第66話 夏と海と砂の塔


 電車で1時間かけて海へ向かった。水着やゴーグルの準備もバッチリだ。

 海の家で浮き輪やバナナボートを借りて、砂浜に入ると一気にテンションがあがり、皆で走り出した。


「海だ! 行くぜお前らぁ!」

「ひゃっほー!」


 真菜はフリルのついたタイプのオレンジの水着だ。ビキニとフリルスカートが眩しかった。


「ま、待ってください。砂に足を取られ……。ふにゅう!」


 ロココは何故かスクール水着だった。

 胸元のわっぺんにはひらがなで『ろここ』と書かれている。


 転んだのを見かねて夢斗は引き返し、手を差し出す。


「ほら大丈夫か? ってかスク水で良かったのか」

「スクール水着は鉄板と聞きました。マニアック過ぎ、でしょうか」


 マニアックなのはそのとおりだ。

 しかし、スクール水着が嫌いな男っているのだろうか、いやいない。


「問題ない。すごく、オーケーだ」

「ふふ……。よかったぁ。やがては夢斗さんの性癖を網羅し支配しますからね」

「受けて立つよ」


 人間体となってからロココは結構生意気だったが、毒づき合う関係は、相棒のようで心地よくもある。


「ふたりともー! 早く入りなよーっ!」


 真菜が波打ち際で手を降っていたので、ロココと一緒に海に飛び込む。


「よっしゃあ!」

「行きます」


 夢斗は海に飛び込み、夏を感じた。

 ロココは、海面に顔からつっこみ「べしゃ」とおかしな音のしぶきを立てる。


 亜麻色の髪が海に沈み、浮き上がってこなかった。


「足、つくよな?」

「ぶくぶく……」

「大変! ロコちゃんは生まれたばっかりなんだから、泳げるわけないよ」


 真菜のいうとおりだった。

 ロココを引き上げ、背中をさすって水を吐かせる。


「げほっ、げっほ!」

「ほら。ちゃんと水だせよ」


「三途の川を渡りかけました。人は水の中では生きていけないのですね。すぅ、はぁ~」

「水中での息の止め方から、やったほうがよさそうだな」


 ロココが泳ぐどころではなかったので、まず水に顔を付ける練習から入った。

 夢斗と真菜で交代で手取り足取り、水中で息を止める方法などを教える。


 やがてロココはバナナボートにしがみついて、水の中を浮かべるようになった。


「できるように、なってきました」

「いいよ。その調子だ」

「ロコちゃん、あとちょっとだよ!」


 ふたりで、少し離れてロココの泳ぎを見守る。

 本当に妹を持った気分だ。


「はい、泳いだねぇ! 偉い!」


 真菜がロココの頭を撫でる。

 

「私は……偉いです!」


 褒められが発生したようで、何よりだった。



 一通り泳いだ後は、砂遊びにした。

 海でちょっと冷えた身体に、照りつける日差しと熱い砂が心地よい。

 真菜が何かをひらめいたようで、にやりと微笑む。


「夢斗君を埋める遊びをしよう。夢斗君は埋められる係ね」

「何から何まで、全部が俺に不条理だぞ、おい!」


「女の子が攻めるときは、甘えたいときなんだよ?」

「サディストを可愛い風にいうなよ?」


 とはいえ真菜に言われるとその気になってしまう。

 夢斗は言われるがまま、砂に埋められた。

 ロココもペタペタと小さな手で砂を固める。


「真菜さん。この遊びはクリエイティブな砂の棺をつくる、という解釈で合っていますか?」

「そんな感じだよ。まあじっくり埋めるといいんじゃないかな」


「砂の城……。象牙の塔でしょうか。『一時の儚さに美しさや夏が詰まっている』のでしょうね」

「うーん。うん?」


 ロココのポエムに、困惑する真菜。

 夢斗は砂で埋められながらも、ロココの状態を察する。


(こいつ今、脳内で『砂のお城』とか『夏』とか検索してたな)


