第22話 暗黒加速拳


 夢斗が習得したは〈暗黒加速拳〉はすべてが未知数の技だった。


 いかなる方法による加速なのか?

〈暗黒〉と〈加速〉とは、そもそも結びつくものなのか?


 威力も未知数。

 原理も不明。

 わかることはひとつ。


「ぶつけるだけだ」


 スカージの持つ背部ジェットエンジンの加速拳に、正面からこの暗黒加速拳をぶつける。

 夢斗の肉体は確かに成長したが、闘いの経験値は圧倒的に足りない。

 技の闘いに持ち込むのは得策じゃない。


 スカージの加速拳を回避できる保証がそもそもないのだ。今までがラッキーだった。

 避けてから攻撃などという悠長なことでは、攻撃することもできずに殺されるだろう。


 だから正面からぶつかる。


『警告』


 スカージが拳を構えると同時に、ロココが反応した。


『なおの撤退を推奨します。敵のパラメータも上昇を始めました』

「〈上限値解放〉を頼む。拳を見切れるようにしてくれ」

『……畏まりました。〈感覚知覚の上限値解放〉を行います』


 ロココの雰囲気から察するに、上限値解放の能力は万能ではないようだ。

〈指定した概念〉でなければ上限値は解放されない。

 この〈上限値解放を行う概念〉をいかに取捨選択するかが課題なのだろう。


 今は〈感覚知覚の限界を開放〉した。

 夢斗の言葉を受けてロココは『夢斗がスカージの拳を見切る』ための最善の力を選択する。


(私が夢斗さんを……)

 

 フクロウアバターの眼が細められ、ロココは演算を開始。


(感覚知覚定義。〈動体視力、反射神経、空間認識、時間認識〉の4つに細分化。上限値解放開始……。

〈動体視力-上限値解放クリア〉。

〈反射神経-上限値解放クリア〉。

〈空間認識能力-上限値解放クリア〉。

〈時間(タイミング)認識-上限値解放クリア〉……)


 夢斗は鼻血をだした。ロココの上限値解放によって全身に負荷がかかったためだ。

 それでも、よく見えてきた。


 スカージが加速拳を発動する。

 背中のブースターの解放により、巨大な機巧身体が残像となって消える。

 五感の上限値を解放した夢斗は、スカージの姿を正確に捉えた。


(みえる)


 いままで残像だった機巧改造人間の姿が、いまやコマ送りに見えている。

 これなら、行ける。


「暗黒加速拳」


 ぽつりとつぶやく。

 躊躇いはない。

 正面の焦点の、正中に向けて。


 拳を解き放つ。

 同時、夢斗の全身から漆黒のオーラが漲った。


(黒い、霧? オーラ?)


 漆黒のオーラには各部位ごとに名称があるようだ。

 網膜投影に名前が浮かぶ。


 拳、胴体、脚部【漆黒纏衣(しっこくてんい)】

 心臓【コア・バーン】

 領域【ダーク・アクセルフィールド】


 全身を駆け巡るオーラは〈漆黒纏衣〉というらしい。

 心臓のオーラ〈コア・バーン〉はどくんどくんと早鐘と共に燃え浮かぶ。

 極めつけは夢斗の周囲の空間。黒い霧が広がり、漆黒のトンネルめいた領域が形成されていた。


 スカージの加速拳が轟音と共に迫る。


『ごしゅうぅううう。ごぉおおお!!』


 だが夢斗の眼は、スカージの姿を静止映像として捉えていた。

 限界を超えた五感の力だけでない。

 領域〈ダークアクセルフィールド〉が作用しているのだ。


(漆黒の領域……?)


 黒い霧のトンネル〈ダークアクセルフィールド〉が、スカージを包み込み、黒霧の空間に飲み込んだ。

〈現実とは異なる時間の流れ〉に引き込んだらしい。


 前方は自ら放った霧で見えない。

 でも構わない。

 無我夢中で踏み込む。


「うおぉおおぁぁぁああああぁあ!!」


 ダークアクセルフィールドに飛び込むや、今度は夢斗の全身が加速。

 残像となる。


『歪曲空間に突入します。感覚を補助をします』


 視界が加速。ロココが何かをしてくれている。


(動体視力、反射神経、空間認識、時間認識。全開放完了(オールクリア)。ダークアクセルフィールドへの適応も初めます)


 ロココの声を聞きながら夢斗は、この暗黒の歪曲空間が『人間が入ってはいけない領域』であることも理解する。

 

(俺は今、速さそのものになっている)


 夢斗自身は、あまりの速さで残像化している。

 そしてスカージは止まっている。


 暗黒加速拳とは、物理的な加速ではなかった。

 現実の物理法則を亜空間でねじ曲げた結果の、超加速の拳だった。

 古いSF映画で見たことがある。


(その映画の主人公は、宇宙空間の五次元領域の力で時を超えていた)


 この暗黒加速拳もまた人智の及ばない類の力なのだろう。

 人智は超えているとわかっても、もう遅い。


 拳を、出すことしかできない。

 拳を出すだけ。

  拳を出

         拳を

     拳。      こぶし。

    kobushi。


 ――――  拳 ! ――――



 漆黒纏衣のオーラに包まれた拳を振り切る。

 全身が暗闇の霧に包まれるや、加速そのもの概念となり最高速度まで到達!


 ぱぁん!と、空間が、弾けた。


 見えない壁に全身が叩きつけられたような衝撃。

 それでも右腕を差し出す。


(おおぉ、ぉおおおおお!!!)


