第19話:蠢くモノ

 それにしても厄介事ばかりだねぇ。まず一つは俺の移動手段が徒歩だという事だ。

 いや、正確には走ってはいるが、交通機関を使えない。

 

「電車やバスに乗れればいいんだけど、戦極様が乗ったら大変なんだよ」


 これだッ。また心を読まれているとしか思えねぇタイミングで、美琴さんは言いやがる。

 

「しゃあねぇだろ。俺が乗れば一般車両・・・・に付喪神が取り憑く」

「あるじぃは迷惑な漢だわんねぇ」

「うるせぇよ。まぁ否定出来ねぇのが辛いがな」


 そう、俺が何も対策をしていない電車やタクシーに乗ると、エライ事が起きる。

 先日ついうっかり、昔のクセでバスに乗ったら、付喪神が取り憑き運転手の操作を受け付けなくなった。


 あれは流石にキモを冷やしたが、まぁ何とか追い払ったからよかった。

 が、乗客は阿鼻叫喚だったのは言うまでもない。

 それにもう一つ理由がある。


「お爺ちゃんから、修行中は歩けって言われているから仕方ないんだよ?」


 これだッ。また読みやがった!? 恐ろしい幽霊娘だよホント。

 

「分かっているって。それに下手な交通機関を使うより、町中は走ったほうが早いからな」

「そりゃそうだワンよ。車や電車にビルは超えられないんだワン」


 そう言いながら左肩に前足だけで掴まり、ヒラヒラと凧みたく風になびく子狐だ犬

 自分で走れよと思うが、なぜか俺に掴まりたがる甘えん坊な奴だ。

 因みに語尾が「ワン」なのは、〆に強制的に言わされている。子狐なのに哀れな奴だ。


「そろそろ太秦駅うずまさえきだな。っと、ちょうどいい、アレの屋根を借りようぜ」


 丁度、嵯峨嵐山さがあらしやま方向へ電車が動き出すのが見えた。

 その屋根に飛び移り、しばし電車の旅を楽しむ。

 

「あ~無賃乗車いけないんだよ?」

「緊急時だから許してくんろ~。あぁ唐揚げウマー! 絶妙な肉汁あふれる揚げ具合……これがワンコインで食べられる幸せに、俺は、今感動しているッ!」

「無賃乗車しながら食べる唐揚げは美味しいですうか? もぅ。ちゃんと後でお金払いに行くんだよ? とは言え、戦極様が乗れるのは車両の外だけだから、ちゃんとお金受け取ってくれるか怪しいんだよ」

「お金を受け取る前に、通報されるんだワン。それよりワレにも唐揚げ~」


 違いない。屋根に無賃乗車しましたとか、アタオカもいいところだ。

 それにしてもトロリ線が怖い。トロリ線とパンタグラフのすり板間で、アーク放電がたまに起こる。

 放電のなんとも言えない生臭さがあり、何度上品よく乗車・・・・・・しても慣れねぇもんだ。


「そろそろ降りるぞ」


 二人の返事を聞かず、そのまま踏切へと降り立つ。

 ふと足元に視線を向けると、酔っ払い同士が肩を組み、大声で上司の愚痴を列車へと毒づく。

 どうやら走行音が大きい事をいいことに、思いきり叫んでるようだ。


「「部長の馬っかヤロうぉろおお!? 何だお前ッ!!」」

「おっと、悪ぃ。今夜は早く帰って寝たほうがいいぜ? じゃあな」


 俺に驚いた二人は尻もちをつき転ぶ。さっと起こしてやり、そのまま有栖川ぞいに広沢池へと急ぐ。

 走ること数分。遍照寺が見えてきたことで、目的地へもうすぐ到着すると気を引き締め二人に話す。


「もうすぐ到着だ。準備はいいか?」

「もっちろんだよ。悲恋の具合も良いし、何でも斬ってみせるんだよ!」

「ワレは偉いからして、いつでも大丈夫だワン!

「そいつぁ頼もしいねぇ。じゃあ……行くぜ?」


 ――広沢池。

 永祚元年えいそがんねんに築造されたと言われる、霊的に力が集まりやすく、通常でも怪異が起こりやすい場所だ。

 もろがここが怪しいとしたのも当然であり、それは見た瞬間ココ・・だという気になる。


 神喰の結界に照らされた池の回りでは動物霊が飛び回り、人に化けきれていない薄い影が蠢く。

 妖かしの影もちらほらあり、自分に気がついている討滅者の俺に敵意を向けてきた。


 圧倒的な力を内包するこの池は、霊場たる力を押さえるために、弁財天のお社が置かれているはずだが。


「これは酷でぇな。まるで百鬼夜行じゃねぇか」

「鳥獣戯画じゃないかな? だって動物霊ばっかりなんだよ」

「あぁ、そっちがしっくりくる。っと……どうやら俺らをお呼びらしいぜ?」


 怪しげな違和感が加速する。

 その違和感は、広沢池の要石たる石碑より感じた。

 石碑にはこうある。


 広沢池築造壱千年記念之碑――と。


 その石碑の下より俺達を値踏みするかのような視線と、敵意ある声が響く。

 見れば石碑へ一つの仮面が立てかけられており、その素焼きで出来た能面みたいな顔が浮かび上がると話し始める。


『ククク……まんまとコチラへ来た・・・・・・かよ古廻』


 銀光三閃。そう言いやがる素焼き能面へ、軽く三回斬りつける。

 能面は「ちょッ!? ま、待てッ!!」と言いながら、必死に避けているのが滑稽だ。

 息も絶え絶えになり、その必死さがうかがえる。


「よう、素焼面。久しぶりじゃねぇかよ。元気にしてたか?」

「今お前に真っ二つにされかかった以外はな! お前ら古廻がだらしないから、まんまとココへ誘導されるんだぞ?」

「うっさいわ。テメェを見逃してやっているんだ、自分の寝ぐらくらい自分で何とかしやがれ」

「チッ、これだから古廻ってのはムカつくぜ。ただまぁなんだ……まずはアレをどうにかしてくれ」


 素焼きの能面が左へと向く。その視線の先にあったのは、池の畔から水が少し無くなっている部分であり、それが蠢いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る