 ロココの口調は『夏、海』の検索結果に当てられて、ノスタルジーになってしまったのだろう。

 スク水の少女が、風に靡く亜麻色の髪を抑えながら空を仰ぐ。


「『夏の海風がふきました。青春の匂いが運ばれています。若かりし記憶が思い出されます。あのとき造った砂の城は、崩れてしまったけれど。思い出は今も心の中に……』」

「ロコちゃん。ちょっと黙って」


 真菜が顔を赤くしていた。黒歴史でも思い出したのだろうか。


「無駄だぜ真菜。ロココはネット検索で知識をブーストさせることができる。今はノスタルジーをブーストさせているんだ」

「そんなこといっても……。こんなポエム、耐えられないよ?」


 ふたりを横目に、ロココのノスタルジーは加速する。


「『あの日の約束……。カモメが運んでいってしまったのでしょう。記憶は海風にとけて、砂の底に混じっていくのだろうか』」


「駄目だ、夢斗君。私も風に溶けてしまう……」

「ほっとけば止まるよ。病気ってわけじゃないし」


 夢斗を砂に埋めながら、真菜もまたロココのポエムで、恥ずかしい気持ちになっているようだ。


「ほっとけるわけないでしょ! 手遅れの中二病だよ?」

「気持ちはわかるが、ロココはもう……」


「う、ぅぅ……。私達じゃ、手の施しようがない中二病なの?」

「残念だが、諦めよう」


「はぁ。じゃあ夢斗君を埋めよ。ロコちゃんは逆サイド宜しく」

「わかりました。中二病の勢いで夢斗さんを埋めます。『時の砂に埋もれて、命は潰える。破道の33……』」


「それ以上はいけない」


 夢斗は女の子ふたりに見おろされ、ペタペタと砂に埋まっていく。

 首だけを残し、全身が砂に埋まった。


(埋まっちゃったなぁ。でも、この角度。いろんなところが見えて)


 眼をあけているとふたりの水着姿がダイレクトに飛び込んでくる。

 真菜が砂の上に乗ってきた。


「うーん。この砂、もうちょっと固めないとなあ。上に乗れば固まるかな?」


 馬乗りになると、彼女の胸元の横側が、にの腕に挟まれてぎゅっとつぶれる。

 いや、こんなん完全にアウトだろ?


(菩薩。菩薩になるんだ)


 夢斗は目を瞑る。

 耳元ではロココが首のあたりの砂を固めていた。


「しっかり埋めないと。崩れてしまいます。青春の思い出を……」


 ロココの息がかかる。ちょっとだけ目を開けると、ロココの胸の谷間がみえた。

 砂の粒が肌についてキラキラしていた。


(ロココ、真菜ほどじゃないけど、結構あるんだよな。スレンダーなのにでるとこはでていて……。って違うだろ! ……うぅ、やばいぞ!)


 みまいとした肌の露出が見えてしまったことで、夢斗の下腹部付近の砂が盛り上がっていった。

 ロココが目ざとく指摘する。


「おや真菜さん。何かが砂で盛り上がっています。砂の棺をつくるつもりが、想定外の盛り上がりです。これはなんでしょう?」


 埋められる夢斗の下腹部で、『砂の塔』が屹立してしまったのだ。

 サイズは普通のはずなのだが……。


「なんだろ? ……なんだろねぇ」


 真菜の眼は爛々と輝いている。

 完全に、わかってるだろ? 


「真菜さん。想定外の砂の塔がどんどん盛り上がっています。修正してあげなければいけません!」

「だめだよロコちゃん。砂の塔はそっとしておいて。これは、そう。砂丘にぽつりと浮かぶ祈りの塔ってことにしよう」


「なるほど。幻想的な作品になりましたね」


 その〈祈りの塔の本体〉は、碌でもないものだがな。

 祈りの塔を屹立させた夢斗が、全身を完全に砂に埋めた、そのときだった。


 遠くからサングラスをかけた浅黒い肌の、金髪にピアス、入れ墨の集団が歩いてきた。


「お、ねーちゃんいるじゃん!」

「彼氏埋まってる! チャーンス」

「俺たちと遊ばね? ひゃっはぁ!」


 碌でもない風貌の集団である。

 夢斗が砂に埋まったまま、真菜とロココに危機が訪れていた。


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スペース

ネタノルマ達成しました。あとNTRの危機です(適当)。

『夏と海』でノスタルジーを思い出していただけたら、☆1でいいので☆評価、コメント宜しくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews



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