 スカージの差し出された〈加速拳〉に向かって、右腕を突き出したことだけは覚えている


 風を感じる、どころではない。

 全身が嵐の中にいるようだった。

 だけど、不思議と痛みはなかった。


(速すぎて、止まれない)


 視界のすべては残像。

 前方には赤い屋根の祠がある。

 拳を突き出したまま、夢斗は祠に突っ込んだ。


(勢いが……。止まれえ!)


 ロココの声が脳裏に響く。


『暗黒加速拳・領域情報制御・定義・空間歪曲・減速・使用者保護』


 ロココが頑張ってくれたおかげで、どうにか勢い減衰したようだ。

 それでも勢い余って、祠に激突した。


「がっはっ……」


 ロココが減速をしてくれたためか、ダメージは微弱。


「はぁ……はっ、はっ……」


 遅れて息が戻ってくる。

 五体も満足。

 自分で放った〈暗黒加速拳〉だったが、息もできないほどの威力と反動だった。


「あいつ、は……」


 振り返ると、スカージは夢斗のいた位地で佇んでいた。

 向かい合っていた両者は、加速拳を繰り出したことで、位置の入れ替えが起きていたのだ。


「まだ、やれるのか?」


 夢斗はよろよろと祠から立ち上がる。スカージもまた振り向き、ガスマスクから息を吐いた。


「お前……?」

『ごしゅうぅぅ……』


 スカージの右腕は消失し、火花を散らしていた。

 全身をパイプじみた機巧筋肉で覆っていた機巧改造人間だが、加速拳のぶつかり合いには耐えられなかったのだ。


『〈暗黒加速拳〉は異なる物理法則の空間を形成します。夢斗さんだけが〈異なる時間の流れの領域〉を走り、スカージは〈停滞する空間〉に佇んでいました。危険な技ですが、直撃すれば凌駕以外ありえません』


 ロココの解説を聞く間もなく、ぼっ、と爆発音。

 スカージの心臓から煙が上がっていた。

 ぼっ、ぼっ、とスカージの身体から、小爆発が連続する。

 やがてスカージの内部核(コア)から、光があがる。きぃぃぃん、と炎が灯り爆発を始めていた。


 スカージのガスマスクが、ぱりんと割れる。

 マスクの中からは、男の顔がでてきた。

 夢斗より少しだけ年上の、青年だった。


『オレ、ハ、ウレシカッタ』

「しゃべれるのか。何で今までしゃべらなかった?」


『キニスルナ。オレハ、捕ラワレテイタ』

「……捕らわれていた?」


『メイキュウデ死ニ、肉体ヲ改造サレ。ここの番人トナッテイタ、ノダ』

「元は、人間だったのか。すまない。でも改造って誰に……?」


 夢斗は元々気を遣う性格なので、つい心配になってしまう。


『〈奈落の軍勢〉ダ。それ以上は知ラヌ』


 夢斗の想像を超える勢力が迷宮にはいるらしい。


「あんたは、元には戻れないのかよ」

『最後ニ、一瞬デモ、人ノ意識ニ戻レタ。十分だ。後は、爆発すルダケ……』


「いやいやいや、爆発しちゃ駄目だろ! なんか言い残すことは……。ああ違う。これじゃあ俺が死刑宣告してるじゃん。そういう意味じゃなくて……」


『ワカッテイル。いいんダ。闘イに生。キて、イルんだから……。ソレに俺も、最後に人間ニ、戻れた』

「人間に……」


『闘いは楽シカッた。暗黒武術家ヨ。オ前ノ拳ハ、マッスグで、イイ』


 スカージは親指でグーサインをつくった。夢斗は彼の人間らしさに、おもわず駆け寄ってしまう。


「スカージ……」

『危ナイ。爆発ニ……、巻き込まれるゾ』


「いや。あんたを見届けたい」

『ふ。甘イ男だナ』


「俺を【男】って、言ってくれるのか?」

『男以外ノなんなんダ?』


 男だとかなんとか。

 堅苦しいのは流行らないのに。

 でも一周回って、こんなにも嬉しい。


 スカージの目元は先ほど殴り合ったときのように微笑んでいた。闘いの中で人格が戻ってきたからこその笑みなのだろう。


「……ありがとう」


 夢斗もまた微笑みを返す。強者同士が認め合った証だった。


『さらばダ。爆発は避けろヨ。俺ガ言い残すことは……。アア。もう記憶は消えテ……。ひとつ……ダケ』

「言ってくれ」


『俺の技。〈加速拳〉を【連れて行ってくれ】。暗黒武術家よ』


【連れて行く】の意図を測りかねたが、夢斗は頷いた。


「わかった」


 スカージの心臓核の光が、ぱぁぁぁと光りを広げていく。


『頼んだ。頼んだぞぉおぉ!』


 最後の言葉はやけに人間らしかった。夢斗は「さよなら」と、妙な感傷に浸って手を振る。


 あまりに感傷的になってしまったためか……。

 スカージの爆発への反応が遅れてしまう。


(夢斗さん!)


 夢斗の眼前に、炎の輝きが迫る。


『は? ぐあぁぁぁぁ?!』


 思いのほか爆発範囲が広く疲れていたのもあってか、スカージの爆発炎を見きれなかったのだ。

 夢斗はスカージの爆発の光に巻き込まれてしまう。


――――――――――――――――――――――――――

用語解説

暗黒加速拳

:〈世界の外側の理〉を宿した暗黒武術家の技

:霧の領域を展開し使用者を〈早い時間の流れ〉に、攻撃対象を〈遅い時間の流れ〉に閉じ込める。


古いSF映画

:インターステラーのこと。

――――――――――――――――――――――――――

スペース

次回はまた機巧世界視点から、夢斗の強さの秘密に迫ります。


『強くなって嬉しい』と思って頂けたら☆☆☆評価よろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る