしたってんだ?」

「ヒントは二つ。一つは泥さんが創られた存在だという事だよ。もう一つはその中身なんだよ」


 創られた……中身? あぁそうか、つまり――。


「なるほどな。泥野郎を動かすための核が必要だからな」

「うん。だから動物霊を使って元になった核、つまり魂を安定させるために使ったんだと思うんだよ」


 美琴の話は続く。神楽淵は泥野郎を作ったはいいが、それを動かすには強い魂が必要。

 だがそれを泥野郎の核に据えたはいいが、安定しない。


 そこで動物霊。特に妖かしになろうかというレベルの物を、広沢池に作った咒法式でおびき寄せ、閉じ込めてから泥野郎に喰わせ力を取り込んでいたという。


「だから人になりかけの影が複数見えたのか」

「だと思うんだよ。だからあそこに踏み入れるまで、その異様さに気が付かなかったと思うんだよ」

「だなぁ。まぁ、それが一般人にまで閉じ込めなかった事は助かったがな」

「それはそうなんだよ。だって、もし人が消えたりしたら騒ぎになって、戦極様が来るかもしれないんだよ」


 確かにそうだな。だがそこまでして、泥野郎を俺にけしかける理由は何だ?

 移動時間と、戦闘時間。それらを足しても、大した足止めにもならないのは分かっているだろうに……。

 それに三週間前から用意していたってのも気になる。

 

「全てはこの神喰の結界のため、か? ……宝ヶ池へ急ぐぞ」


 美琴とわん太郎は頷くと、戦極と共に闇へと同化し消えていく。

 その後ろ姿を素焼き面は見て独りごちる。

 

「嫌な予感しかしねぇぜぇ……死ぬんじゃねぇぜ、古廻の旦那ぁ」


 付喪神の体には毒な怪しく輝く月光を受け、素焼き面は震えながら石碑の上に乗るのだった。



 ◇◇◇



 ――同時刻、枢木邸。


「くれぐれも外出はいたしませぬように。特に夜間の外出はダメです。いいですね?」

「はいはい。今日は色々あったし、もう寝るわよ」

「それではお嬢様、失礼いたします」

「あ……善次。その、今日はありがとう」

「いえ、これも仕事ですので。それではお嬢様、失礼いたします」


 そう言うと善次は見惚れる動作で頭を下げ、音もなくドアを閉めて去っていく。

 ドアが閉まってからベッドに座わり、善次が居た場所を見つめてから、今日あったことを思い出し窓を見る。


「結局……何だったんだろう。でも幻でも何でも無い。あれは一体……」


 先程までの非現実的な事を思い出す。

 でもやっぱり幻だったんじゃないかと思うほど、現実感が無い。

 でも私の右手に今もある、この亀石が現実へと引き戻す。


「ある、よね。ハァ……分からない事を考えても仕方ないし、今日はもう寝よ!」


 電気を消し、猫のベッドランプをつけてから横になる。

 少しだけ冷たいシーツに震えるも、すぐに暖かくなってまぶたが重い。


 やがて眠くなりかけた時、アイツの事を思い出す。

 そう、あの変態なアイツを。


 体が乗っ取られそうになった時、颯爽と現れ助けてくれた。

 やる気のない声と顔のくせに……くせに……。


「かっこ……よかっ……た……な」


 そう言うと明日夏は眠りに落ちる。よほど疲れていたのか、夢の世界へ深く、深く沈み、朝まで目覚めないだろう。



 

 ――明日夏が眠りに落ちた頃、枢木邸の一室をビルの屋上から見下ろす存在が居た。

 一人を除き、全員が黒装束……いや、黒子と呼ばれる出で立ちの者が三名。

 その中で一人だけが赤紫の公家衣装を着用した、翁面の男が話す。


「姫はお休みになられたかのぅ」


 翁面はあご髭をしごきながら楽しそうに話す。

 それを聞いた黒子の一人が話す。


「今はまだ姫の力も未覚醒。それにあの執事しゅごしゃと屋敷を囲む結界も邪魔デスネ~」

「左様。今はこのままでよかろう。姫が覚醒してから、ゆっくりと頂くとしようかのぅ」


 黒子の男は頷きながらそれに応える。


「デスネ~。まずは計画通り、禍神との邂逅が成功した事を祝うデスネ~」

「アレが成功と言っても良いものかのぅ?」


 そう言われた黒子は、「ぐぬぅ」と一言吐くと、悔しげに話す。


「あそこで古廻が出てくるとは……この〝文曲ぶんぎょく〟一生の不覚デスネ~」

「まぁよいよい。此度はお主の舞台じゃて。好きに舞うが良かろうて」


 文曲は「感謝デスネ~」と言うと空を見上げ、その完成度の高さに微笑む。

 その視線の先にある赤黒くなった神喰の月蝕は、京都へ不吉な影を落とし続ける。


「それでは古廻戦極おきゃくさまのお出迎えに行くデスネ~」

「頼んだぞ?」


 翁の言葉に「承知デスネ~」と言うと、文曲は貯水槽タンクの影に溶け込む。

 

「さてさて。古廻の力、能楽淵われらに敵うかのぅ? ふぉっふぉっふぉ」


 そう言うと黒子達が消え去り、最後に翁がおぼろげな影になり消え失せたのだった。



 ◇◇◇



 ――時は進み、広沢池を出てから二十三分後。

 北区の三叉路にて戦極は歩みを止める。

 その視線の先にあるのは、個人的には大当たりの料理屋があったからだ。

 

 場所は、戦極も何度か訪れたことのある、秋山という名店の前だった。

 三叉路の並びにあるこの店は、竹筒をくり抜いて器にした中に、旬の御造りを品よく並べたのが面白い。

 特に……いや、全ての料理が職人の拘りと言うのもおこがましいほど、口に含んだ瞬間、素材が野生で踊る景色が思い浮かぶ神業ぶりだ。

 

 それほど鮮烈で激しくも、しっとりとした感動が舌を魅了し離さない。

 だからこそ、思わず足を止めて、口内を食欲という欲望があふれだす。


「……戦極様……ねぇ戦極様? よ・だ・れが出ているんだよ?」

「ハッ!? し、しまった! これは神楽淵の罠ッ!?」

「あるじぃはワレと一緒だワンねぇ~」


 なッ!? 子狐だ犬と幽霊に呆れられただと?!


「コホン……よし、そろそろ宝ヶ池だ。気を引き締めろよ?」

「「どの口が言う~」」


 なんつぅ酷でぇ奴らだ。まぁ、それもこんな魂から魅了する料理を出すココが悪い。

 さて、鬼が出るか能面が出るか、楽しませてもらおうじゃねぇか。

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